クール系女子、手を繋ぐ
駅近のファミレスにて、私はデザートに注文したティラミスを堪能しつつ、正面に座る倉瀬君の様子を困惑気味に眺めていた。
「……うん…………大丈夫…………うん……そう……そうだな…………」
「……」
倉瀬君は注文したハンバーグセットを早々に平らげると、例のサトラーTシャツとやらを取り出し、そこに書かれている般若心経を一心に目で追いながら何やらぶつぶつ呟き始めてしまったのだ。
その様子はどこか鬼気迫る感じがして、私は困惑しつつも何も言えずにいた……のだが、そろそろ戻って来てくれないと店員さんの目が痛い。いや、むしろ露骨に視線を逸らされているから、この表現は正しくないか。うん、まあとにかく一緒に座っている私が居た堪れない。どうしてこうなった?
服を買った後、私達は予定通り電車で遊園地の最寄り駅まで移動した。
倉瀬君が選んでくれた服が予想以上に……なんというか、その……ガーリーで、少し周囲の視線が恥ずかしかったが、倉瀬君のおかげでそこまで気にはならなかった。
と言うのも、着替えてからというもの、なんだか倉瀬君がいつになく動揺を露にしていたからだ。
私の言動に分かり易く視線を泳がし、表情を変える倉瀬君を見ていると、「倉瀬君のこんな姿が見れるなら、こういう服装もたまにはいいかな」なんて思えてしまった。
いつも割と紳士的な倉瀬君の、そんな意外な姿がかわ……えっと、あぁ~~……新鮮? そう、新鮮で、つい私もいつになく大胆なことをしてしまった気がする。
駅に向かう際中、無駄に繋いだ手をにぎにぎしてみたり、電車のドア脇で向かい合って立っている時に、意味もなく倉瀬君の顔をじっと見詰めてみたり……で、電車が揺れた時に、わざと軽く密着してみたり? 今思うと、想像以上に大胆なことをしていた気が……なんだか今更顔が熱くなってきた。
というか、一回すごい混雑してた時に、近くから舌打ちと共に「バカップルが……」とかいう若い男の人の声が聞こえたんだけど、あれはもしかして私達に向けられた言葉だったのかな? うあぁ……もしかして、周りからはそんな風に見えてたの? 倉瀬君のことしか見てなかったから気付かなかった…………いや、倉瀬君のことしか見てなかったっていうのはそういうことじゃなくて!
左手で熱くなった顔を押さえつつ、右手で意味もなく空中をぺしぺしする私に、店内がますますざわつくのを感じた。ざわつくというか……ぞわつく? なんというか、店内の人間が一斉に引いた感じがした。
……うん。まあ、そうだよね。
片や般若心経が書かれたTシャツを凝視しながらなんかぶつぶつ言っていて、片や1人で百面相しながら意味不明な行動をとってるんだから。
こんなカップルがいたら、私だって引く。……いや、そんな、カップルとか……そうなんだけど、いや、そうなんだけど!! ……あ、ごめんなさい店員さん。そんな冷たい目で見ないで。あ、ちょっと隣の人! まだご飯残ってるよね? なんでそそくさと帰ろうとするの!? ううぅぅぅ~~……倉瀬君、早く戻って来てぇ。
完全に自業自得ではあるのだが、思わず正面の倉瀬君に救いを求めてしまう。
その倉瀬君はというと、私が調子に乗ってあれこれやっている最中、最初の方こそ視線を泳がせたり顔を赤くしてたりしたのだが、電車に乗る頃にはだんだん無表情になってきて……最終的には目も半分閉じちゃって、なんだか大仏様みたいな顔になってしまった。今は今で、苦行に挑む修行僧みたいな顔してるけど……。
と、私の祈りが届いたのか、ついに倉瀬君が顔を上げた。
なんだか妙にすっきりしたような……透き通った顔をして、一言。
「おかえり、将軍」
「なにが?」
あまりにも意味不明な発言に、思わず真顔でツッコんでしまった。
しかし、倉瀬君はそんな私に頓着せず、すがすがしい笑みと共にサムズアップをして一言。
「大丈夫、宇宙の平和は守られたよ」
「だからなにが?」
彼氏の考えていることが分かりません、どうしたらいいでしょうか?
