絶食系男子、デートの誘いを受ける
「今度の日曜日、デートしない?」
渡井さんからそう言われたのは、彼女に別れ話を切り出された翌日の昼休憩のことだった。
場所は体育館横の階段。
そこに並んで腰掛けて昼食を食べていたところ、「今度の日曜日、ヒマ?」という質問に続いて飛び出したのが、先程の言葉だった。
全く予想していなかった提案に、思わず持っていたおにぎりを落としそうになる。
しかし、なんとかギリギリで精神を立て直すと、慌てておにぎりを持ち上げ、ボロッと崩れ落ちたおにぎりを口でキャッチした。
ついでに残りもまとめて口に放り込むと、咀嚼して飲み下す間に、動揺を抑え込む。
「……ふぅっ……どうしたの? いきなり」
「いや、どうって言われても……」
そう言って、渡井さんは箸を膝の上に下ろしながら視線を彷徨わせた。
本人は言葉を濁しているが、何も無しに渡井さんがデートの誘いなんてするはずがない。
何しろ、今まで渡井さんから遊びの誘いなんてされたことがなかったし、特に今は、新体操の全国大会がもう2週間後に迫っているのだ。
一応夏休み中も日曜日は部活は休みになっているが、この時期になると全国大会の出場選手はほぼ全員が日曜日も自主練をする。
普段から休みなく練習をしている渡井さんが、よりによってこの時期に自主練を休むなど、不自然以外の何物でもなかった。その理由がデートともなれば尚更。
「その……たまには息抜きも必要かなって?」
お弁当箱の中のプチトマトを意味もなく箸で転がしながらそんなことを言うが、それが本当の理由でないことは明白だ。そもそも口調からして疑問形になってるし。
まあ、普段なら僕にデートのお誘いを断る理由などないのだが……今は時期が時期だ。
この大事な時期に、渡井さんが自主練を休んでまで僕をデートに誘う理由…………あっ。
「もしかして……昨日のことを何か気にしてる?」
「え?」
昨日の話し合いの後、渡井さんは少し、どこか申し訳なさそうな表情をしていたのだ。
それが何に対してのものなのかは分からないが、渡井さんは僕に何らかの負い目を感じていて、その埋め合わせとしてデートの提案をしたのではないかと思ったのだ。
しかし、渡井さんは一瞬驚いた表情をした後、慌てた様子で首を横に振った。
「いやっ……違うから! そういうんじゃなくて……」
「?」
「だからっ……その……」
「??」
「~~~~っ、ああぁーーもうっ! 別にいいでしょ!? 日曜日はデート! 異存は!?」
「あ、ありません……」
「よしっ!」
何がよしなのかは分からないが、フンスッと鼻を鳴らす渡井さんの姿がレアで尊かったので、細かいことはどうでもよくなった。とりあえず、ありがとうございます。
「デートは分かったけど……どこに行くの?」
「えっ……う~ん……じゃあ、遊園……」
そこまで言い掛けて、渡井さんはふと口を閉じた。
「……渡井さん?」
「あっ……その……倉瀬君はどこに行きたい?」
「え?」
「いつも私が行きたいところばかり行ってるから、たまには倉瀬君が行きたいところに行こうよ」
そう言う渡井さんを見て、「やっぱり何か気を遣ってる?」という疑問が脳裏を過ったが、どうせ訊いても否定されるだけだと思ったので言わないでおく。
(行きたいところ、ねぇ……)
正直渡井さんと一緒にいれるなら別にどこでもいいのだが、渡井さんはそんな答えを聞きたい訳ではないだろう。
なので、真剣に今行きたいところについて考える。
「う~ん…………あっ」
「思い付いた?」
「富士の樹海とかどう?」
「こいつマジか」
「え?」
「ん?」
なんか渡井さんの口から聞こえるはずのない言葉が聞こえた気が……いや、きっと聞き間違いだろう。
「富士の樹海には、サトラー達の聖地があるってじいちゃんが言っててさ。辿り着けるかどうか分からないけど、一回行ってみたいなって」
