そして、2人は……
「で、この笑顔である」
全国大会2日目。
残念ながら団体戦のメンバー5名に選ばれなかった佐奈は、同級生や後輩達と一緒に、壁際で愛佳達の様子を見守っていた。
だが、その表情には緊張よりも呆れの色が濃かった。その理由が、他ならぬ愛佳である。
「あーあーすっごいイイ笑顔。あんなに楽しそうに演技する愛佳初めて見たわ」
「あ、あはは、ホントですね~」
「愛佳選手、今日はいつにも増して軽やかに跳んでおります」
「翼を授かるドリンクでも飲んだんか?」
マットの上で軽やかに舞い踊る愛佳。その様は昨日とは打って変わって実に伸び伸びとしており、見ている方が思わず笑顔になってしまうほどに楽しげだった。
昨日の愛佳が鬼神なら、今日の愛佳はさながら聖女。昨日の演技が情熱のタンゴなら、今日の演技は優美なワルツだった。あまりの変貌っぷりに、解説席の人達も目を白黒させている。
「ま~その愛佳に引っ張られて先輩達の演技も躍動感増してるけど……これには部長も苦笑いである」
「まあ、その……仕方ないですよね? 元々リボン3ボール2の演技は愛佳先輩の独壇場ですし……」
「愛佳選手、無双モードです。もう誰にも止められません」
「お花畑と書いて無双と読むんですね分かります」
現在は、フープ5に続いてリボン2ボール3の演技である。
元よりリボンとボールで個人種目別優勝を果たしている愛佳が注目を浴びるのは当然だが、それにしても目立っている。そのくせ連携は一切乱していない辺りは流石としか言いようがないが、メンバーからするとそれが却って小憎たらしくもあるもので。
表面上は笑顔を保っているが、実際お姉様方の内心は穏やかではない。
(このヤロウ、あたしらはアンタの引き立て役じゃねぇぞ)
(爆発しろこのリア充!!)
(明らかに浮かれてんのに、パスは嫌になるくらい正確なのがムッカつくわ~)
(爆弾だと思え……このボールを爆弾だと思うんだ……喰らえ! っしゃあ、右腕逝ったぁ!!)
……なにやら多分に私怨が交じっている気もするが、それが結果として演技の質向上に繋がっているのだから、彼女達もまた一流の選手ではあるのだろう。……たぶん。
やがて演技が終わり、選手達に拍手と歓声が降り注ぐ。
それに応えるように、ポーズを解いた選手達が一礼し、退場しながら観客に手を振ったり会釈したりするのだが……
「おい、あいつ倉瀬君しか見てねーぞ。露骨過ぎんだろ隠す気ゼロか」
「隠す気ゼロと言うより、隠すという発想自体が浮かんでいないのでは……?」
「愛佳選手、容赦がありません。一切の容赦なく、会場中の男性ファンの心を抉っていきます」
「素敵な笑顔で心を鷲掴みにしておいて、それを1人の男に向けることで心を握り潰す。なんて残酷な『上げて落とす』なんだ……」
同じ部員でもちょっと見たことない輝くような笑みを浮かべながら、観客席の聡に手を振る愛佳。周囲の先輩方の笑みが引き攣るが、彼女は気付きもしない。
一方で、穏やかな笑みを浮かべながら手を振り返す聡に、周囲の男から殺意に満ちた視線が向けられるが、彼は動じない。
なぜなら、彼にとって隣人は愛すべき存在だからだ。
聡は慈愛に満ちた表情で周囲の男達を見回すと、何かを口ずさみ始めた。すると、殺気立っていた男達が次々と穏やかな表情になり、元通りフロアへと向き直った。部員達は何も見なかったことにした。
結局この日、愛佳は4人の先輩と共に団体戦でも優勝を飾った。
そして、聡も招いて行われたその晩の祝勝会では、2人揃って部員全員からこれでもかといじり倒されることになったのだが……それはまた別のお話。
* * * * * * *
「それじゃあ、16時にここに集合ね」
「「「は~い」」」
「ね、とりあえずどこ行く?」
「わたし、この前テレビで紹介されてたケーキ屋さん行きたい」
全国大会の翌日。この日は、顧問の先生の粋な計らいで、夕方にバスが迎えに来るまでの間自由行動となっていた。
