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クール系女子、自身を顧みる

「お疲れ~」

「愛佳先輩さよなら~」

「倉瀬先輩、今日カッコ良かったですよ~」

「2人ともまた明日~」


 途中まで帰る方向が一緒の部員達と、分かれ道であいさつを交わしながら別れる。


 ここから私の家までの約10分間は、倉瀬君と私の2人きりだ。

 1週間ぶりの、いつも通りの帰り道。

 でも、今日は最初からいつもと違っていた。


「それじゃあ行こうか」

「うん」


 他の部員達が曲がり角の向こうに消えるのを見送った後で、私達も家に向かって歩き出す。

 いつもなら、このタイミングで倉瀬君の方から手を繋いでくる……のだが、今日はそれがなかった。


(え……?)


 軽く戸惑いを覚えながらも、倉瀬君が歩き始めたので半歩遅れて私も歩き始める。


 もしかしてタイミングが合わなかったのだろうか?

 そんな風に考えて、歩きながらチラチラと倉瀬君の右手を見てみるも、倉瀬君の右手は歩行に合わせて前後に揺れるだけでそれ以上の動きはない。

 その横顔には穏やかな微笑みが浮かんでいて、私と手を繋いでいないということになんの違和感も抱いていないかのようだった。


(あれ? 気にしてるの私だけ?)


 そう思うと、なんだか胸の中がもやもやした。


 元々、手を繋ぎ始めたのは倉瀬君の方からだった。

 2カ月くらい前に行った水族館デートの時に、真っ赤な顔をした倉瀬君が「手を繋いでも、いいかなっ!」と言ってきたのだ。

 その切羽詰まったような様子が妙におかしくて、私は少し笑いながらオッケーをした。

 それからは、帰り道でも2人きりになると必ず手を繋ぐようになったのだ。


(そういえば……私から手を繋いだことってないかも)


 そう気付き、すぐに「いや、手を繋ぐことだけじゃないか」と思い直す。


 私は倉瀬君との恋人関係において、私から何かしたということは全くと言っていいほどない。

 告白もデートのお誘いも、部活のお手伝いだって全て倉瀬君からやってくれたことだ。

 私から倉瀬君に何かを求めたことはなに1つとしてない。


 それは普通の恋人関係であれば、無欲と言うのかもしれない。

 しかし、私の場合は違う。

 私のこれは、無欲ではなく無関心と呼ぶべきものだ。


(別に、倉瀬君とのことだけじゃないけど、ね……)


 私は、基本的に人間関係に関して淡白だ。

 孤独を苦に感じるタイプではないし、友達もいればいいとは思うが、別にいなくてもそれならそれで構わない。

 人当たりはいい方だと思うが、特定の誰かと特別親密な関係を築くことはほぼ皆無と言っていい。例外は小学校の頃からの幼馴染である佐奈くらいか。


 その佐奈とだって、遊びの誘いはいつも向こうからだ。

 私から遊びに誘ったことなど、数えるほどしかない。

 親友である佐奈相手でさえそうなのだから、他の友人となら尚更。

 現に私は、誘われなければ部活の子達と寄り道すらしない。日曜日に自主練を休んで遊びに行くなどもってのほか。

 理由は単純。友達と遊ぶよりも新体操をやっている方が楽しいからだ。


 いや、友達と遊ぶのが楽しくない訳じゃない。

 ただ、新体操第一な私からすると、それ以外はどうしても“気分転換”の域を出ないのだ。

 一言で言えば「たまにはこういうのもいいよね」という程度。

 所詮、日常に変化を加えるスパイスでしかない。極論、無くても問題はない。


 こんな私を佐奈は「新体操バカ」と呼ぶが、実際そうなのだろうと思う。

 でも、仕方ないじゃない。新体操以上に好きなものが見付からないのだから。


 だから、1年前に異常なモテ期が来た時は正直困ってしまった。

 そして、はっきり言って迷惑だと思った。


 クラスメートとかはまだ分かる。

 一緒の教室にいて、色々と関わり合いを持つ過程で、恋愛感情を抱いてしまうこともあるのだろう。私にそんな経験はないが。


 だが、他クラスや他学年、果ては他校からも告白に来る男子がいるというのは、一体どういうことなのか。

 私は彼らの大半とは、ろくに話したこともない。中には顔も名前も知らない人までいた。

 そんな見も知らぬ他人に交際を申し込まれても、受け入れられないのは当然ではないだろうか?


