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絶食系男子、かつてない危機を迎える

「ごめん、お待たせ」

「ううん、時間通りだよ」


 渡井さんは、待ち合わせの時間ちょうどにやってきた。

 早速お互いの買い物袋を交換し、中身を覗こうと──


「ちょっと待って」


 したところで、渡井さんに止められた。


「せっかくだし、2人で着替えない? お店の更衣室を貸してもらって」

「え?」

「ほら、どうせなら今日のデートはお互いが選んだ服で過ごすってことで……」

「ああ……うん、いいよ」


 そういう訳で、渡井さんが服を買ったお店まで戻ると、店員さんにお願いして更衣室を貸してもらった。ついでに値札を切るためのハサミも。

 そうして2人で隣り合った更衣室に入ると、僕は袋を開けて中身を取り出した。


「へえ、赤色……いや、臙脂色かな? こういった色の服は初めて着るかも」


 ちなみに僕が渡井さんに買った服は、淡い黄色のキャミソールだ。

 肩が剥き出しなので少し大胆かとも思ったのだが、あまりそういった服を着ている渡井さんを見たことがなかったので、思い切って買ってみた。

 それと、少し時間があったので、小物屋さんに寄って髪をくくるためのシュシュも買っておいた。渡井さんは、プライベートではいつも飾り気のないヘアゴムでポニーテールにしているので、たまには髪飾りっぽいのもいいかと思ったのだ。


「ふむ……悪くない……いや、意外といいかも」


 渡井さんに買ってもらったポロシャツに着替え、鏡に映る自分の姿を確認して頷く。

 最初は少し違和感を覚えたが、改めて見てみると、赤い色もなかなかいい。うん、結構気に入った。


「うん、流石は渡井さん」


 満足感と共に頷くと、脱いだサトラーTシャツを買い物袋に入れて、更衣室を出た。

 そのまま待っていると、数分経ってから隣の更衣室が開いた。

 そして、僕が選んだ服に着替えた渡井さんが、そっと中から出てきた。


「おお……」


 キャミソールに着替え、シュシュで髪をくくった渡井さんは、いつものクールで大人びた印象とは違い、どこか幼さを増しているような気がした。

 その姿は新鮮で、素直にとても可愛いと思えたのだが……それと同じくらい、僕は渡井さんの立ち居振る舞いに目を奪われていた。


 落ち着かなく地面の辺りをさまよう視線。もじもじと体の前で組み合わされた両手。

 ……恥ずかしがっているのだ。普段、あまり感情を表に出さないあの渡井さんが。全身で恥じらっているのだ。


 そして、渡井さんは照れくさそうにはにかみながら、そっと上目遣いでこちらを見ると……


「どう、かな……似合ってる? えへへ」


 その瞬間、僕は意識が飛んだ。



* * * * * * *



 ここは聡の脳内に広がる宇宙空間。


 その中心たる母星を守護する護衛艦隊は、今かつてない危機を迎えようとしていた。


「理性提督! 12時の方向より、とんでもないエネルギー反応が!! 凄まじい速度で真っ直ぐこちらへ向かってきます!!」

「分かっておるわ! 即刻第一隔壁()を閉鎖するのだ!! これ以上のエネルギーの侵入を許すな!!」

「「「はっ!!」」」

「これで最悪の事態は避けられるか……しかし、既に侵入した分だけでも十分脅威だ。果たして凌ぎ切れるか……」

「っ! て、提督!!」

「なんだ!!」

「メインコンピューターに異常が! 隔壁、閉まりません!!」

「なんだと!?」

「エネルギー流入、なおも増大中!」

「くっ、このままでは──っ!!」

「少しは落ち着きたまえよ、提督」

「っ! さ、悟り将軍……」

「まったく、般若心経は最こ…………ゴホン。まったく、情けないことだ。その程度の器量しか持たぬから、色欲家と半年も泥沼の政権争いをする羽目になるのだよ」

「悟り将軍! いくらなんでも口が過ぎますぞ!!」

「おや、そうですかな? 副官殿。わたくしにはこのくらいの発言は許されるかと思いますが……。追い詰められていた理性家に手を貸し、勝利をもたらしたのは誰だと思っているのかな?」

