旅への打ち合わせ
頭がぼんやりする。俺は今、寝ているのだろうか?周りに五つの人影が立ち上がる。自分が寝そべっている状態なのがわかる。視界がぼやけている以前に、人影が本物の影のように薄暗く、容姿が全く確認できない。ただ全員がこちらを覗き込んでおり、全員が快いオーラを纏っていない。悲しかったり、怒りだったり…。苦しい。この感じは本当に嫌いだ。突如、足元に人影が二つ現れる。その瞬間……。
目が覚める。やはり悪夢だった。…気を取り直して、今日も一日頑張ろう。
カーテンを開けると、雲が赤っぽいような紫っぽいような、時間帯だった。結構早くに起きたようだ。春はあけぼのなんとやら…、ってやつだ。
顔を洗いに一階に下りる。すると、家の入口でシガリカとルゴグナが、プロコーピーに別れの挨拶を済ませた場面だったようだった。
「おや、シルベスタ君は随分朝が早いね。おはよう。もしかして、僕たちを見送りに来てくれたのかい?」
最初に気付いたシガリカが親しげに話しかけてくる。
「おはようございます。実はたまたま今日は早く起きただけでして…」
「シルベスタ様、ここは嘘でもそうだ、と言うところでございます」
「はは、良いんだよプロコーピー。でも、そうだね。他人と仲良くなることはそこまで悪いことじゃない。そういうところに細かな配慮をして、少しでも相手と距離を近づけるのをお勧めするよ」
確かにそうかもしれない。人と話すのが嫌いな相手でもない限り、仲良くしておいた方がいいのだろう。まだまだ、学ぶことは多そうだ。
「肝に銘じておきます…」
「そこまで堅くならなくてもいいと思うけどね。じゃあ、僕たちはそろそろ出発するよ。また一年後」
シガリカは笑顔で扉を開けて出ていく。ルゴグナは終始無言を貫いて、シガリカの後についていき、立ち去る。
「…改めまして、おはようございます」
「はい、おはようございます」
「では、私は朝食の支度など、家事がありますので」
「いつもありがとうございます」
「役目ですので」
そう言うとプロコーピーは調理場の方へ歩いていく。
とりあえず、まだ眠気が抜けないので顔を洗うために井戸に向かうことにした。少し遅れてプロコーピーの後ろについていくような形になる。
プロコーピーが調理場に入っていくところで、別々の方へ向かい、井戸についた。井戸は異世界らしく、魔法を使うことで水を汲み上げられる。魔法は大抵の人間が使えるらしく、俺もその例外ではなかった。慣れないおかげで、最初こそ苦労はしたが、フレニアの教えと練習のおかげで人並みには使えるようになっていた。
「魔法とは魔術と違い、想像力が使用の大きなカギとなっておる。より具体的な想像をすれば、魔法はより想像に近づき、より安定するのじゃ」とは、フレニアの教えである。
毎日、水浴びの時に少しずつ練習することで、扱いに慣れることができた。
大気中に魔素がありそれが自分の体に表面から取り込まれるのをイメージする。
すると、身体全体が重く感じられる。魔素を取り込むことによる身体への負荷がかかり始めたのだ。
井戸に手をかざし、取り込んだ魔素が手の平から放出され、井戸に注入されるイメージをする。続いて、井戸から桶にちょうどいい量の水が注がれるところをイメージする。
井戸から水が流れ出てくる。成功だ。そのまま桶いっぱいに注がれ、いっぱいになったところで水が止まる。そこで想像をすべて止める。身体が軽くなるのを感じる。
以前は、水が出なかったり、出たら出たで勢いよく出たり、少ししか出なかったりと、トラブルばっかりだったが、自分も成長したものだ。
その後、魔法で水の挙動を操ったりして顔を洗い、一息ついたところで暇を持て余す。
…よし、初めて使って以来、一回も使っていなかった、物の心を読む能力を練習することにしよう。まずはこの能力に名前を付けよう。そうだな………、口無しと書いて、サイレントフレンズと読ませよう!よし、今日からこの能力は、口無しだ!
ふっ、我ながらいい名づけだ…。
では、改めまして。今使った桶に話しかけてみよう。
(桶さん、おはようございます)
(はい、おはようございます)
(毎朝お世話になっているのに、さらにこき使うようで申し訳ないのですが、私のこの能力の練習相手になっていただけませんか?)
