絶食系男子、お化け屋敷に入る
「……」
「……」
目の前に聳え立つ、今日の目的地である遊園地の入場門。
その門と、奥に見える遊園地の様子を見て、僕と渡井さんは一様に黙り込んでいた。
門は黒と紫を基調にしたアーチ状で、そこにおどろおどろしい書体で「表野ナイトメアランド」と書かれていた。
そして、その奥に見える園内もあちこちに奇妙なオブジェが立っていて……なんというか、予想を超えてナイトメアしていた。正直言って、デートに向いているとはお世辞にも言えない感じだ。
「とりあえず……行こうか?」
「あ、うん」
渡井さんも、さっきまでの笑顔が嘘のように消えて真顔になってしまっている。
内心「チョイスミスったかなぁ」と思いながらも、入園チケットと全アトラクション乗り放題の一日パスを買って園内に入る。
そして入ってみると、なんと建物もまるでお化け屋敷みたいな暗い雰囲気のものばかりで、スタッフも……白いワンピースを着た長い黒髪の女性、奇怪な仮面を付けて斧を持った大男、手足が異様に長い身長3mはありそうなピエロ……うん、完全にお化け屋敷仕様だね。これ、本当に通常運転なの? 夏限定の特別仕様とかじゃなくて?
そんな風に考えていると、隣の渡井さんが受付でもらったパンフレットを見ながら言った。
「うわぁ、ここお化け屋敷だけで4カ所もあるらしいよ」
「いや、今の時点で十分お化け屋敷っぽいんだけど……」
「たしかに」
そう言いながらも、渡井さんはどこか楽しそうだ。
辺りをキョロキョロ見回しながら、怪しい恰好をしたスタッフや謎のオブジェを興味深そうに眺めている。
「渡井さん、お化け屋敷とか好きなの?」
「う~ん……お化け屋敷は入ったことないけど、怪談とかは結構好きだよ?」
「へえ、そうなんだ」
「意外?」
「まあね」
正直、渡井さんが怖い話を聞いて怖がっている様子があまり想像できない。どちらかと言うと、冷静にその内容を分析しそうなイメージがある。
「倉瀬君は、ホラーとか好き?」
「え? う~ん……どうだろう?」
「あれ? もしかしてホラー苦手?」
「いや、まあ得意ではないけど……」
そう言うと、渡井さんが途端に不安そうな顔になってしまった。
「そうなの? じゃあここはあまり楽しめないんじゃ……」
「ああ、いや……」
周りを見回す。
流石はプロと言うべきか、ここのスタッフの仮装のクオリティは高い。でも……
「……うん、本物に比べればどうということはないから大丈夫」
「What's?」
「ホンモノトクラベレバ、ドッテコトナイヨ」
「……ごめん、私から振っといてなんだけど、普通にしゃべってくれる?」
「了解」
口調を元に戻すと、渡井さんは悩ましげにこめかみを押さえながら言った。
「えっと……本物と比べればってことは……見たことあるの? 本物。いや、というかそもそもいるの?」
「あるし、いるよ? じいちゃんのところで修行した時に、ちょっと見たし」
そう言うと、渡井さんはますます眉間にしわを寄せて唸ってしまった。
「どうしたの? 大丈夫?」
「……大丈夫。ちょっと読み込みに時間が掛かってるだけだから」
渡井さんはそのまましばらくこめかみをぐりぐりしていたが、やがて諦めたように溜息を漏らすと顔を上げた。
「……ごめん。頑張って検索掛けたけど、ファイル形式.strrを変換できるソフトが私の中には無かったわ」
「般若心経を10万8千回くらい唱えれば習得できるよ?」
「そっか……洗脳教育されちゃったんだね……」
なんか渡井さんに哀れむような目で見られた。何故?