現実逃避気味にどこかに疑問を投げかけていると、倉瀬君が伝票を持って立ち上がった。いつの間にか、その手にはしっかり荷物がまとめられている。
私も急いで荷物をまとめると、そのままレジに向かう倉瀬君の後を追う──と、不意にどこかで、チワワさんの声がした気がした。
「……?」
店内を見回すも、どこにもチワワさんの姿はない。まあ、当然だけど。気のせいだよね、うん。
私は空耳と結論付けると、速足でレジに向かった。
しかし、そうこうしている間に倉瀬君は会計を済ませてしまっていた。
私が来るのを確認すると、そのまま先に店を出てしまう。
「倉瀬君、自分の分は自分で払うから」
扉を開けた状態で待っててくれた倉瀬君にお礼を言ってからそう言うと、倉瀬君は小首を傾げながら答えた。
「いや、いいよ。僕のせいで居心地悪い思いをさせちゃったみたいだし。お詫びにここは払うよ」
「いや、あれは私の自業自得……とにかく、自分で払うからっ」
「そう? じゃあ700円ね」
「……」
絶対、少なく言ってるけど……レシート見せてくれって言っても絶対見せないだろうし……レジ前で処分してる可能性もある。もう確認のしようがないし、仕方ない。ここは私が折れるか。
「はい、700円」
「はい、たしかに」
明らかに自分が多めに出しているのだが、倉瀬君は一切そんな素振りは見せない。う~ん、紳士。紳士、なんだけど……なんか、もやっとする。
なんというか……物足りない。なんとなく、さっきの落ち着きがない倉瀬君が見たい。
「それじゃあ、遊園地に向かおうか?」
「え、あ、うん。……その前に、荷物をどこかに置かない? 駅前だし、そこら辺にコインロッカーとかないかな?」
元々着ていた服を入れている服屋の買い物袋を持ち上げながらそう言うと、倉瀬君がギシッと動きを止めた。
「? どうしたの?」
「いや、今これを失うと将軍が……」
「……さっきも言ってたけど、その“将軍”ってなんなの?」
買い物袋をグッと胸に抱きつつそう言う倉瀬君に問い掛けると、倉瀬君は悩ましげな表情で唸り始めた。
しかし、しばらく黙考してから、ハッとした表情で口を開く。
「そうだ、こう言えば分かり易いかな? ゲームで不意打ちの即死攻撃食らって、デスペナルティでレベルダウンしたとしよう。なんとか装備はドロップせずに蘇生したんだけど、ステータス的には全然万全の状態じゃないの。でも、前から友達と約束してて、すぐに高難度エリアに行かないといけないの。しかもその友達に、何の悪気もなく装備無しの縛りプレイを要求されてんの。今ココ。どう? 分かる?」
「うん、ごめん。私ゲームとかあまりやらないから、倉瀬君が何を言ってるのかほとんど分からない」
「えぇ~~……う~ん……じゃあ……」
そうして倉瀬君はまたしばらくうんうんと唸ると、またハッとした表情で指を鳴らした。
「そうだ、これなら分かるんじゃないかな? 部活終わりに、顧問の先生がアイスを差し入れしてくれたの。嬉しいよね? 完全にご褒美だよね? でも、夕食前の甘いものって結構お腹にクるじゃない?」
「うん」
「でも、その日はOBの先輩と焼肉に行く約束してたの。今更断れないの。当然行くの。そしたら、先輩が勝手に注文しちゃうの。カッコ付きで3~4人前って書いてるのに、『練習終わりだし、腹減ってるよな? これくらい食えるだろ?』とか言って肉の盛り合わせ頼んじゃうの」
「う、うん」
「おまけに野菜は一切頼まずにライスの大を2人分注文しちゃうの。野菜という退路が断たれるの。でもってこのライス大がやたらと大きいんだなこれが。そもそもライス並の時点で普通に大盛りなのに、大になった途端茶碗のサイズ自体を大きくしてくるっていうね。もうこの時点で食べ切れる気しないの。でも、先輩は悪気なく『さあ食え!』って笑ってるの。今ココ。分かる?」
「あ、うん。なんとなく分かるけど……結局どういうこと? 将軍って何?」
「将軍はここで言う小島君で、今の渡井さんが大門寺先輩だよ」
「どういうこと!? 大門寺先輩って誰!?」
「えぇ~~マジかぁ~~……これで伝わらないならムリだぁ」
「ねえ、これ私が悪いの? ねえ」
「いや、僕の未熟さが原因だから、渡井さんは何も悪くないよ……。いいよ、じゃあこれは置いていこうか」
「いや、そんなまるで家族の写真を置いて戦地に向かう兵士みたいなテンションで言われても……」
どうにも大袈裟な倉瀬君の様子に首を傾げると、不意に倉瀬君が含み笑いを漏らした。
「? どうしたの?」
「いや、ゴメン。渡井さんも、ずいぶんとノリが良くなったなぁ、と思ってね」
「な、それを言うなら──」
倉瀬君だって、前はそんな冗談言わなかったじゃない!