「それ、は……っ」

「副官、下がれ」

「……はっ」

「部下が失礼した。それで? 将軍にはこの危機を凌ぐ手段がある、と?」

「無論だよ。我らの究極の防御結界を用いれば、この程度造作もない」

「……そうか。頼む、この通りだ。今一度、我らに力を貸してくれ……!!」

「提督……」

「……ふふふ、よかろう。全部隊! 般若心経を詠唱せよ!!」

「「「「「はっ!!」」」」」

「般若心経の多重詠唱による精神防壁……これぞ最強の防御結界よ」

「おお、これなら……」

「て、提督!!」

「ええい! 今度はなんだ!!」

「2時の方向より、謎の艦隊が……っ!? あの紋章は!! 色欲家! 色欲家の残党です!!」

「なんだと!? くっ、こんな時に……っ!!」


『渡井さんとキスした~い 渡井さんとハグした~い 渡井さんと──』


「くそっ、早くあの耳障りな軍歌をやめさせろ!」

「むっ、マズいですな提督。奴らの波状攻撃まで加わっては、流石に防ぎ切れる自信はありませぬぞ」

「ぐ……全艦、総攻撃! あの残党共を蹴散らせ!!」

「「「はっ!」」」

「悟り将軍……色欲家はこちらでなんとかします。あのエネルギー砲は、任せてもよろしいですか?」

「承知した。必ずや──むっ!?」

「エネルギー砲、視認出来ました!!」

「なんだ、あの桃色の光線は……」

「これは……予想以上ですな。どうやら奥の手を出すしかなさそうです」

「お、奥の手?」

「左様。サトラーレベルをダウンさせることで、一時的に精神防壁を強化する禁じ手! 今、ここで使いましょうぞ!!」

「提督! エネルギー砲、来ます!!」

「総員!! 衝撃に備えろぉぉぉーーー!!!」



 ドッ!!! ゴガアアァァァーーーンンン…………!!!



「ぐ、無事か……副官……」

「な、なんとか……悟り将軍が、守ってくださいました……」

「おお、悟り将軍。あなたも無事で……」

「……」

「悟り将軍?」

「ふへへ……渡井さんかわいい、渡井さんかわいい……」

「さ、悟り将軍(しょうぐぅ~~ん)!!」



* * * * * * *



「はっ!!」


 なんだ!? 一瞬意識が飛んでいたのか!? ……なんか、サトラーレベルが少し下がった気がするが……。


「? 倉瀬君……?」

「あ、ああいや、似合ってるよ。……すごく、可愛いと思う」

「そ、そう……ありがと」


 そうして、渡井さんはまた恥ずかしそうに、それでいて嬉しそうにはにかんだ。


「……」


 僕はなんとなくその顔を直視出来なくて、思わず目を逸らしてしまった。


「倉瀬君?」

「ああ、いや、ちょっと……」


 不思議そうに名前を呼ばれるが、そちらを向けない。

 ヤバい。何がヤバいのかと訊かれると返答に困るが、とにかくヤバい。般若心経が! 般若心経が足りない!



観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 度一切…………? ん?? ば、バカな!? 般若心経が出て来ないだと!?



 予想外の事態に1人でプチパニックに陥っていると、少し心配そうな顔をした渡井さんに顔を覗き込まれてしまった。


「倉瀬君?」

「……」


 反射的に、顔ごとサッと目を逸らしてしまう。

 すると、クスっと小さく笑う声と共に、優しく右手を掴まれた。……って、え!? 渡井さんが、自分から手を!?


 驚いて視線を下ろすと、目の前には少し頬を染めながら、どこか悪戯っぽく笑う渡井さんが。


「それじゃあ、行こう?」


 そう言って手を引かれては、僕に抵抗するすべはない。

 僕は呆然としたまま、半ば無意識に渡井さんに付いていくのだった。




『理性提督ぅ! 色欲家がぁ!!』

『ええ~い! なんとしても持ちこたえるんだぁぁーー!!』

『うわぁ、渡井さんがはにかんでるぅ。か~わ~い~い~』

『お前は早く正気に戻れぇ!! 悟り将軍んんーーー!!!』

さとし脳内のうないひろがる宇宙空間うちゅうくうかん:母星の主権を巡って、長らく理性家と色欲家による激しい政権争いが繰り広げられていた。途中までは色欲家が徐々に理性家を追い込んでいたが、突如現れた悟り将軍の助力によって理性家が勢いを盛り返し、ついに政権を勝ち取ることとなった。しかし、今なお色欲家の残党との小競り合いは絶えず、緊張状態が続いている。……は?



【……おい、なんか解説でセルフツッコミしてるんだが……。作者の頭がおかしいのは今に始まったことじゃないが、本格的に大丈夫か?】【なんか慣れない社会人生活で、作者の理性提督が仕事してないらしいよ】【マジかよ。早く回復してくれ頼むから】

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― 新着の感想 ―
こういう脳内攻防戦は初めて見た。 こういう表現もあるんだなあ…………。
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