続・スパルタ訓練
っは!?ココハドコ?ワタシハダレ?
という冗談は置いておこう。一度気持ちを落ち着けて情報の整理だ…。
俺はさっきまで気を失っていたのだろう。気を失うのはこれが初めてということに……ってそんなことはどうでもいいんだ。気を失う前は…フレニアの小屋の外に出て、話を聞いて、イミアスに負ぶられて……う。ジェットコースター顔負けの高速機動で移動したんだった。
そして、改めて今の状況は…とりあえず俺は寝てるようだ。カラカラと微かに音が聞こえる。そして……この場が震えている。とりあえず、ジェットコースター級のトンデモ物体ではないようで良かったぁ。俺はジェットコースターは苦手なんだよ…。こっちに来てまで、というより今後一生二度とあんな思いはしたくないなあ。
というか、未だに目を開けられていないヘタレっぷりを発揮している俺だが、そろそろ周りの状況を把握したいな。っていうかさっきから鳴っているこのカラカラという音と震えは何なんだ?
ま、まあ目を開けないことには始まらねえ…。よし開けるか。
目を開けると、座って目を閉じ、考え事をしているであろう感じの雰囲気でいるフレニアが見えた。その瞬間、フレニアが目を開く。思わず目を閉じる。
なぜ自分でも目を閉じてしまったかはわからないが、あのまま目を合わせ続けていては面倒くさいことになる気がしたのもまた事実。だが、いま目を閉じたことで、また別の理由で面倒くさいことに…。
………。何も起こらない…?いったい何をしようとしているんだ。目を閉じてしまったせいで周りの状況がつかめない。一度目を開いて周りを確認するしかないか?ここは思い切って目を開けなければ状況が進まない。
よし、開くぞ。
「…いない?」
目を開いてもフレニアは先ほどまでいたところにいない。
とりあえず左側を下にして寝ていた体を起こして周りを確認してみる。少し細長い部屋で、長いほうの辺に向かい合うように長椅子が壁に設置されている。真ん中の床には、フレニアが持っていた荷物が。そして右隣にフレニア…
「がっ!?」
「おう、起きたかシル…いや、ショーンよ」
「な、なんでそこに。さっきまであっちに座って…」
「それを知っておるということは、一度起きたのかな?ん?ショーン君よ。ではなぜ起きたのに声をかけてくれなかったのかな?ん?」
…うざぁ。
「えっと、今の状況は…?」
「ふむ。今、我々が乗っておるのは馬車じゃ。最初の目的地の近くである、交易都市ヴェニートに向かって居る所じゃ」
「なるほど。イミアスさんとクロイ…」
「クラウディアよ」
右の方の壁の向こう側から訂正の声が聞こえた。
「クラウディアさんは御者台ですか」
「そうじゃ。そしてイミアスは既に王城へと向かった」
フレニアは、さっきまで自分が座ってた、つまり向かい側の長椅子を上げ、空いたスペースに床に置いたあった荷物を置きながら説明する。
「これからはこの馬車で旅をするんですか?」
「そうじゃが、どうかしたか?」
「旅をするには、少々豪華というか、盗賊とかに襲われないんで…」
「そこの馬車!止まってもらおうか!」
「フラグ回収早いな」
噂をすれば…とは言ったものだ。
「おうおう、よく目立つ割には護衛が少ないみたいじゃねえか。まるで襲ってくださいとでも言っているようだなぁ」
外から声が続けて聞こえる。…が、この馬車は止まらずに動き続けている。
「お、おい。止まれ!止まれつってんだろ!」
「クラウディア、止まっても構わん」
「良いんですか?走って逃げたほうが…」
「大丈夫じゃ。まあ、最悪の場合、襲ってきた人数分死体ができるだけじゃ」
フレニアが恐ろしいことを言っている。その間に馬車が止まる。
「止まるなら最初から素直に止まれよ。まったく」
「ごめんなさいね、私、あなたの言うことが低俗すぎて気付かなかったわ。私の耳、騒音は拾わないの」
「あぁ!?何だテメェ!?」
クロイシュルトが何やら必要以上に煽っている。
フレニアが扉を開けて外に出ていく。
「いや、私の連れが迷惑をかけてしまったようで申し訳ない」
「止まって話を聞いてくれるだけで良いってのに…どいつもこいつも…」
ん?今の感じ、なんか盗賊って感じではなかった気がする。
「話というのは?」
フレニアが馬車の右側面の方に曲がっていき、姿が見えなくなる。
馬車の後方の景色を見てみると、木立に囲われた道が見える。舗装されていなく、田舎道という感じだ。
「あ、そうだそうだ。えっと、この先は…子供?」
「この先に子供がいるの?そんなことのために呼び止めたのかしら」
一々気に障ること言うな、クロイシュルト。
「一々気に障るな!テメェは!じゃなくて!お嬢さんがこの馬車の持ち主なのかい?」
「いかにも、私はフェリシア・ゴール。これでも学者でして」
「が、学者!?こ、これは失礼いたしました」
「構いませんよ。本題をどうぞ」
「はい。えー、この先はヴェニート並びにクルシャ村となっているのですが、3週間ほど前に『過激派』が商人の馬車に扮して連合都の広場に侵入するという事件が起こりまして…」
「各地から、『過激派』の同調が起こったやつですか」
「既にご存じでしたか」
『過激派』とは、『王国』と『連合国』のいざこざ関係の派閥だ。大きく分けて穏健派、過激派、宥和派の三つに分かれて、『連合国』内は少々面倒くさいことになっているらしい。