よく分からずに首を傾げていると、渡井さんが気を取り直すように前を向くと、近くの建物を指差しながら言った。
「じゃあまあ……ホラー大丈夫なら、とりあえずあそこから行こうか?」
「えっと……『怨霊の墓』? なんというか、らしい名前だなぁ」
そんなことを言いながら建物の入り口に近付くと、ちょうど隣り合う出口から女子高生くらいの2人組が出て来た。
2人共口々に怖かったと言いながら、ハンカチで汗を拭っている。どうやら遊園地の入り口付近にあるからといって、怖さが甘めに設定されているわけではないらしい。
スタッフにパスを見せて中に入ると、ベンチが設置された小部屋に通され、このお化け屋敷のコンセプト説明と導入を兼ねた映像を見せられた。
どうやら僕達は肝試しのつもりで怨霊が蔓延る墓地に踏み込んでしまい、守護霊の導きに従ってそこからの脱出を目指すという設定らしい。
そして、守護霊の声という設定らしい映像のナレーションが、グッと声を潜めて最後の警告をした。
『よいか? 緑色の印を探し、その通りに進むのじゃ。もし、間違った道を選んでしまったら……』
その瞬間映像が切れ、甲高い女性の悲鳴と共に、座っていたベンチがガタンと揺れた。
直後、隣から「ひぁっ!」と小さく引き攣った悲鳴が。
無言で隣を見ると、そこにはいつも通りクールな表情の渡井さん……いや、よく見るといつもより目が見開かれているし、口元が引き攣っている。
「……渡井さん?」
「ん? なに? あ、もう行けるみたいだよ?」
そう言って、渡井さんはそそくさと立ち上がった。
その背中に、なんとなくそれ以上の追及を拒否する意思を感じ取った僕は、大人しく渡井さんに追いて行くことにした。
ま、まあ、不意打ちでちょっと声が出ちゃっただけだよね。うん。
布で仕切られた入り口を潜ると、そこはもう完全に墓地だった。
あちこちに墓石や卒塔婆が立てられており、光源は人魂をイメージしているらしい、宙に浮く紫色の光の玉だけ。
「へえ、思ったよりしっかり作り込まれてるなぁ」
「……そうだね」
……渡井さん? 声、小さくない?
そう思ったが、さっきの不意打ちで声を漏らしたのが恥ずかしかったのだろうと自分を納得させ、特に何も言わない。
入り口からしばらくは一本道らしいので、周囲を見回しつつ、2人で並んで歩いた。
すると、突如近くの墓石の背後から、落ち武者のような格好をした男が飛び出してきた。
「おおぉぉああぁぁぁぁ」
「きゃあ!」
鋭い悲鳴。
同時に手が引っ張られ、強引に先に進まされる。
そのまま落ち武者が見えなくなるまで早歩きで進み、角を曲がったところでようやく止まる。
「……渡井さん?」
静かに、心なしか強張っているように見える渡井さんの背中に呼び掛ける。しかし、返事はない。
(いや、まさかね。渡井さんホラー好きだって言ってたし。自分で入りたいって言ったんだし)
そう自分に言い聞かせつつ、渡井さんの隣に並ぶ。
「なにこれ……むり、むり……」
「無理って言っちゃってるじゃん! 渡井さんホラー好きなんじゃなかったの!?」
そう言うと、渡井さんが強張った表情を引っ込め、キリッとした表情でこちらを見上げてきた。
「倉瀬君、好きであることと得意であることは必ずしもイコールじゃないんだよ?」
「いや、そんな凛々しい表情で言われても……」
「……真面目な話、ホラーは好きだけど脅かされるのは得意じゃないんだよ……」
「じゃあなんでお化け屋敷に入ろうとしたの……」
「行けるかな〜と思ったけど、予想以上にダメでした」
冗談めかして言いながらも、渡井さんは本当に余裕が無いようで、目元口元が完全に引き攣っていた。
「ごめん、倉瀬君……腕、貸してくれる?」
そんな切羽詰まった表情で言われては、拒否することなど出来ようはずもない。無言で右腕を差し出すと、渡井さんがその腕を両手でガッチリ掴んだ。
……む、これはなかなかに密着感が……いや、そんな場合じゃないか。いつまでもここで止まっていると、後続の人に追い付かれそうだし。
頭を振って煩悩を追い払うと、僕は右腕に渡井さんをぶら下げたまま、また歩き始めた。
すると、少し進んだところで……
ゴトンッ!!
「きゃっ! なに!? っ、いやぁぁ!!」
天井から、女の人の生首が落ちてきた。しかも恐ろしいことに、妖しく光るその目がグリンッと動いてこちらを睨み据える。
途端、渡井さんがビクッと跳ね、僕の影に隠れるようにして小さくなった。
自然、僕の剥き出しの腕に吹き掛けられる渡井さんの吐息。そしてむぎゅっと押し付けられる柔らかいか、から、だ…………さ、悟り将軍!!
