ついに旅立ちへ
本日はついに冒険に出る日の朝でございます。わたくし、志野田進二ことシルベスタは緊張には強いほうであり、快眠からのすっきりとした目覚めでございます。
…というより、早く起きすぎたな。プロコーピーに聞いたところ、まだ朝食もできないようだし、何なら太陽もまだ上ってくる気配を見せないくらい外は暗い。
昨日フレニアに作ってもらった服を着てみるか。
服を着替え、鎧を付ける。腰に刀を差し、姿見の前に立つ。
洋服の上に、胴体、肩、膝や肘、腕などを最低限守るような革製の防具を付けた青髪の青年が立っている。つまり、俺だ。
あふれ出る初期装備&無課金装備感…。
気を取り直して。フレニアが魂の波長が合うとか言っていた。試しに話しかけてみるとする。まずはこれから良き相棒となるであろう、刀だ。
(もしもし、聞こえてますかね?)
(聞こえてるぜ)
(これからよろしく頼むぜ?相棒)
(おうよ、我が半身。折れない程度に使いつぶしてやってくれ)
お、なかなか親しげで良いじゃないか。というより…
(その声、俺みたいだな)
(そりゃ、お前の魔力から生まれたからな。もしかして父ちゃんって呼んだ方が…)
(絶対やめろ)
その後、服や鎧にも声をかけた。みんな声が俺と似ていた…。録音した自分の声を聴くと不快になる、あの現象が起こって、正直すげえ嫌な気分だ。
気を取り直して、最も世話になるであろう刀に名づけをしようと思う。
どんな名前が良いだろうか?やはりかっこいい名前を付けたいよな…。
…………だめだ、何も思いつかない。
名付けについては自信があったんだが、今回は何も思いつかない。まあ、名前がないといけないって訳でもないし、そのうち自然とかっこいい名前が浮かんでくるのを待つとしようか。
…さあ、いよいよやることがなくなった。
「…それで私の所に来たって?」
目の前の浮いている本、案内本が言う。表情がわからないが、そもそも顔がないが、声色から呆れているのがうかがえる。
「暇を良い感じに紛らわせられる本があるかと思って」
「…はあ。まあ、何度も言うように話し相手になってくれってじゃないだけましなのかもね」
「それ何度言うんだよ…」
案内本のこの反応は、この一か月間俺が頻繁にこの書庫を訪れたためだろう。
情報を集めるため、少しでも暇ができたら新しい本を求めて足を運ぶようにしていた。
「で、なにかいい本を見繕ってくださいな」
「はいはい、わかりましたよ。とはいっても、すぐここを出発するんでしょ?簡単に、手早く読み終われちゃう奴にしようか」
「任せた」
少し待つと案内本の周りに本が出てくる。
その題名を見てみる。『片割れ追跡者』、『忌み姫司祭、旅へ出る』、『終わりなき沼地』という題名の三冊の本がある。
「…これは?」
「最近、ここらへんで流行ってる本。まあ流行ってるって言っても、この大陸の貴族たちの間だけだけどね」
貴族の間で流行ってる本、ねえ。
「ちなみに内容のあらすじってどんな感じなんだ?」
「それは読んでからのお楽しみ」
「…じゃあ、おすすめとかは?」
「とくになし」
「ねえのかよ」
案内本がこれなので自分で選ぶしかないようだ。案内本がこれなので。
「ちょっとそこ聞こえてるよ」
ここは俺の直感で、
「『終わりなき沼地』を読んでみたいと思…」
「シルベスタ、少し時間をもらうぞ」
……ここは俺の直感で『終わりなき沼地』を読んで…
「今、ここで戦闘の稽古をつけてやってもいいのだぞ?」
「あれ?フレニアさんじゃないですか。いやあ気付かなかった。朝がお早いことで」
フレニアが半目で睨んでくる。そのフレニアの髪の色は濃い目の金髪になっている。フレニアもどうやら髪の色を変えたらしい。
それはそうとして、フレニアが用があって呼びつけてくるときは、良いことが全くないことを、俺はこの一か月で学んだ。…逃げることが最早不可能であることは薄々気付いてはいるが、未だにフレニアをやり過ごす方法を模索している。
「まあここで立ち話をするのもあれじゃ。食堂に向かうぞ」
ため息をついた後にフレニアが言った。
読む機会を失った『終わりなき沼地』は一応持ち出すことにした。
「今わしが話しておきたいのは、お主のことについてじゃ」
「僕のことですか?」