そう言おうとして、私は口を噤んだ。
なぜなら、私は優しくて紳士的な倉瀬君しか知らないから。
私は、佐奈が言う“普通に話している倉瀬君”すら知らないから。
だから……こんな風に冗談を言う倉瀬君が、前からなのかどうかが分からなかった。
「どうしたの?」
「う、ううん。なんでもない」
過去を気にしても仕方ない。
私が知るべきは、今の倉瀬君なんだから。
そう自分自身に言い聞かせ、私は再び歩き出した。
* * * * * * *
私達は駅前のコインロッカーに元々着ていた服を置くと、改めて遊園地へと向かうことにした。
遊園地は、駅から徒歩で15分程度で着くらしい。一応バスもあるみたいだが、待ち時間も含めると徒歩と大して変わらなそうなので、どうせならと歩くことにする。
そう、歩いているのだ。2人並んで。仮にも恋人同士が。買い物袋を置いて来たから、手も空いている。
なのに……それなのに、
手は、繋がれていない。
これは、明らかに以前の倉瀬君からは変わったところだ。
前までは、2人の時はいつも倉瀬君から手を繋いでくれた。なのに、数日前から突然それがなくなった。
理由はよく分からないが……なんとなく「奥手になったのかな?」と思う。「ならこちらから繋ごうか?」と考えるのだが……困ったことに、こちらから繋ごうにもタイミングが分からない。
服屋さんでは自然に繋げたんだけど、あの時は倉瀬君棒立ち状態だったし……歩いてる状態だと、どのタイミングで繋げばいいの?
今朝からず~っとそれを考えているのだが、未だに答えが出なかった。
手が体側に沿った状態だと、手の平側に空間がなくて手を入れづらい。
となると、倉瀬君の微妙に前後に揺れている手が、前後どちらかに振り切られた瞬間を狙うべきだろう。
いや、前から手を取るのは変だから、後ろ側に振り切られた手を背後からすくうようにして取るのが正解か。
(よし、やろう)
そう心の中で呟き、じっとタイミングを窺う。
前、後、前、後、前、後、前、後…………
……な、なにこれ。滅茶苦茶難易度高い!!
全然タイミングが掴めない。
どのタイミングで手を出せば、上手いこと倉瀬君と手を繋げるのか。
い、いや、諦めちゃダメ。今まで倉瀬君だって、同じことをやっていたんだから。
……ん? でも、倉瀬君から手を繋ぐ時は、私は私でさり気なく手を出していたような……あれ? ま、まあ気にしちゃダメだよね。うん。
何はともあれ、どうにかして手を……あっ!