「……それ、樹海を彷徨っている間に聖地に逝っちゃったってオチじゃなく?」
「いや? なんでも樹海の中にお寺があるらしいよ? そこの住職は当代一のサトラー、サトレストだとか」
「……色々とツッコミたいけど……サトラーって比較級だったの?」
「そうだけど? 俗人よりも悟っているという意味でサトラーだね」
「まさかの」
「多くの人が勘違いするところだね。プレイヤーとかの『~~する人』という意味の用語なんだろうっていう」
「普通はそう思うと思うよ」
「業界用語って難しいよね」
「業界用語? 業界用語って言っていいの? それ」
そう言って、渡井さんは額を押さえながら難しげに唸り始めてしまう。
……流石に、自分の欲望に忠実になり過ぎたかもしれない。ちょっと反省。
じゃあどこにしようかと考えて……先程渡井さんが言い掛けた言葉を思い出した。
「……と思ったけど、たしかにデートには不向きだね。やっぱり今回は遊園地辺りにしとこうか」
「え?」
「ほら、今まで水族館や映画館は行ったけど、遊園地は行ったことなかったし」
そう言うと、なんだか渡井さんが不安そうな顔になってしまった。
「……なんだか、私に気を遣ってる?」
「ううん? 別に」
「……ホントに?」
「うん」
渡井さんの視線を、静かな微笑みで受け流す。
渡井さんはしばらく疑わしそうな顔をしていたけれど、やがて渋々納得した様子で頷いた。
「それで? どこ行こうか? 僕はこの辺の遊園地なんて知らないんだけど」
「え……あ~~っと……どこ行こう?」
「渡井さんも知らないの?」
「私、遊園地なんて小さい頃に行ったっきりだから……」
「そっか……じゃあ調べようか」
そう言ってポケットからスマホを取り出すと、付近の遊園地で検索を掛ける。
「えぇ~~っと……この近くの遊園地……あっ、あった」
「どこ?」
「えっと、裏野ドリームラ──」
「なんかヤバそうだから却下」
「あっ、そもそもとっくに閉園してるわ」
「じゃあなんで真っ先にヒットしたし」
「なんか有名みたいだよ」
「有名?」
「うん。『度々子供がいなくなる』とか『ドリームキャッスルの地下に拷問部屋がある』とか『メリーゴーラウンドが勝手に廻る』とか……」
「やっぱりヤバいじゃん!! 却下!!」
「となると、その次は……表野ナイトメアランド」
「それも大丈夫なの!? さっきより名前が不吉なんですけど!?」
「でもそれ以外となると……もう、TDLくらいしか……」
「TDL? えっ、それって東京ディズ──」
「Temple of Divine Lotus」
「寺じゃん!!」
「いや? 遊園地だけど?」
「いやいや……えっ、ホントに?」
「うん、“スパイダーズシルク”ってアトラクションが有名みたい」
「何それ」
「お化け屋敷とフリーフォールを融合させたアトラクションみたい。下から迫ってくる亡者の群れから逃げるように、蜘蛛の糸を伝って蓮の池目指してどんどん上がっていくんだってさ」
「……一応聞くけど、その後どうなるの?」
「え? 普通に糸が切れて落ちるけど」
「それを作った人はどうかしてるよ!?」
「その他にも“ラショウゲート”とか、“ヘルスクリーン”とか……」
「それは大丈夫なの!? ねぇ、色々と大丈夫なの!?」
「渡井さんがこっちの方がいいって言うなら……」
「ナイトメアランドでお願いします」
そんな訳で、急遽週末に渡井さんと遊園地デートすることが決まったのだった。わ~い。
* * * * * * *
「それじゃあ、私は先に戻るね」
「あっ、うん」
「ごめんね、お先に」
先にお弁当を食べ終えた渡井さんが、一足先に体育館へと戻っていく。
まだ練習再開までは時間があるが、腹ごなしも兼ねて準備体操でもするのだろう。