「聞きたいことは正直、かなり多いが、今するべき話はこの旅、いや、お主が向こうに帰るまでの間のことじゃ。つまり、お主の扱いについてじゃ」
「なぜ今になってそれを?」
案外真面目なお話の雰囲気を感じ取り、質問をしてみる。そういう話は今までにあまり掘り下げられてこなかった上に、話のタイミングにも少し疑問が残るためである。
「元々旅の道すがらにでも話そうかと思っておったが、お主が早くに起きているとプロコーピーが言いておったからの、今話すことにした。今までこういった話をしてこなかったのは、わしがお主のことを見極めとったからじゃ」
まあ、つまりこの一か月の間で、俺を訓練するという体で能力を測り、その結果が出たのでどう扱うかを決めて、それを俺に伝える。そういうことだろう。
「ちなみにクロイシュルトもおるから、そのつもりで」
フレニアが後ろを指し示しながら言うので、振り返ると、壁によっかかっていたクロイシュルトと目が合った。
いたのか…。気付かなかった。最初に会ったときもそうだが、クロイシュルトはいつの間にかいることが多いな。多いとは言ったが、まだ会って数日なので高は知れているが。
「まず、シルベスタの戦闘能力についてじゃ。まあ、本人はわかっていると思うが、言ってしまえば皆無じゃった。反射神経は悪い、筋力は低い、なんの技術も無し。なので、わしがこの一か月で回避する能力を訓練して、多少は逃げられるようなくらいまでは鍛え上げた」
別に自分の能力が高くないことはわかってるし、真実なんだが、なんかこうもっと、言い方があると思うんだ。
「なぜ回避能力を優先させたか、聞いてもいいかしら」
「うむ、理由は主に二つある。一つは時間じゃ。一か月で人が習得できる技術など僅かじゃ。いろんなものを鍛えていてはほとんど何も身につかず、一か月を無為に過ごすのとほとんど変わりなくなってしまうからの。もう一つは、そもそもわしらは戦うことを目的としていないからな。そもそも戦闘能力を測ったのも、回避の訓練をさせたのも、予防策というわけじゃ」
なるほど、確かに回避主体の訓練になっていたのは疑問に思っていたが、そういう訳があったのか。
「というわけでクロイシュルト、もし戦闘になってもシルベスタは避けるので、守ることは考えなくて良いぞ」
「わかったわ」
…なんかそういう扱いになると、途端に不安感が増すというか、俺を消耗品として見てるというか…。いやフレニア達からしたら、いつでも俺みたいのを召喚できるわけだし、実際に消耗品なんだろう。……俺ってこの世界で死んだら、いったいどうなるんだ?
「し、質問」
「言ってみよ」
「僕って、こっちの世界で、し、死んだら、いったいどうなるんでしょうか…?」
「さあな、わしは知らんな。試してみるか?」
「あっ!結構です間に合ってます」
…これは気が抜けなくなってしまった。俺は無事に帰れるのだろうか?
「次は此奴の知識についてじゃが、この一か月でわしが常識を叩き込んでおいた。その上、この辺りについてさらに詳しく、そしてシルベスタ自身が興味を持ったことを調べておったので、問題はないじゃろう。ちなみにシルベスタが自分で調べたものの例はローンテイスじゃ」
「ローンテイス?なぜ?」
うっ、その話題をここで出すのか…。その話題は今はしなくていいというか、広げてほしくないというか…。
「今、その話は関係な…」
「シルベスタはこの世界に来た次の日に、ローンテイスの乳を気に入ったようでな、文字の意味が多少理解できるようになったあたりから、本でローンテイスを調べるようになったんじゃが…」
フレニアは嫌らしくニヤニヤとしながら話し始める。俺がローンテイスについての文章を誤訳して、その内容に驚き声をあげ転んだことを、かなり気にして、恥ずかしく思っているというのに、それを理解したうえで話しをするのだから性格が悪い。
結局一からすべて、恥ずかしい話をされてしまった。
「…さて、そんな与太話は置いておいて」
「与太で悪かったですね」
「いや、面白かったからの、むしろ良かったぞ」
……こいつ。
「さて、次は最も重要な話じゃ。ずばり、旅においてのわしらの設定や関係についてじゃ。正体がばれるわけにはいかないからの、演技をするのじゃ。口裏を合わせてな」
「内容は考えてあるの?」
