夏祭りデート 後編
向かい合う2人のサトラー。今にも決闘でも始まりそうな雰囲気。
(どうしてこうなった?)
思わず遠い目をしてしまう私を余所に、狩衣を着たおじさんが口を開いた。
「君に問いたい……悟りを開くために、一番重要なものは何かね?」
「私欲を滅し、心の中を愛で満たすこと」
迷いなく即答した聡君に、おじさんは少し目を見開いてから、面白そうに笑みを浮かべた。
「なるほど、それが君のサトリズムか……私とは、やはり根本的に違うな」
「神道系、ということは……?」
「お察しの通りだよ……自然に感謝をし、心を通わせる。それが私のサトリズム」
……自然に感謝するのは、大切だよね。
「私以外の、しかもここまで異なるサトリズムを持つサトラーに会うのは久しぶりだ……どうかね? ここはひとつ、お互いのサトリズムを懸けてザトルといこうではないか」
なんかまたすごいパワーワードが……ザトル? 語感からして、“バトル”と“悟る”を掛け合わせたのかな? アハハ、愛佳俗人だからわっかんな~い☆
大真面目な雰囲気で進む理解不能な展開に、完全に死んだ目になっていると……おじさんの誘いを受けた聡君が、ピッと肩の高さに手を挙げた。
「あ、すみません。今デート中なので、またの機会にお願いします」
「え……?」
そして、礼儀正しく。しかしバッサリと容赦なく断った。
呆気にとられた様子のおじさんが、ポカンとした顔でこちらを見る。
「……そちらのお嬢さんは、君の親戚か何かでは?」
「いえ、恋人です」
「……か~ら~の?」
「恋人です」
断固とした口調で2回言う聡君。おじさんが、目を大きく見開いてよろよろと後ずさる。
「なっ……そんな、嘘だ……!」
「貴方もサトラーなら、嘘ではないことは分かるでしょう」
「バカな……! サトラーに、こんな可愛い恋人が出来るはずがない。出来るはずがないんだ……っ!!」
その場にガクリと崩れ落ち、地面に爪を立てるおじさん。
怖いな~念のためいつでも110番できるようスマホ構えておいた方がいいかな~?
「私が……サトラーへの道を開いたのは……そう。ちょうど、25年前の夏祭りのことだった……」
おいおい、なんか語り始めちゃったぞ?
「あの日……私は、ずっと好きだった幼馴染に告白をしようと、綿密に計画を立てていた……告白の場所。2人で抜け出すタイミング。全てきっちり計画を立て、遂に計画を実行に移そうとしたら……肝心の幼馴染がいない。どこだ? いつの間にはぐれたんだ? 早くしないと花火が始まってしまう!! 慌てて彼女を探し、ようやく聞こえた声の方に行ってみると……」
顔を上げ、泣き笑いのような表情を浮かべるおじさん。
「彼女は……私の親友と、2人でフェスティバルしていた……」
「「……うわぁ」」
なんというか……私達は、何を聞かされているんだろう?
「私はその場から逃げ去り、気付けば大きな木に拳を打ち付けながら泣いていた。そのままどれくらいの時間が経ったのか……花火の音もお祭りの喧騒も聞こえなくなった頃──」
泣き笑いのような表情のままフッと笑みを漏らし、遠くを見るおじさん。
「……木がね? 語り掛けてきたんだよ」
そうか、語り掛けてきちゃったか。
「彼と対話し……私は悟った。自然こそが友であり、恋人であり、家族なのだと!」
「はい、聡君。あ~ん」
「え? 愛佳さん? あ、あ~ん」
「おいしい?」
「っ、お、おいしいよ」
「じゃあ、お返しして? あ~ん」
「え、その……」
「あ~ん」
「あ、あ~ん」
聡君がおずおずと差し出してきたたこ焼きにかぶりつくも、ちょっと口からこぼれそうになって焦る。うん。爪楊枝であ~んするのって、意外と難しいね。
「ふふふっ」
「あはは……なんだか恥ずかしいな」
照れ隠しに笑うと、聡君も照れくさそうに笑った。
そんな私達を見て、自分語りをしていたおじさんがフッと笑みをこぼした。
「負けたよ……悟りの境地は、私が思っていたよりも遥かに広大かつ深遠であることが、よく分かった」
よかったね。
「ありがとう。君のおかげで、私は新たな可能性が開けたよ」
そっかぁ。
「まだ諦めるのは早い……私はこれから、婚活に勤しむ!!」
うん……頑張ればいいんじゃないかな?
「ありがとう、若人達よ。では、さらばだ」
シュタッと手を上げ、音もなく姿を消すおじさん。……結局、何しに来たんだろう?
「なんか、変わった人だったね。聡く……聡君?」
ふと隣を見ると、聡君がいない。どこに行ったのかと周囲を見回すと、聡君はすぐ近くにいた。
「聡君、どうしたの?」
たこ焼きのトレイをビニール袋に押し込むと、私は木の前に佇む聡君の下へと歩み寄った。
私の呼び掛けに言葉を返さず、聡君は一心に木を見上げている。……嫌な、予感がした。
「……なるほどね?」
「聡クン?」
「愛佳さん、あっちに花火が綺麗に見える秘密の場所があるってさ」
「誰に聞いたのかな? あ、ううん、やっぱり言わなくていいや」
きっと、人伝に聞いたのを今思い出したのだろう。人って、何か思い出そうとする時に上を見るらしいし?
「愛佳さん、足元大丈夫?」
「あ、うん。大丈夫大丈夫~」
うん……だから、視界の端で聡君が木に向かって会釈してるのは気のせいなんだ。聡君が周囲の木に向かって「あ、こっち? ありがとう」とか言いながら先を進んでいくのも、木の精……いや、気のせいだ。うん。
「あ、ここかな?」
そうやって現実逃避しながら、聡君に手を引かれるままに進むこと数分。不意に、周囲を木に囲まれた空き地に出た。
その直後、ヒュルルルル…………という独特の甲高い音がしたかと思うと、破裂音と共に夜空に大輪の花が開いた。
「うわぁすごい。たしかにこれは穴場だね」
「……そうだね」
木立の上を彩る鮮やかな花火を、私と聡君は手を繋いで見上げる。
木々の間に円形に口を開けた空。そこを埋め尽くすような色とりどりの花火は、なるほどたしかにとても幻想的な光景だった。……ん、だけど、
(うん。ちょっと……入ってこないな!?)
その、さっきまでいろいろあって全力で現実逃避してたから、ちょっとまだ戻ってこれてないわ。「わーすごーい(棒)」って感じだわ! ごめんね!
(まあ、でも……)
空を見上げるふりをして、横目で聡君の顔を窺う。花火に照らされる聡君の顔は、いつもの落ち着いた雰囲気と違って、年相応のキラキラとした表情をしていた。
(聡君楽しそうだし……まあ、いっか)
渡井愛佳、16歳。なんだかちょっぴり大人になった気がした夜だった。