穏健派、過激派と呼ばれる派閥は、どちらも『王国』との交戦を主張している。穏健派は防衛戦及び『王国』の外交的孤立を主張している。一方、過激派は積極的な戦争によって『王国』の現王の処刑をし、『王国』の修正を主張している。その二派に対して、宥和派は戦争を起こさない努力の主張をしている。
「あなた、相手によって大分態度を変えるのね、しかもさっきの態度は初対面では失礼すぎるのではないかしら」
クロイシュルトが続けてチクチクと面倒くさいことを言う。
「ぐ…それは、申し訳ない。ですがこちらも気が立っているのですよ」
「クラウディア、控えなさい」
「は」
あ、怒られた。
「なので、馬車の中を拝見させてください」
「えぇ、良いですよ。ショーン、聞いていましたね、一度出てきなさい」
「は、はい」
外に出ると、馬車の周りに、軽装の人たちが十数人立っていた。フレニアと話していたと思われる男が周りに人に合図をしていた。
何人かとすれ違って、髪の色を見てみたが、ひとりとして黒髪がいなかった。改めて異世界を実感することになったのは、その中にいた人の一人が、全身が毛に覆われている人がいたことだ。あれはおそらく、この世界で雪原の民といわれている種族だ。わかりやすく言うと、ケモノ属性だ。ちなみに、人間は平原の民と呼ばれている。
フレニアは先ほどの男と話しているので、放っておく。さっきのクロイシュルトの行動が気になるので話しかけに行く。
「あの、クロ…」
「クラウディア。いつでも油断しないように」
「は、はい。えっと、クラウディアさん。さっきのあれは?」
「気にしなくていいわ、私達には必要なことだったから」
「そう、なんですか」
さっぱりわかんねえ…。それどころか不自然極まりなかった。
「いつか、教えてくれるんですか?」
「……気にしなくていい、といったはずよ」
「はい…」
馬車の中を見ていた何人かがこちらにやってきた。
「念の為、御者台の確認もさせていただきます」
「ええ、どうぞ」
クロイシュルトが降りて隣に立つ。
その中の一人が御者台に上がり、細工がないかを調べているのだろうか、軽く叩いたりしながら見回していく。
フレニアが話し終えたのか、もう隣に立つ。さらにその若干後ろ気味に、さっき馬車を呼び止めた男が立つ。
「…ここを無視して通ろうとする人は多いんですか?」
「私に聞いているのでしょうか?」
「今の質問あなた以外に聞く相手が居て?」
「はい、そうですね……。オホン。いや、多いという訳じゃないんですがここ数日で無視をするお方が二名いまして。まあどちらも最終的には止まってくれたのですが」
「そうだったんですね」
ここは関所というほど立派なつくりでもないし、守衛というほど立派な役職とは思えないが、この守衛さんも大変なんだな。
「ひどかったと言えば、その片方が…」
「敵襲ぅ!!」
「な!?」
馬車の向こうから悲痛な声が上がる。その声が聞こえた瞬間、守衛さんは腰に差していた剣を抜き、馬車を回りこみに行く。周りにいた馬車のこちら側のその他部下たちも続いていく。クロイシュルトは御者台においてあった剣を携え、馬を開放する。馬はたちまち逃げていく。
唖然としていて行動がかなり遅れた俺は、フレニアに背中を叩かれて、我に返る。
「わしは正直、練習などといったものをするより、実践あるのみだと思っていてな」
ものすごく、いやな予感がする。
フレニアがいやらしくにやける。
「実技訓練じゃ。行ってこい。なに、危なくなったら助けてやろう」
まだ敵も見てないのに訓練ってそんな俺より強かったらどうするんだってそんなこと思っても意味ないかなんてそんなことフレニア相手にはないんだった、ズリズリ押すなあああああ!
体格からは想像できない膂力でズリズリと押し出され、向こう側の景色を目にする。
便宜上守衛隊長と呼ぶが、先ほどまで会話を交わしていた男が、守衛の一人に噛みついていた三匹のオオカミのような、というかオオカミの内、一匹を剣で叩き飛ばす。他の二匹の注意が守衛隊長に向く。そのすきを縫って、守衛の中でも特に軽装の男が短剣で切りかかろうとしたその瞬間、木立の中からさらに二匹のオオカミが追加で飛び出し、軽装の男に噛みつく。肩と脚に噛みつかれたようだ。
二匹のオオカミが飛び出してきたところから、のそのそと俺と体長が同じくらいのオオカミが現れる。
「なんてでかさだ」
誰かが声を上げる。
「ここら辺にオオカミはいないんじゃなかったか?だってのに、ヌシのお出ましかよ!?」
いつの間にか他の人と協力して、最初の被害者を救出してきた守衛隊長が嘆く。
「……ショーン君。あそこで二匹のオオカミに襲われているものを救出してきなさい」
「…へ?」
振り向くと逆らうことは許さないとばかりに微笑んでいるフレニアがいた。
「いや、待っ…っ!」
突然の痛みで叫び声を上げなかったのは褒めてほしい。
「…承知しました」
「クラウディア、君はあの大きい個体を」
「任せて」
「あなたたちは残りの三匹を相手していただけますか?」
「え、えぇ。わかりました。…あの、あなたの助手殿は大丈夫なのでしょうか」
「大丈夫です。ダメでも、今噛みつかれている方だけは助けますので」
ヤケクソじゃああああああ!