………………?
…………悟り将軍?
……なっ……あ、あいつ、接続切ってやがる!
頼みの綱が切られていることに気付き、愕然とする。
しかし、そんなことを知る由もなく、また気にする余裕もなさそうな渡井さんは、僕の肩口に額を押し付けながら焦れたように囁いた。
「ね、ねぇ、早く行こうよぉ」
そして、僕の腕にしがみついたまま先に進もうとする。
当然、そんなことをすればただでさえ密着している渡井さんの体が、更にグイグイと押し付けられる訳で…………ありがとうございますっ!! いや、違う。落ち着け僕。紳士に、紳士になるんだ!
そう、渡井さんは今、本気で怖がっているんだぞ? 怯えて泣きそうになっている女の子に邪な気持ちを抱くなど、それで紳士と言えるのか?
そう、泣きそう。泣きそうに…………涙目の渡井さんも、可愛いなぁ……って、違う! 最低か僕! うおおぉぉーー悟り将軍、早く応答してくれぇーーー!!
内心で絶叫を上げつつ、僕は久しぶりに自分の煩悩と戦いながら、ぎこちない足取りで先に進んだ。
しかし、その後も……
「ああぁぁうううぅぅぅ」
「いやぁぁぁぁーーーー!!」
「タスケテ……ダレカタスケテ……」
「ひっ、目! 目が出ちゃってるってぇ!!?」
「ねぇ、あれ動くよね? 絶対動くよね!?」
「う゛う゛あああぁぁぁぁ」
「やっぱり動くじゃんんん!!!」
渡井さんは、何かが出て来る度にこれでもかとばかりに怖がった。
その体がビクッと跳ね上がり、シュシュでくくられたポニーテールが激しく荒ぶり、幸せな感触が僕の二の腕に押し付けられる。
僕はそれを、数時間前に電車内で会得した禅定の相を浮かべながら、ひたすらに耐え続けた。
そして、お化け屋敷とは別の意味で激しく精神を削られながらも、なんとか出口まで辿り着いた。
布で仕切られた出口を出て、ひどく眩しく感じる日の光に目を細めていると、渡井さんの両手がスッと離れて行った。
そのことに内心ほっとしていると、渡井さんが「んっ」と声を漏らしながら、強張った体を解すようにグッと伸びをした。
そして肩を下ろしながら、「はあ」と弛緩した声と共に言った。
「うん、結構面白かったね」
「うそでしょ!?」
あれだけビビり倒しておいてそれはないでしょ!!
しかし、当の渡井さんに特に強がっている様子はなく、先程までのビビりっぷりはなんだったのかと思うほどケロリとした表情をしていた。
そして、パンフレットを取り出しながら信じられないことを言う。
「それじゃあ次は、この『赤呪の屋敷』っていうのに行ってみようか」
「え……まさか、お化け屋敷をはしごするつもり?」
「ダメ?」
「……いや、ダメじゃないけど」
「本当に? どこか行きたいところがあれば先にそっち行くよ?」
「いや、渡井さんが平気なら僕は大丈夫だよ」
そう、渡井さんが怖がらないなら何の問題もないんだよね。うん。
内心でそう呟きながらじっと見詰めると、渡井さんがキョトンとした表情で小首を傾げながら言った。
「私は平気だよ?」
「そう? さっきは随分怖がってたけど……」
「えぇ? そうかなぁ」
「二重人格なの?」
「え?」
「いや、なんでもない」
恐怖のあまり人格が分離してしまったのかと。いや、まあそんなことはそうそう起こらないだろうけど。
「それじゃあ、行こう?」
「うん……」
僕の懸念を余所に、渡井さんは軽い足取りで次のお化け屋敷に向かう。
その姿からは、ついさっきまで怯え切って震えていたことなど全く想像できない。
(……若干、記憶が飛んでるんじゃないかと心配になるよ。渡井さん……)
僕は内心でそう呟きながら、渡井さんの後を追うのだった。
* * * * * * *
──1時間後
僕達2人は、木陰のベンチに沈み込むようにしてぐったりとしていた。
あの後、やはりと言うべきか、渡井さんは次のお化け屋敷でもその次のお化け屋敷でも怖がり続けた。