(構いませんよ。具体的にはどうすればいいですかね?)
(そうですね。まずは…)
~数時間後~
「シルベスタ様、朝食ができましたが…」
「はい、了解しました」
随分と話し込んでいたものだ、桶と。それのせいか、プロコーピーが若干引き気味で話しかけてきた。
しかし、この数時間のおかげで、口無しの把握や試用は、十分できた。
(桶さん、付き合ってくださり、どうもありがとうございました)
(お役に立てたようで何より)
食堂に入ると、フレニアとヘムート、クロイシュルトはすでに席についていた。
「私は、料理を取りに行きますので、席について待っていてください」
プロコーピーは調理場に入っていくのを見ながら、いつも通りのフレニアの対面に座ることにした。ヘムートもクロイシュルトも、昨日と同じ席に座っている。七魔人の中で席が決まっているのだろうか。
フレニアは豪華な装飾が施されている紙に何かを書いている。昨日言っていた、王殿とやらへの手紙なのだろう。
ヘムートは何枚もある紙を真顔で眺めている。資料なのだろうか、視線は複数の紙の間を行ったり来たりしていて、何度も見比べたりしているようだ。
クロイシュルトは一点を、机の上をずっと見ている。無表情で顔は固定されており、何かを考えている様子だ。
ところでイミアスはどこへ行ったのだろうか。とりあえず、すっかりお馴染みとなった異世界牛乳、つまりローンテイスの乳に口をつける。
この一か月で、ローンテイスのことも調べ、その正体についていくらか分かったことがある。まず、ローンテイスの見た目は牛に酷似している。大きさや柄など、あの地球の、ザ・乳牛といった感じの白黒の奴そっくりである。角が鹿並みに大きくなることを除いては。その家畜としての有用性は幅広く、今飲んでいる乳はもちろんのこと、食用の肉としても有能で、臭みは少なく柔らかいらしい。この家にいる間は、食べられなかったが、いつかは食べてみたい。
この食に関してだけでなく、毛皮や角、骨に至るまで加工品などでの有用性があり、まさに完璧な家畜といった感じだ。大抵の環境でも生きていけるらしく、どの国にも国営の飼育場が用意されている。
この生物の由来はどうやら、製造不能の超技術を作った帝国らしく、曰く秘術によってできた人造生命体と呼ばれている。
考え事をしていた間に料理がすでに並べられていた。そのメニューはどうやら一か月前のあの日と同じようだ。
「フレちゃんは相変わらずプロク君のこの料理が好きだよね」
いつの間にか来たイミアスがフレニアに話しかけている。なぜか一仕事終えたみたいな顔をしている。一体何をしていたのだろうか。
「一か月に一度は必ず食べておる。プロクにはいつも感謝しておるぞ」
「恐縮でございます」
何事もなく朝食を食べ終わり、一息つく。
「クロちゃん、シルベスタ君。少し時間もらうよ。話したいこともあるし、部屋を変えようか」
「髪の色ね。わかったわ。シルベスタ君、行きましょう」
「わかりました」
昨日フレニアが言っていた、髪の色を目立たなくするための措置だろう。
そうして三人で向かったのは、特に使われていない部屋、使わない家具などが置かれて倉庫になっている部屋に入った。
「それで、話したいことって?」
「まあま、そこらへんは作業をしながらさせてもらうよ。さあ座った座った」
イミアスはそう言いながら、片付けてあった椅子を三つ、一対二で対面するように並べた。イミアスは一のほうに座り、クロイシュルトが二の方の片方に座ったので、空いている椅子に座ることにした。
イミアスが満足そうに笑い、こちらに手をかざす。
「……今、質問しても大丈夫ですか?」
「問題ないよ」
会話が発生しなかったので、気になっていたことを聞くことにした。
クロイシュルトがほんの一瞬だけ驚いた様子を少しだけ露わにして、こっちを見てきた。
「僕とクロイシュルトさんの髪の色って珍しいんですか?」
「そうだね、黒い髪っていうのは結構少ないほうでね、何かあったときに黒髪で覚えられてしまうことがあるかもしれないから、変えたいっていうのがフレちゃんの考えだね」
「黒髪は珍しい…。じゃあ、何色の髪が目立たないんですか?」
黒髪が珍しいというなら、茶髪だろうか。いや、ここはかなりのファンタジー世界。あるいは……。
「そうだね。何色が目立たない、というよりは、黒とか白が目立つだけだからね。その二色じゃなきゃ、目立たないんじゃないかな。強いて何色が目立たないかって言うと、薄緑色あたりじゃないかな。この世界で一番多い髪色だからね」
薄緑色の髪が普通にいるのか…。良いぜ、楽しみになってきた。
「ちなみに、今は二人の髪の色は、シルベスタ君を濃い目の青、クロちゃんを淡めの緑に変える予定だよ」
「その心は?」
「私の好み!」
なるほどやはり、この世界は髪の色はカラフル、そして俺の髪の色はこれからは青!いいよ、ファンタジーだ!