大会終わりの部活仲間との小旅行に、年頃の少女達は「私達の夏休みはこれからだ」とばかりに盛り上がる。
「あ、私は……」
「はいはい、みなまで言うな」
「倉瀬先輩とのデート、楽しんできてくださいね」
「あ、ほら。お迎え来てるわよ」
部員の1人が指差す先を見ると、臙脂色のポロシャツを着た聡がホテルの入り口に立っていた。
その姿を見て、淡い黄色のキャミソールを着た愛佳の表情が、目に見えて華やぐ。
「それじゃあ……またあとで」
「いってら~」
「帰りのバスで話、聞かせてもらいますからね!」
「ちゃんと時間までに帰ってきなさいよ~」
呆れ半分冷やかし半分の笑みを浮かべる友人達に見送られ、愛佳は弾むような足取りで聡に駆け寄る。
「なんだかんだ、お似合いよねぇあの2人」
「いいなぁ……憧れちゃいますよね。あの感じ」
「そうね……わたしも彼氏作ろうかしら」
笑みを交わしながら街へと繰り出す2人を、微笑ましそうに。それでいてどこか羨ましそうに見詰める部員達。彼女達の夏はまだまだこれから……なのかもしれない。
* * * * * * *
「愛佳さん、どこか行きたいところある?」
「聡君が行きたいところ」
「愛佳さん……なんか、遠慮してない?」
「聡君こそ、いつも私に気を遣ってばかりじゃない」
不満そうにむっと唇を尖らせ、すぐにニコッと笑みを浮かべる愛佳。
「付き合って初めてのデートだもん。今日は聡君にエスコートしてもらいたいな」
「ああ……なるほど。たしかにそういう見方も出来るか」
真面目な表情で視線を巡らせてから、どこか困った笑みを浮かべる聡。
「それじゃあ、とりあえずこのガイドブックに載ってる……っと、ちょっとごめん」
「え?」
「かぁっ!」
ふと何かに気付いた素振りをしてから、聡は一瞬にして姿を消した。
そして数分後、何事も無かったかのようになぜか路地裏から出てきた。
「ごめんごめん」
「いいけど……何があったの?」
「ん? マスコミ。どこかの週刊誌じゃないかな? 写真撮ろうとしてたから帰ってもらった」
「ああ……そう。なんかごめんね?」
「愛佳さんが謝ることじゃないって。あ、ついでにこの辺りで穴場の観光スポットも聞いてきたよ。地元では有名なガラス工房が近くにあるんだって。とりあえずそこに行ってみない?」
「へぇ、いいね。行きたい」
「うん、じゃあ行こっか」
聡がさりげなくスッと手を差し出し、愛佳もまた自然な動きで指を絡める。
それが当然のことのように寄り添い合う2人は、どこからどう見ても仲睦まじい恋人同士にしか見えないだろう。事実、2人は紛れもなく恋人同士であった。
「それじゃあ、ガラス工房に行って、その流れで近くの教会に行こうか」
「え? 教会!?」
「え……ああ! いや、そこのステンドグラスが有名らしくて……その、別に他意は──」
「お寺じゃなくて!?」
「あ、そっち!?」
つい一月ほど前の、淡白なやり取りはどこへやら。どこまでも楽しそうに、幸せそうに笑い合う2人。
ゆっくりと雑踏に消えていく2人を、夏の暑い日差しが照らしていた。
これは、恋を愛へと昇華させた少年と、恋を知らぬ少女が、紆余曲折を経て仮初の恋人関係から本物の恋人同士になる物語。
これにて本編完結です。
途中何度か更新が開いて完結まで随分と長く掛かってしまいましたが、最後までお付き合いいただきありがとうございました。
これからの展開ですが、また気が向いたら後日談や番外編を書こうと思います。
ただ、その前に例のあれをやろうかと考えています。13話で佐奈が言及していたあれを。
キャラが絶望的に少ないのに企画として成り立つのかは甚だ疑問ですが、純粋に聡と愛佳のどっちが人気あるのかはちょっと興味があるので、次回更新はそれですね。その流れで後日談のネタも募ろうかと。
何はともあれ、これで一旦この物語は終了となります。ここまで読んでくださった皆様に無上の感謝を。本当にありがとうございました。




