クール系女子、親友に説教される
「ふ~ん、じゃあ明日から復帰するんだ倉瀬君」
「うん、そうみたい」
スマホに届いたメッセージを見ながら、私は対面に座る親友――仲澤佐奈にそう言った。
すると、佐奈はフライドポテトを口に運びながら疑問を口にした。
「結局さぁ、なんだったの? 倉瀬君が休んでた理由って」
「さあ? 私も詳しいことは分かんない」
「ふぅ~ん、あの愛佳ラブな倉瀬君が1週間も休むんだから、よっぽどのことがあったのかと思ったんだけどね~」
佐奈のその言葉に、私は曖昧な笑みで返した。
今私は佐奈と一緒に、部活帰りにファストフード店に寄っている。
いつもは練習が終わると倉瀬君が家まで送ってくれるので、こんな風に友達と寄り道をするのは普段はしないことだった。
倉瀬君が休んだ初日は、後輩達に引っ張られて部活の子達10人以上と一緒にファミレスに行ったくらいだ。
といっても、今日は私と佐奈の2人きりだが。
いくら私が練習後にフリーなのが珍しいとは言っても、1週間もすれば皆も落ち着くらしい。
「それで? 倉瀬君とはどこまで行ったの?」
ポテトを咥えた佐奈が、ニヤニヤと笑みを浮かべながらずいっと顔を近付けてくる。
その顔には、親友の恋愛事情に対する野次馬根性が丸出しになっていたが……残念ながら、期待に応えられるような話は何もない。
「別に……特に何も。毎日練習に付き合ってもらって、帰りにおしゃべりしながら一緒に帰って……それだけ。佐奈だって知ってるでしょ?」
「またまたぁ~~、帰り道に2人で寄り道したり、休みの日にデートしたりしてるんでしょ~?」
「練習が終わるのが8時なんだから、それからじゃ寄り道なんて出来ないよ。それに、休みの日もなにも、私は休日もずっと自主練してるし。デートなんて3回くらいしかしたことないよ」
「……え? じゃあ本当に何も? 半年も付き合っててな~んにもないの?」
「だから何もないって……」
そう言うと、佐奈は毒気を抜かれたような表情でストンと浮かせていた腰を下ろした。
そして、小首を傾げながら不安そうに言う。
「えぇ~~っとぉ……確認なんだけど、2人は付き合ってるのよね?」
「なにを今更……付き合ってるけど?」
「なのに、半年間何もないの? いや、流石にキスくらいはした……わよね?」
「してるわけないでしょ。そういう約束だし」
「へ? 約束?」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
そして、私は倉瀬君と付き合う時にした約束のことを佐奈に話した。
すると、佐奈は頭痛を堪えるかのように、自分のこめかみを押さえながら言った。
「えぇ~~っと? それじゃあ2人は基本部員とそのお手伝いの関係で? プライベートな時間なんてほとんど無くて。恋人としての進展も全くないと?」
「そうね」
「はああぁぁぁ……」
私の端的な肯定に対して、佐奈は魂が抜けそうなほど深い溜息で返した。
「……なんか呆れられてる?」
「完全に呆れてるわよ。ていうか愛佳。あんたさっきからずいぶん淡々としてるけど……念のために聞くけど、あんた倉瀬君のことは好き……なのよね?」
その問い掛けに、私は倉瀬君のことを頭に思い描いて……正直に答えた。
「いい人だよね」
「……それだけ?」
「え? う~ん……優しいよね」
「同じことでしょ……というか、はああぁぁぁ…………」
そして、佐奈はとうとうテーブルに突っ伏してしまった。
一体どうしたのだろう?
「愛佳ぁ……」
「なに?」
「悪いことは言わない。今すぐ倉瀬君と別れなさい」
「え?」
突然の言葉にただ困惑する。
なぜ私が倉瀬君と別れなければならないのだろう?