 にもかかわらず、告白を断るとなぜか私が悪いみたいな雰囲気になる。

 私は終始一貫して、「今は新体操に専念したいから誰かと付き合うとかは考えられない」と言って断っていた。

 それは紛れもない私の本心だったし、相手を否定しない分、断り方としては悪くないのではないかと思っていた。

 それでも、断られた相手は少なからず傷付いた顔をする。彼らも真剣だったのだから、それは仕方がないだろう。

 けれど、そんな顔をされるとこっちだって多少なりとも胸は痛む。だから、告白をされるというのは私にとっていつも憂鬱なイベントだった。


 時には逆恨みをされたことだってある。

 告白を断った途端、相手が豹変し、「ちょっと有名だからって調子に乗るな」とか「誰がお前みたいなブス本気で相手するかよ」とか吐き捨てられたのだ。あるいは後になって変な噂を流されたこともあった。


 あれは本当に意味が分からなかった。

 勝手に好きになって勝手に告白しておいて、なんで私が暴言を吐かれなければいけないのか。なんで私が思わせ振りな行動を取ったことにされているのか。

 理解も出来ないし納得もいかないが、暴言を吐かれれば心は傷付く。悪意を向けられれば心は疲弊する。


 そんなことが何カ月も続き、ストレスと軽い男性不信ですっかり心がささくれ立っていた頃に告白をしてきたのが、倉瀬君だった。

 正確な回数は後で本人に言われて知ったのだが、どうやらそれは5回目の告白だったらしい。


 倉瀬君に初めて告白されたのは、たしか去年の7月。夏休みが始まる直前のことだったと思う。

 私がお決まりの文句で断った後、「じゃあ友達から!」と食い下がられ、流石にその申し出を断ることも出来ず、仕方なく連絡先を交換した。

 それからはちょくちょくスマホでメッセージをやりとりした。

 仮にも1回フッた相手とどういう態度で接すればいいのか分からなかった私は、当時スマホ上でもかなり素っ気なかったと思うのだが、倉瀬君は懲りずにメッセージを送り続けてくれた。


 そんなことがあって、知らない仲じゃなかったのもあるのだろう。

 私は倉瀬君の5回目の告白を受け入れた。


 でも、それは別に倉瀬君のことが好きだったからじゃない。

 少なくとも倉瀬君は、私の容姿やら知名度やら……そんな上辺の部分に惹かれて告白をしてきた男達や、下心が透けて見える明らかに女慣れしてる男達とは違うと思ったから。

 何より、当時の私は男に言い寄られることにいい加減うんざりしていたから。


 簡単な話、私は男除けとして倉瀬君を利用したのだ。

 男除けには誰かと付き合ってしまうのが手っ取り早いと思って、一番マシそうな男を選んだらそれが倉瀬君だったというだけのこと。


 それだけでも十分に最低な行為だと今なら分かるが、私がやったことはそれだけではない。

 私は「キスもそれ以上のことも結婚するまで一切ナシ」なんて言葉で、倉瀬君を試すようなことまでした。


 今にして思えば、なんて傲慢なことをしたのだろうと思う。

 自分自身は一切恋愛感情を持っていないくせに、相手の恋愛感情を一方的に試すなんて。

 しかもそれ以上に最悪なのは、私がいつしかそんな傲慢な行為をしたことを忘れていたということだ。


 私は最初、この条件を嫌がったりすぐ反故ほごにしたりするようなら、迷わず倉瀬君をフるつもりだった。

 所詮、彼も好きな人との約束より自分の欲望を優先する男に過ぎなかったのだと断じて。

 いや、むしろそうなることを心のどこかで期待していた。

 そうなれば、私は積もり積もった男達への不満と不信感を爆発させることが出来る。

 「一番マシだと思った倉瀬君ですらそうだった」その事実があれば、私は男全体に失望することが出来る。


 でも、そんな私の歪んだ思惑に反して、倉瀬君は約束を守ってくれた。

 私が嫌がることは一切しなかったし、私に遊ぶ時間がないことを知ってもごねたりはしなかった。

 それどころか、少しでも一緒にいる時間を増やすために、自分から新体操部のお手伝いを買って出てくれた。


 最初は正直歓迎されていなかったと思う。

 部員達は、突然やって来た男子を警戒して誰も倉瀬君に仕事を頼もうとしなかったし、むしろ仕事を与えないことで、倉瀬君が手伝いを断念して出て行くように仕向けていた節すらある。

 でも、そんな中で倉瀬君は自分に出来ることを見付けて、部員達を手伝い、部員達も少しずつ倉瀬君を受け入れていって……それもこれも、全ては私の為で……いつしか私も、倉瀬君が側にいることを受け入れていた。

 いや、それを当然のことのように思ってしまっていたのだ。自分が彼を利用し、その誠意を疑い、試したということも忘れて。


 忘れていた。だから気付かなかった。

 あの約束が、今の状況が、倉瀬君を苦しめているという可能性に。


 私は……与えられるままに全てを受け入れて……自分が倉瀬君にした傲慢で最低な行いも忘れ、倉瀬君を思い遣ることもなく……私は…………


「渡井さん?」

「――!」


 倉瀬君の気遣わしげな声に、いつの間にか俯けていた顔を上げる。

 隣に目を向ければ、そこには心配そうな目で私を見詰める倉瀬君の顔が。

 その顔を見て、私は自己嫌悪に押し潰されそうな心がギシリときしむのを感じた。


「大丈夫? また体調が悪くなった?」

「――ううん、大丈夫。少し考え事をしてただけだから……」

「そっか……ごめんね? 考えを中断させちゃって。なんだか渡井さんが辛そうな顔をしてたから……」

「……そう、かな」

「うん。昼にも言ったけど、僕でよかったらいつでも相談に乗るよ? 渡井さんが話したくないなら、別に話さなくてもいいけどね」

「うん、ありがとう……」


(……やっぱり、優しい)