「もちろんじゃ。わしはさすらいの学者で魔法の研究で諸国を回っている。という設定じゃ。そしてクロイシュルトはわしの付き人で、護衛じゃ。シルベスタはわしの助手じゃ。それでは両名、わしのことは『先生』と呼ぶように」
「その見た目で、研究者、ましてや『先生』は無理があるんじゃない?」
「そこは、わしが溢れんばかりの才能を開花させたことで、周りに名が知れ、飛び級したということにしてある」
なかなか無理がないかそれ。ぼろが出そうで不安だ。
「ところで『先生』、お名前は何と?」
「む、言い忘れておったか。コホン、私の名前はフェリシア・ゴール。魔法の研究をして、いろいろな国を渡り歩いています」
フレニアが声色を変え、なかなかできの良い演技で自分の役を自己紹介した。
「どうじゃ、わしだってこのくらいはできる。次はクロイシュルトの番だぞ」
「ちょっと待って、私そもそも戦闘技術そんなに高くないのよ、それなのに護衛なんて…」
「そんなに高くないって言ってもの、それはわしらの間や奴と比べてってだけで、その他大勢の一般人と比べたら、勝敗は明らかじゃろ」
「…そう、ね。そうよね」
「わかったら、ほら、演技じゃ」
「はあ、仕方ないわね。……私はクラウディア。家名はモントゴメリー。父の仰せにより、フェリシア様の護衛を務めています」
「良いではないか。貴族という設定なのか?」
「騎士家の四か五番目くらいの娘、という感じでやってみたわ」
二人とも演技がうまい、何より設定を短時間で考え付くのがすごいな。
…フレニアがこちらを見ている。俺は演技なんてうまくないし、したこともないから巻き込まないでほしい。
「シルベスタは、演技は…無理そうじゃな。ならば演技までとは言わない、わしを『先生』と呼び、尊敬してる風に装えば十分じゃろう。基本的に話はわしがするからの」
「…はい」
演技をしなくてもよくなったのは良い。だけどなんだろう、フレニアを嘘でも尊敬しないといけないのは、なんか、なんというか、癪だ。
「あとはお主の偽名じゃな」
「……え?偽名?」
「わしらが偽名を使っとるんじゃお主だけ使わないというわけにはいかんじゃろ」
「すでに偽名なんですがそれは」
「それはわしらが呼ぶための名じゃ。これからも呼ぶからのう」
「シルベスタ君の本当の名前、私達は教えてもらってないわ。というより、シルベスタが偽名だと、知らなかったわ」
……マジかこいつ。勝手に人の名前を変えて呼んでおいて、そのことを仲間に伝えてなかったのかよ。
「まあ、細かいことは良いであろう」
「良くないですよ!?そもそも細かくもないでしょう!?だからこそ偽名を使おうってなって…」
「はーい。シルベスタ君の新しい名前はショーンなんてどうでしょう?」
「イミアスか。良いなそれ。そうしようか」
見事なスルーをされて、偽名…新しい偽名が決まった。決まってしまった…。偽の名前に重ねて偽の名前を名乗る、ってそれスパイとか逃亡犯とかなんかだろうか。
そもそもなんでイミアスはノリノリなんだ、そしていつから居たんだ…。
「まだ時間はあるのでな、設定を詰めていこうか」
「その方が良さそうね」
「私も参加するね」
その後、なぜか少し楽しそうなフレニアが主導となって、プロコーピーが朝食を作り終えるまで、話し合いが続いた。
朝食を食べ終え、今食堂には俺とプロコーピーしか残っていない。プロコーピーは食器を片付けている。他の三人は来る出発に向け、各々身支度をしている。俺は既に着替えている上に持ち物などは特にないので、待っているという状況だ。
「プロコーピーさん、一つ聞きたいことが」
「はい、なんでしょう」
「フレニアさんはいったいなぜ話し合いを何回もするんでしょうか?今日の話し合いだって、昨日や一昨日でも良かったと思うんですよね」
「………非常に、非常に答えにくいのですが、おそらく、フレニア様自身がお忘れになっていたもしくは、思いついてなかった。のだと思われます」
「…えーと。そうでしたか」
うっそだろおい。世界を相手にしてるとかそういう規模の話なのに、それでよく今までやってこれてたな。むしろそうだったから、あまり表舞台には立たないようにしてたのか。
「では、私はこれで」
食器を片付けていったプロコーピーと入れ替わるようなタイミングで、誰かが戻ってきた。
そっちの方を見る…と……?
