断食系男子、現実を知る
「はあ……今日は調子悪かった。1回の演技中に3回もクラブを落とすなんて久しぶり」
「まあそういう時もあるよ。あんまり気にし過ぎない方がいいんじゃないかな」
「……そうね。気分を切り替えて、明日はもう失敗しないようにしないと」
そう言って、渡井さんは俯けていた顔を上げた。
(明日も……やっぱり練習なんだ)
今日は土曜日。
強豪である新体操部は、平日は6時から朝練があり、放課後は8時まで練習がある。
そして、土曜日は朝から夜まで練習があり、日曜日は自主練、つまり休みになっている。
しかし、この半年彼女が自主練を欠かしたことなど数えるほどしかない。
「それじゃあまたね」
「うん、また明日」
そう言って彼女が家に入るのを見届けてから、僕は踵を返して家路を辿った。
これが今の僕の日常。
毎日休みなく部活の練習に励む彼女の手伝いをし、練習が終わったら家まで送る。
文字通り休みがないので、当然デートなんかもする暇はない。
一応過去に3回ほどデートに行ったことがあるが、普通に2人で遊んで特に何事もなく終わった。……まあ、3回目でようやく手を繋ぐことは許してもらえたが。でもそれだけだ。それ以外は、むしろ恋人というよりただの友達という感じだった。
……いや、きっと彼女にとってはそちらの方が近いのだろう。
彼女の意志は、きっと僕と恋人になる前から何も変わっていない。
「今は新体操に専念したい」それだけだ。
彼女は、初めから僕のことを好きでもなんでもなかった。
ただ、当時の彼女は男子からひっきりなしに告白を受けていて、それが彼女にとっては負担になっていたんだろう。
「こんな状況じゃ新体操に専念できない」そう思っていたところに、たまたま僕がいた。ただそれだけのこと。
なんで僕が選ばれたのかは分からない。
実はなんだかんだで僕のことが――なんて自惚れる気はさらさらない。
彼女が僕に恋愛感情を抱いていないことなど重々承知だ。
……きっと、僕が色々とちょうどよかったのだろう。
こう言ってはなんだが、我ながら人畜無害そうな外見をしているし、見るからにガツガツいくタイプでもない。
それでも仮にガツガツ来られたところで大丈夫なように、きっちり「キスもそれ以上も結婚するまで一切ナシ」という条件を出されている。
その条件を守れなければ、彼女は即座に僕を切るつもりだったのだろう。
「分かっては……いるんだけどな」
そう、分かってはいる。
だが、僕はこれでも健全な男子高校生だ。
あんなに魅力的な彼女と一緒にいれば、それはもう色々とやりたい。
手を繋ぐだけじゃなく、出来ればハグだってしたいし、当然許されるならキスだってそれ以上のことだってやりたい。
というか、我ながらよく半年も耐えているものだと思う。
それもこれも、手を出せばフラれるという悲しい確信があるからだ。
好かれていないと分かっていながら、奇跡的に手に入れた渡井さんの恋人という立場をどうしても捨てられず。好かれていないと分かっているからこそ、強引に距離を詰めることも出来ず……。今日も僕は1人、悶々としながら帰り道を歩く。
しかし、そんな自分の我慢が限界に達しかけていることも、僕は薄々分かっていた。