「…そういえば、なんでクロイシュルトさんの髪の色は変えるんですか?」
「それについては私が」
ここまで俺とイミアスの会話に沈黙していたクロイシュルトが口を開いた。
「シルベスタさんは既に知っているようだけれど、私は世間に存在が大きく露呈してしまっているの。その時の私の髪の色は、紫のままだったから紫髪は七魔人の一人、っていう印象が生まれてしまったの。それで紫色の髪の人は、とくに女性は悪目立ちするから、変えるのよ」
「そういうこと」
クロイシュルトの回答をイミアスが肯定する。
「このまま聞かせてもらうけど、そろそろ本題に入ってほしいわね」
「そんな焦んないでって」
イミアスがちらりとこちらを見る。
「…もしかして、僕聞かない方がいい感じですか?」
「悪いね。シルベスタ君。もう髪の色は変わったから、大丈夫だから」
「はい。ありがとうございました」
部屋を出てやることがなくなる。
…本でも読んで少しでも情報を集めておくとするか。
「髪の色を変えたようじゃな、シルベスタ。クロイシュルトはどうしたのじゃ?」
「イミアスさんが話があるらしく、僕だけ出てきたところです」
「イミアスが話、か…。シルベスタ、少し付き合え」
「え」
「何、そんなに時間はとらせぬ」
時間がとられるだけだったら別にいいんだが。なんせフレニアがこれを言うときは決まって、俺の戦闘訓練と称してフレニアの憂さ晴らしなのだ。もちろん毎日の戦闘訓練とは別枠で行われる。
「シルベスタ、おぬし今わざと不快感を表情に出しておるな」
「ハハハ、ナニイッテルンデスカフレニアサン、ソンナワケナイジャナイデスカ」
「特に文句はないみたいじゃの。では参るぞ」
うわああああああああああ。いやだあああああああ。
「…もしもし、フレニアさん。これはいったい何をしているんでしょうか?」
「旅に出ることになったからの。その支度じゃよ」
どうやらフレニアの憂さ晴らしではなかったようだ。それは良かった、が…。
フレニアと向かった先は地下の部屋の一つだ。地下に来るのは召喚された時以来だが…。そんなことを気にしてる場合じゃない。さっきからフレニアは、謎の台座のようなものに魔素を注ぎ続けている。
「今してるのは何の作業なんですか?」
「まあ、そのうちわかる」
といったように、何をしているかが全く分からないのだ。
無言で待っていると、フレニアが腕をつかんできた。
「一体どうしたんです……ぐあああああ」
「おぬしの魔素を分けてもらうぞ」
腕をつかまれた瞬間に体中に襲う不快感や熱さに、思わず悶絶する。
「やる前に一言だけかけてくれませんかねえ!?」
「別に良いじゃろ死にはせん」
「死なないからって、限度があると思うんですが!」
「ああ、はいはい。悪かった悪かった」
気に障る謝り方だな。
フレニアから台座のほうに目を向けると、光り始めていた。その光はだんだん強くなっている。
光があまりにも強くなり、眩しさに目を閉じる。
再び目を開くと、台座の上に一振りの刀と服、軽装の鎧が置かれていた。
「よし。完成じゃ。おぬしの着るものと武器じゃ」
「これが…」
「今までの訓練の結果から、一番合っているものをわしが選び、おぬしの魔素を錬成時に混ぜあわることで、魂の波長も合いやすくなっておる」
「えっと、つまり?」
「この世に二つとない、おぬしと最も相性の良い服と鎧と武器じゃ」
何それかっこいい!フレニアもたまにはいいことするんだな。
「ありがとうございます」
「…見事に心の内と態度が違うやつになったものだな」
「おかげさまで」
フレニアはあきれたようにため息をついて扉の方に向かう。
食堂に戻るとイミアスとクロイシュルトも戻ってきていた。
「お、帰ってきた帰ってきた」
「フレニア。明日からの打ち合わせをしましょう」
「うむ。わしも丁度そうしようと考えておったところじゃ」
「私も聞かせてもらうよ」