その瞬間、曲がり角を曲がった倉瀬君の右手が少し大きく後ろに振られた。
突然訪れたチャンスを逃さず、私もすかさず左手を伸ばす。
そして、私の左手の指先が倉瀬君の右手に触れ──
「あっ」
「ぇ!?」
──る直前で倉瀬君が突然小走りで駆け出し、私の手は空を切った。
若干八つ当たり気味に倉瀬君の背中をムッと睨み、その後を追うと……すぐに、倉瀬君が駆け出した理由が分かった。
「あ、小鳥が……」
歩道の隅に、緑色の小鳥がぐったりと倒れていたのだ。
その羽根は不自然に広げられ、小さな目は固く閉じられている。
「可哀そうに……電信柱にでもぶつかったのかな?」
上の方を見渡しつつそちらへ近付くと、しゃがみ込んだ倉瀬君がそっと小鳥をすくい上げた。
(埋めてあげるのかな? やっぱり倉瀬君、優し──)
「活っ!!」
「ッ!! ピピィッ!」
「!!?」
倉瀬君が左手に持った小鳥の胸辺りを、右手の中指と人差し指で押さえつつ「活」と叫ぶと、小鳥がビクッとして跳ね起きた。
そして慌てたように飛び立つと、そのまま木々に隠れて見えなくなってしまった。
「さて、行こうか」
「ちょっと待てい」
立ち上がった倉瀬君の肩を、背後からガッする。
すると、倉瀬君は怪訝そうな表情で振り返った。なんだろう、すごくイラッとするよ倉瀬君。
「今、何をしたの?」
「え? 活を入れたんだけど?」
「それは見たら分かるよ! なんで、小鳥が、生き返ったのかって聞いてるの!!」
「生き返ったも何も……そもそも死んでなかったし」
「え?」
「どこかにぶつかったショックで、気を失ってただけじゃないかな? 流石に死んだ生き物を蘇らせることは出来ないよ。当然じゃないか」
「……本当かなぁ」
あの小鳥、完全に力尽きているように見えたけど……本当に死んでなかったの? ……はぁ、まあ、もういっか。
「……ふふっ」
「渡井さん?」
「ん~ん、なんでもない!」
なんだか妙におかしくなって、私は軽く笑みを浮かべると、戸惑う倉瀬君の手を取ってそっと引っ張った。
「行こう?」
「あ、う、うん……」
自然に手を繋げたことに内心自分でも驚きつつ、繋いだ手を見て目を丸くする倉瀬君の姿に、ますます笑みを深める。
そして、私は倉瀬君の手を引いて歩き出した。
(……ん。ああ、そっか……たしかに)
そこで、ふと納得した。
先程、倉瀬君は私がノリが良くなったと言った。
なるほど、たしかに今の私は、いつになく感情表現が豊かになっているかもしれない。
倉瀬君と一緒にいると、自然と戸惑い、驚き、そして笑っている自分がいることを、今はっきりと自覚した。
(倉瀬君だけじゃなくて……私も変わっているのかも)
でも、不思議と不快ではない。今の自分が……倉瀬君と一緒にいる自分が、私は嫌いじゃない。
この感情は、なんなのだろう? この、ふわふわと落ち着かない、でもその落ち着かなさが妙に心地よい、この感情は…………
【あ、なんかお便り来たよ】
【へ~珍しい】
【ラジオネーム“クール系女子(仮)”さんから。『彼氏の考えていることが分かりません、どうしたらいいでしょうか?』だってさ。そうだね~男は諦めて百合に目覚めればいいと思うよ】
【おい、せめてもう少し考える素振りくらい見せろよ】
【そう言われても、彼氏持ちの気持ちとか分かんないし。なんせ彼氏いたことないから】
【だろうな】
【おい、今の即答はどういうことだ? 喧嘩か? やるか?】
【やらねぇよ、放送事故になるだろうが】
【何を今更。毎回放送事故みたいなもんじゃん】
【言ってはならないことをサラッと言うんじゃねぇ!!】
【それじゃあ、おにぃが答えてよ。彼女持ちなんだし】
【分からないなら本人に聞け。以上】
【おい、せめてもう少し考える素振りくらい見せろよ】
【なんでだよ、真理だろうが】
【それが出来ないから聞いてるんでしょうが】
【男と女なんて性別からして違う生き物が、言葉なしに分かり合えるわけないだろうが。分かり合いたいなら言葉を交わせ。以上】
【う~っわ。カッコイイーー、ヤッバ。あ、もう一回言ってくれる? 3カメさんに向かって全力のキメ顔で】
【完全におちょくってんじゃねぇか! というかなんでカメラがいるんだよ! 一応ラジオ番組という体だろうが!】
【放送が不定期過ぎて予算が余ってるんだよ】
【おい、もっとマシな予算の使い方しろよ作者】
【作者の理性提督は前回のお便りへの返答で死んだから何言っても無駄だよ】
【感想返し!?】