鼻歌でも歌い出しそうな足取りでお化け屋敷に入り、中では死にそうなほどビビり倒し、出てきたらケロッとしている。……僕の中で、渡井さん二重人格説が少し現実味を帯びてきたよ。
それはともかく、なんで僕と渡井さんがぐったりしているかというと……まあ、僕の場合は渡井さんの無自覚ボディタッチのせいもあるけど……主たる原因は、最後のお化け屋敷だ。
いや、あれは果たしてお化け屋敷と呼べるのか……名を『ナイトメア・ケイブ』というそのアトラクションは、それまでのお化け屋敷とは違って一切人が出て来なかった。ただ、延々と道順に沿って通路を歩くだけのものだったのだ。
ただし手抜きかというとそんなことはなく、内装の作り込みは凄まじい完成度だったし、ところどころロボットやプロジェクションマッピングまで使用されていて、製作者のこだわりと情熱が感じられるアトラクションだった。
ただ……その結果作り上げられた世界観が、本当に悪夢としか言えない内容だったのだ。
最初は、ただの白いだけの通路だと思っていた。
すると、プロジェクションマッピングでその白い通路に様々な黒い影が現れ、それらが壁面を這い回るトカゲや蜘蛛、果ては天井から触手を伸ばすイソギンチャクなど、次々に形を変え始めたのだ。この時点で僕はもう、このアトラクションに入ったことをかなり後悔していた。
その白い通路を抜けると、今度は普通の洞窟っぽい場所に、たくさんのエイリアンとしか言えない物体が立っていた。
ヒョロヒョロした銀色の体に、不釣り合いに大きな頭。その頭に鼻はなく、小さな口に黒目しかない巨大な目。
曲がり角を曲がった途端、その黒い目が一斉にこちらを向いたのだ。流石の僕も思わずビクッとしてしまった。
通路のあちこちに立っているそれらの間を抜けて行ったのだが、その僕らをずっと目が追ってきたのだ。特に襲われるでも、声を出されるでもなく、ひたすらに見詰められ続けるというのがあそこまでクるとは思わなかった。
そこを抜けると、今度は通路が食道と化していた。
いや、そうとしか形容のしようがなく、巨大な牙が柵のように並んでおり、その先はびっくりするくらい生々しい内臓になっていたのだ。
そしてあちこちに浮かぶ料理や食材、それとなぜか虫。しかもやたらデカくてその癖すごくリアルで、脚とか触覚とか動くやつ。どこに金掛けとんねん。
それを抜けると今度は……いや、これ以上は思い出すだけで精神がやられそうだからやめておこう。
とにかく、終始そんな調子でたっぷり15分。ひたすらに人間の心の闇と狂気というものに直面し続けた。
あれ、製作者は絶対に心を病んでいると思うんだ。パンフレットの紹介文に一言、『狂気』としか書かれていなかった意味が分かったわ。あれを企画した人間もそうだが、ゴーサインを出した人間も実際に工事した人間も、どこか狂っているとしか思えない。
「うぅ~~ん……」
「渡井さん、大丈夫?」
「うぅ、もうちょっと……」
渡井さんも、もはや怖いとかいう次元を超えた世界観にかなり精神をやられたようで、僕の腕にしがみついたまま目を閉じて唸っている。
当然、僕の腕は相変わらず渡井さんの体と密着している訳だが……流石に、今の僕にそのことについてどうこう思う余裕は……
「うぅぅ~~、頭が……」
「ちょっ、大丈ブフッ!?」
渡井さんが、呻きながらコテンと僕の肩に頭を乗せてきた。
それはまあいい。それだけならまだよかったのだが……隣の渡井さんを見下ろして、僕はとんでもないことに気付いてしまった。
僕が贈ったキャミソール。
それは、肩が剥き出しになるような形状で、襟に当たる部分がブラウスなどに比べるとかなり低い位置にある。
そしてその襟の部分が、僕にしがみついているせいで波打つようにたわんでおり、この角度から見下ろすと……うん、後は察して?
