夏祭りデート 前編
「愛佳さ~ん、こっちこっち」
「あ、聡君。ごめんね遅れて」
慣れない浴衣に苦心しながら、私は出来る限り速足で聡君のもとに向かった。
すると、歩きにくいのだと察した聡君の方から、こちらに近付いてきてくれる。
「慌てなくていいよ。別に大丈夫だから」
「う、うん、ありがとう」
聡君は優しくそう言ってくれるが、実際20分くらい遅れてしまったので、少し気まずい。
「本当に、気にしないでいいよ。僕のためにおしゃれしてくれたんでしょ? 僕のために時間を掛けてくれたなら、そこに僕が怒る理由なんてないよ。愛佳さん……とても綺麗だ」
聡君の真っ直ぐな褒め言葉に、恥ずかしさと同時に喜びがこみあげてくる。
ここに来るまでは浴衣と下駄の歩きにくさに後悔しかけていたけど、やっぱり着てきてよかった。
「聡君……ありがとう。聡君も、すごく似合ってる」
「そう? ありがとう」
にこっと笑う聡君は、青色の作務衣を着込んでいた。
うん……似合ってる。本当に。……ちょっと、高校生には見えないくらい。
「それじゃあ、行こうか」
「あ、うん」
聡君の差し出した手にそっと手を重ねると、私達は今日の目的地である神社に向かった。
石段を上って敷地内に入ると、夕闇を押しのけるような明るさが目に飛び込んでくる。
「うわぁ、思ったより賑やかだね」
「そうだね」
今日は、花火がきれいに見えると評判のお祭りにやってきていた。
実際来てみると、その予想以上の人通りの多さに驚く。どうやら、評判になるだけはあるらしい。
人の流れに乗りながら、とりあえず一通り屋台を見て回る。
「あ、聡君。くじ引きがあるよ。一等はゲーム機だって」
「ああ……やめておいた方がいいよ。たぶんあれ、当たりは入ってないから」
「え? そうなの?」
「うん。あの店主のおじさんからは、嘘吐きの気配がするからね」
「すごいね聡君、名探偵だ。あ、あっちは射的だよ」
「ほんとだね。少しやってみる?」
「うん」
お店のおじさんにお金を払い、銃とコルクの弾を受け取る。
何気に射的は初めてだ。なんとなく目に入ったぬいぐるみを狙って、とりあえず撃ってみる。
外れ。もう一回撃ってみるも、やっぱり外れ。
意外と難しい。というか、浴衣の大きな袖口が邪魔で、狙いを定めにくい。
かと言って袖口をまくり上げるのもはしたない気がするし、「おいおいどれだけ本気なんだよ」みたいな目で見られそうで恥ずかしい。
私は早々に見切りをつけると、銃と残りの弾を聡君に渡した。
「もういいの?」
「うん、あとは任せた」
冗談っぽくそう言うと、聡君は「よ~し」と言いながら弾を込めて、私が狙っていたぬいぐるみに向けて構えた。
途端、なにやら張り詰めた空気が漂い始める。銃を構える聡君の目は恐ろしく真剣で、ピリピリと肌を刺すような緊張感が漂ってくる。
「ふぅっ!」
そして、聡君が鋭く息を吐き出すと、銃口に込められたコルクの弾がなにやらピシピシと不穏な音を──
「こらっ、ズルしちゃダメ」
「おぅ」
ぺしっと聡君の頭をはたくと、急に張り詰めた空気が霧散する。
聡君はどこか情けない表情で私を振り返ると、すっと構えを解いた。
「任せるって言うから……」
「別に、本気で景品を取ってほしいわけじゃないから。遊びでズルしちゃダメよ」
「ズルってわけじゃ……」
「いや、その気力? を使うのは世間一般ではズルだから」
ズルと言うか、それ以前の問題な気もするけども。
とにかく変な力は使わないよう言うと、聡君は今度は普通に銃を撃った。
残り3発のうち2発は当たったが、ぬいぐるみは落ちずに棚の上で粘っている。
「どうする? もう少し撃てば取れそうだけど」
「ううん、いいよ。十分楽しめたし」
「そう?」
「うん。あ、今度はあっちの金魚すくいに行ってみよう?」
「金魚、すくい……?」
聡君の手を引き、幅広の水槽が置かれている出店に近付く。
「わ~いっぱいいる」
水槽を覗くと、赤と黒二色の金魚がたくさん泳いでいる姿が見えた。
「ね、すごいたくさんいるよ……って」
振り返ると、そこにはなにやら悲しげな表情を浮かべた聡君が。その頬に、突如スゥっと涙が伝う。
「かわいそうに……」
「急にどうした」
「こんな閉じられた世界で、息苦しい思いをしながら命を弄ばれて……」
「重い重い重い!!」
「今、僕が救ってあげるからね」
「救わなくていいから! そっちの“すくい”じゃないから! ほら、やっぱり向こうのヨーヨー釣りにしよう? ね?」
このままだとなんだか大変なことが起きそうな気がしたので、慌てて聡君の手を引いてヨーヨー釣りの方へと移動する。
そして、無事お互いに1個ずつヨーヨーを獲得し、それを手でバスバスと弾きながら、今度は屋台の方を回る。
大会前は体形を維持するため、食事にも気を遣っていたが、今はその制約もない。辺りに充満するおいしそうな匂いとお祭りでしか食べられない食べ物数々に、つい目移りしてしまう。
「愛佳さん、楽しそうだね」
「う……」
食い意地が張っていると思われただろうか?