「……なんでこんなこと言うか分かる?」
「ううん」
「でしょうねぇ……はあぁぁ、倉瀬君かわいそう……」
「??」
本格的に話が読めない。
なんで佐奈が倉瀬君を憐れんでいるのか。
疑問に首を傾げていると、佐奈が顔を上げた。
その目は完全に据わっていて、私は反射的に背筋を伸ばしてしまった。
「愛佳……冷静に、客観的に考えなさい」
「え? うん」
「あんたの思惑はどうあれ、あんたは倉瀬君の告白を受け入れた。つまり、倉瀬君があんたのことを恋愛的な意味で好きだってことを知った上で、側にいることを許したってことよね?」
「うん……まあ」
「なのに、あんたは側にいるだけで恋人らしいことは一切やってあげてない。これって倉瀬君に対してすっごく失礼なことだと思わない?」
「それは……でも、そういう約束だし……」
私の意志はずっと伝えている。
「今は新体操に専念したい」それに、「キスもそれ以上のことも結婚するまでは一切ナシ」とも言った。
つまり、今は新体操最優先で恋愛にうつつを抜かしている暇は無いと。
倉瀬君だって、それを承知の上で私と付き合うことにしたはずだ。
そう伝えると、佐奈は処置無しといったように額に手を当てながら言った。
「あんたさぁ……いや、キスとかはまだいいわよ。すごくプラトニックなお付き合いって考えればいいし。……でも、あんたそれ以上に大事なものを倉瀬君にあげてないでしょ」
「大事なもの?」
「決まってるでしょ? 心よ、心」
その言葉に、私の全身に衝撃が走った。
情けないことに……それは完全な盲点だったからだ。
目を見開いて固まる私に、佐奈はどこか責めるように続ける。
「体も心もあげないで……あんたは倉瀬君の献身にどうやって報いるの?」
私は……何も言えなかった。
私はずっとそういうものだと思っていたから……倉瀬君も何も言わなかったから……今の関係に何も疑問を抱いていなかった。
いや、倉瀬君が何も言わなかったなんて言い訳だ。
ただ単純に、私は彼に対する配慮が決定的に足りていなかったのだ。
「もしかして……私、すごく残酷なことしてる?」
「残酷も残酷。何もしてあげないけど、側で尽くすことは許すなんて……形だけ見れば完全に悪女の所業よ?」
「……そっ、か」
指摘されて気付いたあまりにもあんまりな事実に打ちのめされる私の前で、佐奈は「はあ……いつまで経っても名字で呼び合ってるから変だと思ってたけど……もっと早くに気付いていればよかった」とか「新体操バカだとは思ってたけど……まさかこれほどだったなんて」とかぶつぶつと呟いていた。
しかし、私には何も言い返すことが出来ない。
やがて、佐奈はズゴゴッと一気にジュースを飲み干すと、タンッとカップをテーブルに置きながら言った。
「とにかく! あんたにその気がないならさっさと別れなさい。ズバッと容赦なくフッてやって、その上で謝りなさい。それがお互いの為よ」
「そう、かな」
「そうよ。そうしてやらないと、倉瀬君も次の恋に進めないでしょ?」
「……次の恋?」
「あぁそっか、あんたは知らないか。実はウチの部員の中に、倉瀬君のことをいいって言ってる子結構いるのよ。あんなに尽くす彼氏がいるあんたが羨ましいって。最初の頃は……正直あんた達のこと不釣り合いだって言ってる子が多かったけど、今は誰もそんなこと言わないくらいにはね」
「……知らなかった」
「そりゃ仮にも彼女であるあんたの前で、その彼氏を『いいなぁ~』なんて言える訳ないでしょ。……まっ、その様子だと無用な配慮だったみたいだけど」
「……」
親友からの、親友だからこその容赦の無い説教に、私は終始ただ俯いているしかなかった。
* * * * * * *
―― 翌日
私はいつもよりも30分近く早い時間に、学校を訪れていた。
今朝は、昨日佐奈に言われたことが頭の中をぐるぐると渦巻いて、ろくに眠れないまま朝を迎えてしまった。
一晩考えても考えはまとまらず、私は考え事から逃げるようにいつもより早く家を飛び出し、学校にやってきたのだ。
流石にまだ誰もいないだろう。
そう考えて職員室に鍵を取りに行こうとして……既に体育館に明かりが点いていることに気が付いた。
(あれ? もう誰か来てる?)
顧問の先生が早めに来たのだろうか?
そんな風に考えながら、私は体育館に向かい、ガラガラと扉を開けて――固まった。
日の光と照明に照らし出された体育館には塵1つ無く、朝の清掃が完璧に終了していることが分かった。
それに、練習に使う手具もフロアマットも、その全てが既に準備されていて、いつでも練習が開始できるようになっていた。
そして、そんな準備万端の状態の体育館の中央にいる1つの人影。
倉瀬君だ。
その姿に、昨日の佐奈との会話を思い出して胸が妙にざわついたが、今はそれ以上に困惑の方が上回っていた。
彼がここにいること自体はいい。
恐らく、いや間違いなく、早めに来て清掃と準備を全てやっておいてくれたのだろう。
それ自体は有難いし、昨日の佐奈との話し合いを踏まえた上だと少し申し訳ないが、別に問題はない。
問題は、体育館の中央で待っている彼の体勢だ。
なんで……なんで……
(なんで……結跏趺坐してるの?)
こちらに体側を向けて座禅を組む倉瀬君のその姿勢は、いっそほれぼれするほどシャンと背筋が伸ばされ、様になっていて…………やがて、私が呆然と見守る先で、その両目がスッと開かれた。
そして、すうっと大きく深呼吸してから、おもむろに一言。
「選手達の息吹を感じる……」
……なんか言い出したぞ?
結跏趺坐:仏様がよくやっている座り方。普通の人ではまず正しく組むことすら出来ない。