咄嗟に視線を真上に向け、必死に意識を逸らそうとするも、網膜に焼き付いた刺激的な光景はなかなか消えてくれない。
それどころか少しでも気を抜くと、じりじりと勝手に視線が下がってしまいそうになる。
うおおぉぉぉヤバイ! 色欲家の軍歌が聞こえてきた!
頼む! 悟り将軍、応答してくれぇ!!
……お、反応が……うん? あれ? あいつはまさか……
* * * * * * *
「……悟り将軍、よろしいのですか? 先程から母星より応答要請が来ておりますが……」
「無視したまえ。わたくしはまだ万全の状態ではないのだ。要請に応じる余裕はない」
「はあ……理性提督?」
「仕方あるまい。我々とて、手痛い損害を受けたばかりだしな。母星で何か緊急事態が起こっているとしても、応援を送れる状態ではないというのが現状だ」
「……分かりました」
「て、提督!」
「なんだ? どうした?」
「お、お客人です」
「客? 誰だ?」
「それが……」
「なんだ? はっきり言え」
「……大門寺さんです」
ザワッ
「大門寺さんって……あの大門寺先輩?」
「え? あの噂の?」
「とにかく悪気がない大門寺先輩?」
「おい、落ち着けお前達。というか、なんだその一発屋芸人みたいな呼び方は……って、悟り将軍?」
「っ、何かね?」
「いや、明らかに表情が強張っているんだが……」
「気のせいだろう。んんっ、あぁ~~君、我々は今取り込み中だ。申し訳ないが、大門寺先輩には帰ってもらいたまえ」
「いえ、それが既に……」
バァァーーーン!!
「ハッハッハ、久しぶりだなお前達!!」
「お、お久しぶりです」
「……」
「ん? どうしたんだ悟り。そんなに苦々しい顔をして」
「いえ……本日はどういったご用件で?」
「相変わらずお固い奴だなぁ。なに、かなり派手な戦闘があったみたいだからな。疲れているだろうお前達に差し入れだ!」
「……それはどうも」
「ありがとうございます。……それは?」
「牛丼だ! 疲れている時はやっぱり肉だよな、肉。えぇ~~と、ひいふうみいよう……少し多いか」
「……少し?」
「なぁ~に、1人2つだ。おっと、お前と悟りは3つだな。一仕事終わった後だし、腹減ってるよな? これくらい食えるだろ?」
「いや……はい、いただきます」
「……」
「こ、これがとにかく悪気がない大門寺先輩か……」
「なんて屈託ない笑みなんだ……マジでパネェ」
「なんでだ……なんでか知らんが、食わなきゃいけない気がする……だが、野菜が欲しいっ」
「ん? そういえば、なんでモニターが切られてるんだ? んん? おい、これは母星からの応答要請じゃないか?」
「!! いや、それは!!」
「ちょ、待──」
ポチッ
「お、映った……って、おお!? すっげぇ!!」
「ん、な……」
「!!?」
「おいおい、見ろよあの谷間! すんげぇ絶景じゃねえか!!」
「だ、大門寺先輩! 早くモニターを切ってください!」
「なんでだよ、これを見逃す手はないだろ! ……ん? おいおい、なに目を逸らしてるんだよ悟り。お前も見てみろって」
「色即是空 空即是色 受想行識亦復如是……」
「なんだ? まぁ~た精神修養してんのか? まったく、相変わらずお固いねぇ……うおぉ! おい、見たか今の!? 渡井さんの汗がつうっと谷間に伝い落ちて……うっひょお! すんげぇエロいぜ!!」
「無眼界 乃至 無意識界……うおっ! すっげぇ!!」
「……悟り将軍?」
「ハッ…………心無罣礙ぇ!!」
ゴッ!!!
「悟り将軍!?」
「おい、どうした? なんであいつ、自分で頭を地面に打ち付けて気絶してるんだ?」
* * * * * * *
「……大門寺先輩、つよい……」
「……うぅん? 何が?」
悟り将軍の再びの戦線離脱に額を押さえて呟く僕を、渡井さんはとろんとした目で不思議そうに見詰めるのだった。
禅定の相:心が一切動揺しない状態になった時に浮かべる表情。大仏様がよく浮かべている表情もこれ。
大門寺先輩:とにかく悪気なく後輩を追い詰める人。お肉が大好き。