そこには、青く艶がある長い髪を上品に後ろで結い上げ、煌びやかな衣装に包まれた美女が立っていた。
「あーもー、長い髪はうっとうしくてしょうがないねえ。…やあ、シルベスタ君びっくりした?」
「イミアスさん…ですか?」
「その通り、イミアス潜入形態ってやつだよ」
「私もその姿を見るのは慣れないわ。特にその喋り方のままの時はね」
そういってイミアスの後ろから現れたのは、鉄製の鎧を身に着けたクロイシュルトだった。
その鎧は、いわゆる騎士、が着ているようなフルプレートの鎧ではないが、ある程度の頑丈さがあることがわかるくらいには、鉄製の部品が使われているのが見えていた。
「随分とまた、重装備だねクロちゃん」
「まあ、一応騎士家の出身ってことにしてあるから」
よくもまあ、そんな都合よく鎧があったもんだよ。
「クロイシュルトは、今この鎧を作ったのじゃぞ?シルベスタよ。昨日、お主のその服を作ったものでな」
そういうことだったのか。アレ、便利すぎないか。
というか今ナチュラルに心を読まれた気がするんだが。
「ところでクロイシュルト様、そんなに気軽に騎士家を名乗ってしまっても良いのでしょうか?」
ズリズリと音を立てながら、プロコーピーが大きな荷物を運んで会話に加わってきた。さっき食器を片付けて厨房に入っていったと思ったんだが、全然違うところから現れたぞこいつ。
…ところであの荷物を旅に持っていくつもりなのだろうか。かなり重そうだが、というより移動手段をまだ把握してなかったな。まあ、そのうちわかるかな。
「まあ、フェリシアは違う大陸から来たということにしているし、クラウディアも同じ故郷という設定にしたから、問題は起こらないでしょう」
「だと良いのですが」
「なんじゃプロコーピー、このわしらが信じられないのか?」
「いえ、そういう訳では…」
「ございません」と最後まで続かなかった上に、何となく「あなただから不安だ」と言いたげオーラを出しているが、大丈夫か?有能テディベアプロコーピー君…。
なぜかフレニアがこっちを怪訝な顔で見てくる。なぜこっちを見る。今俺は関係ないだろう。
「フレニア様」
「フェリシアだ」
「フェリシア様」
「今その設定を、しかもプロク君に適応する必要はないんじゃ…」
「まあまあ、細かいことは良いであろう。それで、用意ができたのか?」
「はい、できました」
「それでは皆の者、出発じゃ。特にイミアス、一年近く会えぬが、達者でな」
「もちろん」
ようやく、といった感じだ。こういった異世界召喚でお決まりの冒険が始まる!!この旅で、死なずに生き残って、必ずわが故郷へ帰って見せる!!気合を入れていこう!
エイ!エイ!
「おぉ…?」
「なんじゃその気持ち悪い反応は?」
「今なんと?」
「だから、とりあえずいい感じの所まで跳んでから馬車に乗るから、私につかまってって言ったんだけど?」
さも当然のようにイミアスがさっきの言葉を繰り返す。
「飛んでいくんですか?」
「飛ぶではない跳ぶんじゃ。わしらに翼がないのがわからんのか」
「ちなみに距離は…?」
「それも聞いていなかったの?細かい距離はわからないけれど、ここからベルクツェンの大街道の外れらへんまで、と決めたのだけど」
ベルクツェンの大街道とは、大街道の中でも一際大きく、長いもので、この大陸を横断するように続いている。今の『王国』と『連合国』ですらこの街道は封鎖しないぐらいには重要な街道である。
そんなことは良い。重要なのは距離だ。ここからベルクツェンの街道は、一番近くても約1000㎞はあったはずだ。ざっと地図とか、馬車の所要時間とかで予測を立てただけだから、正確ではないかもしれないが、とにかくかなりの距離があるはずだ。
「まあ、とりあえず出発するよ?ほら」
イミアスが手を差し出してくる。恐る恐る、その手を取る。そしてあっという間に負ぶられるような姿勢になった。
もっと重要なことを聞き忘れていた…。
「それでは行ってらっしゃいませ」
「えっと所要時間も聞いていいですかね…」
「この太陽が一番高くまで来たあたりが到着じゃ」
「安全のため、顔はうずめておいてね」
「…ハイ」
いつもの食事の時間から考えて……所要時間は約4時間弱…。つまり時速はああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ……。
セーブはこまめにね…。