食堂の席に昨日と変わらない席順で座っている。フレニア、イミアス、ヘムート、クロイシュルトは四人並んでいる。ほかに四席空きがあるのに暑苦しい感じになっている。
俺も一か月間座ってきた、フレニアの向かいに座ることにした。
「では、始めようかの。どこに行くかじゃが、これはわしが決めさせてもらった」
「さすがフレちゃん」
「ここから少し西の、『連合国』領土に行こうと思う」
ヘムートが資料から目を離し、フレニアの方を見る。
「何かあったときのための保険、ということか?」
「そうじゃ」
「ええと、つまり?」
「ヘムートは、これからは『連合国』内で工作活動をする予定なんじゃよ」
「なるほど。だから保険なんですね」
ヘムートはそこそこの戦闘力があるはずなので、なんかあったらヘムートを頼ろうということなのか。ヘムートの活動にそこまで負担をかけず、かつ助けてもらえるような位置取りなのだろう。
「えー。『王国』領内でもいいじゃーん」
「『王国』にある製造不能の超技術はすべて回収してあるから、それは却下じゃ」
「ちぇ」
さっきからちらほらと、『連合国』だとか『王国』だとかの名前が挙がっているのは、ここら辺の国の通称だ。
『王国』は正にこの家がある領地を支配している国であり、フレニアが仕えているということになっている国である。正式名称は、ブリムゼン王国。現王は、グラングディール5世。民、他国からの評価としては愚王。民へ圧政を敷き、悪制を施し、忠臣で有名な家臣を何人か粛清している。イミアスはこの愚王からまんまと情報をいくつも得ている。
『連合国』は『王国』と西側に国境を接している国である。三つある大陸の中で最大規模の国である。正式名称は、西ブリムゼン十種族連合国。十人の各種族の代表同士が話し合い、政治を担っている。十種族というのは、人族とされる中の十ある種族のことを指している。人間やエルフ、ドワーフなどがいる。その種族たちが連合を組んで一つの国となっている。そして、種族による差別が起こらないように努力を常にしているため、他国やいろんな地域からの移民のおかげで高い国力となっている。
『王国』は東に魔族の大量生息地域があるため、そこへの開拓要員を種族関係なく招集するといったような、比較的平等を心掛けた政治をしていたのだが、グラングディール5世が何種族かを追放するという暴挙に出たため、『連合国』との仲がすこぶる悪くなっている。その上、例の愚王は『連合国』への侵攻を考えて軍備をしているという。
まあ、まとめてしまうと、『連合国』と『王国』は国境を接しており、一触即発の状態なのだ。
「では私たちは、ヘムートの手の回らない製造不能の超技術を回収して回る、ということでいいのね」
「その通りじゃ。『連合国』に残っておる製造不能の超技術は五つ。ヘムートは二つの回収をするというので、わしらは残りの三つじゃ」
「わかりました」
「回収の経路は既に決めておる。クロイシュルト、把握しておけ」
フレニアが机の上に広げてあった地図の上を、クロイシュルトに示す。
「把握したわ」
「これで打ち合わせは終わりでいいかの?」
「ええ」
「はい」
「では、解散じゃ」
フレニアはそう言うと、立ち上がり書庫のほうに歩きだす。
今までふてくされていたようなイミアスはそれを追いかける。
「では俺はそろそろ行くとする」
「ええ、気を付けて」
「また会いましょうヘムートさん」
「行ってらっしゃいませ。ヘムート様」
そうしてヘムートは出て行った。
「じゃあ、私は自分の部屋にいるから、用があったら教えてね」
クロイシュルトはそう言い、階段を上っていく。
さて、やることも無くなったことだし、夜まで適当に時間をつぶすとしよう。
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ちなみにあまりツイートはしないのでフォローしても意味のない模様…。