なんだかみっともないことをした気分になって、羞恥に首を縮める。
「ごめん」
「なんで謝るの? 愛佳さんが楽しいならそれでいいじゃん」
う~ん、紳士。今日も聡君は悟っている。
間違いなく聡君は本心で言っているのだろうが、やはりここで食べ物にがっつくのは女子的にどうなのかと思ったので、私は改めて慎重に周囲を見回した。
女子的にはここはりんご飴やチョコバナナに行くべきなのだろうが、私は普通に炭水化物が食べたい。だってお腹空いてるもん。
(う~ん、でもいきなり焼きそばとかお好み焼きに行くのは……せめて、たこせんくらいにしておくべきかなぁ)
悩む私だったが、そこで聡君が動いた。
「すみません、お好み焼き1つください」
「あいよ!」
屋台のおじさんに注文をすると、財布を取り出しながらこちらを振り返る。
「ソースの匂いを嗅いでたらお腹空いちゃった。せっかくだからいろいろ買って半分こしない?」
「あ、うん……いいよ」
いろいろと見透かされた気がして、恥ずかしくなると同時に聡君の気遣いに胸がきゅぅっと締め付けられる。
(ああ、やっぱり好きだなぁ)
今すぐお好み焼きをあ~んしたいし、あ~んされたい。
ああもう、私の彼氏が紳士過ぎてツラい。
幸せな気持ちで屋台を巡り、いろいろと買い込んだ私達は、一旦出店が並んでいる道を外れて腰を掛けられるところを探した。
と、ちょうど膝くらいの高さの花壇のような場所があったので、そのふちに座ることにする。
流石にそのままだと浴衣が汚れるので、ハンカチを敷こうとするも、それより先に聡君が懐からハンカチを取り出した。
「はい、どうぞ。ここに座って?」
「え、でも聡君は?」
さっとハンカチを敷いてそこに座るよう促す聡君に、私もハンカチを出すべきか迷う。が、
「僕なら大丈夫。半跏浮座するから」
「そっか、それなら安心だネ」
うん、今日も聡君は元気にサトラーしてる。
そのまま、ちょっと物理的に不可能っぽい体勢をした聡君と一緒に、屋台で調達した食べ物を半分こする。
油っぽい焼きそばも、少しいびつな形のたこ焼きも、お祭りの雰囲気の中では格別においしく感じた。
そうして買ったものをあらかた食べ終わり、私は残った2つのたこ焼きを前にどうすべきか悩んでいた。
食べるかどうかを悩んでいる、のではない。そうではなく……あ~んすべきかどうかを悩んでいるのだ!
(これがラストチャンス……今しか、今しかない!)
そう思っても、どうしても恥ずかしい。しかし、悟り系男子な聡君のこと。こちらからやらなければ絶対あ~んなんて出来ない。
それでも、ここは持ち前の察しの良さを発揮してそっちから来てくれないかな~? なんて考えていると、不意にお祭りの喧騒が遠ざかった……気がした。
急に音量のボリュームを落とされたかのような奇妙な感覚に、私は思わず顔を上げる。
すると、そこにはいつの間にか、神社の関係者らしき狩衣を着た中年男性が立っていた。
その人は、音もなくこちらに歩み寄りながら、聡君の方を見て興味深そうな声を上げる。
「ほう? なにやら気力を感じると思って来てみれば……まさか、こんな若者だとはな」
え? 気力?
驚く私をかばうように聡君が立ち上がり、男の人と対峙する。うん? なにこの雰囲気。
「神道系のサトラーか」
聡君が呟き、向かい合う2人の間にゴゴゴゴゴという効果音が付きそうな緊迫した空気が流れる。
……なんか始まったぞ?