 そう、倉瀬君はずっと優しかった。それは今も変わらない。

 今日倒れた時も、昼過ぎから練習に復帰した後も、倉瀬君はずっと私のことを気遣ってくれていた。

 私が気にしないようにさり気なく、それでいて細やかにサポートしてくれた。

 ……まあ、ちょっと言動が変な感じになってたけど。


「……」


 今更、倉瀬君の恋愛感情を疑う気はない。

 倉瀬君は本気で私のことが好きなのだろう。

 それは、ちょっと付き合ってみたいとか、軽く遊びたいとか、そんな軽薄な気持ちではなくて……あの約束の通りなら、それこそ結婚を考えるくらいの真剣さで……。


(でも、私は……)


 呆れたことにこの段階になっても、まだ倉瀬君を好きだと言い切れない。


 倉瀬君のことを好きか嫌いかと言えば、それは間違いなく好きだ。

 でも、それは人として好きなのであって、異性として好きかと問われれば正直分からない。


 昨日佐奈に「倉瀬君のことをいいって言ってる部員がいる」と言われて、何も感じなかったわけではない。

 家に帰った後、「もし、倉瀬君が他の子と付き合うことになったら?」と考えると、なんだかすごく嫌な気分になったのも確かだ。

 ……でも、それは…………


(それは……独占欲と何が違うんだろう?)


 私は自分に向けられていた好意が、献身が、他の誰かに向けられることに嫌悪しているだけではないのか?

 私はそこまで浅ましく醜悪な人間だったのか?


 分からない。


 分からない。


 私には……何も分からなかった。


「渡井さん?」


 もう少しで家に辿り着くというところで急に立ち止まった私に、倉瀬君が怪訝そうな声を上げる。

 それに答えず、私は視線を横に向けた。

 そこにはたくさんの桜の木が植えられた公園があった。


「少し、寄って行かない?」

「え……?」


 突然の提案に、倉瀬君が戸惑った様子を見せる。

 それもそうだろう。

 この公園は春には桜が美しく咲き誇り、夜には夜桜を楽しめるが、今は夏だ。

 夏の夜中にわざわざ寄り道をするような見どころは、この公園にはない。


 でも、倉瀬君は私の表情から何かを感じ取ったのか、何も聞かずに頷いてくれた。


「いいよ。もう遅いし、ちょっとだけね」

「うん」


 そして、2人で並んで並木道を歩く。

 倉瀬君はやっぱり何も言わない。

 きっと、私が何かに悩んでいることを知った上で、私の考えがまとまるのを待ってくれているのだろう。


「……」


 私が倉瀬君に向けている感情が何なのか、今の私には分からない。

 分からないからこそ、私は倉瀬君の気持ちに応えてあげることが出来ない。

 ううん、たとえどんな事情があろうと、恋愛の“れ”の字も分からない私が適当な気持ちで誰かと付き合うこと自体がそもそも間違いだったんだ。


(もっと倉瀬君と一緒にいたら……私にも分かるようになるのかな)


 この気持ちがなんなのか。

 恋愛とは、どういったものなのか。


 でも、それは私のわがままだ。


 今の私がどう思っていようと、私が倉瀬君を利用し、試したことは事実。

 そして、私がこんな半端な気持ちで付き合っているせいで、倉瀬君を苦しめているということも、また。


 これ以上、この優しい人を私に縛り付けてはいけない。


『ズバッと容赦なくフッてやって、その上で謝りなさい』


 佐奈の言葉が脳裏に蘇る。


(結局、佐奈が正しいんだよね)


 全てを見通されていたことに、思わず微苦笑が浮かぶ。

 私はその場に立ち止まると、夜空を見上げて決心を固めた。


 全てを正直に話そう。

 そして、応えられないことを謝ろう。

 嫌われるかもしれない。失望されるかもしれない。

 でも……それでも、これがきっと私に示せる最初で最後の誠意だ。


「倉瀬君」


 振り返った倉瀬君と、正面から向き合う。

 そして、静かな夜の公園で。

 私はゆっくりと口を開いた。


「ごめんなさい。私と別れてください」

ピンポンパンポーン(⤴)



《 『断食系男子、悟りを開く』にお越しの皆様にお知らせします。現在、作者の予想を超えて物語の進行が遅れています。つきましては、全体の話数を20話前後まで延長することに致しました。お越しの皆様には大変ご迷惑をお掛けすることを深くお詫び申し上げます。これからも『断食系男子、悟りを開く』をよろしくお願い申し上げます。まったく、般若心経は最高だぜ 》



ピンポンパンポーン(⤵)

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サトラー化した彼はあっさり受け入れそうな気もする別れの言葉。
[一言] 般若心経は最高だぜ
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