一方僕はというと、まだおにぎりが1個半ほど残っていた。
元々食べるのが速い方ではないが、おしゃべりしながらだと、どうしても食べるのが遅くなってしまう。
いや、むしろ僕からすると、なんでおしゃべりしながら普段通りのスピードで食事を進められるのかが分からないのだが。
どのタイミングで食べれば無作法にならないんだ? 誰かコツを教えて欲しい。
そんなことを考えつつ残ったおにぎりを片付けようと思ったのだが、おしゃべりしている間にお腹が膨らんでしまっていた。
(ちょっとキツイな……)
とはいえ、お残しはありえない。たとえ米一粒でも、粗末にしてはサトラー失格だ。
とりあえず食べ掛けのおにぎりを処理しようとするが、まだ1個あると思うと、どうにも食指が動かない
「いやぁ~、あの愛佳が自分からデートに誘うとはね~~。ビックリだわ」
僕が残ったおにぎりとにらめっこしていると、横から聞き慣れた声が聞こえた。
そちらを見ると、体育館の角から仲澤さんが出て来るところだった。
「……盗み聞き?」
「人聞き悪いこと言わないでよ。親友の恋路を陰ながら見守ってただけじゃない」
(……だったら黙って見届けて、気付かれないようにひっそりと去るべきじゃないか?)
そう言い掛けたが、もしかしたらあえて出て来るだけの理由が何かあるのかもしれないと思い直し、言葉を飲み込む。
そんな僕を他所に、仲澤さんは肩を竦めながらこちらに近付いて来ると、ヒョイと僕の膝の上の弁当箱を覗き込んだ。
「ところで、それ食べないの?」
「ああ……ちょっとお腹いっぱいで」
「ふ~ん……よかったらもらっていい? あたしはちょっとお腹が物足りない感じなのよね~」
「え? ……まあ、いいけど」
「ありがと」
お礼を言いつつ、僕の隣に腰を下ろすと、仲澤さんは余っていたおにぎりを取り上げてマジマジと見詰めた。
「これ、海苔が巻かれてないのね。具は何が入ってるの?」
「米」
「強い」
しかし、そんなことを言いながらも特に気にした様子もなく、仲澤さんはおにぎり1つをペロリと平らげてしまった。
僕が半分食べている間に丸々1個完食してしまうとは、仲澤さんは意外と健啖家なのかもしれない。
「それで? 仲澤さんは何をしに出てきたの?」
「え? 特に理由は無いけど?」
「え? わざわざ出て来たのに?」
「うん、まあ出れる時に出ておこうかなって。これでも唯一のサブヒロインとして、メインヒロインへの昇格狙ってるんで」
「今から!? だいぶ遅くない!?」
「大丈夫。本編完結後の人気投票で上位に食い込んで、後日談で個別ルート用意してもらう予定だから」
「ギャルゲーで時々あるやつ!! でも残念! そもそも人気投票やれるほど登場人物がいない!」
「大丈夫。名前が無くても投票は出来るから。大体1人か2人は、“新体操部の顧問”とか“後書きのアナウンスの人”とかに投票するのがいるんだし」
「週刊少年漫画でありがちなやつ!!」
「ハイレベルなのになると、“焦げたフロアマット”とかに投票するのもいるよね」
「もはや人ですらない!!」
「まあとにかく、その人気投票であたしは愛佳に勝って、メインヒロインへの昇格を──」
「ウチのじいちゃんに負けるに一票」
「やめて! そういう微妙にリアルなこと言うのやめて!!」
「というかさぁ……」
「何?」
「……メインヒロインになったところで、ヒーロー候補が僕以外にいないんだけど?」
「……あ」
「……」
「……」
「……ゴメン、僕は渡井さん一筋だから……」
「なんであたしがフラれたみたいになってるの!? そういうつもりで言ったんじゃないからね!?」
「でも、実際僕以外に男性陣は……」
「いるでしょ! 1人くらい!」
「悟りを開いたおじいちゃんばっかりだけど?」
「ガッデム!!」
仲澤さんは、頭を抱えて項垂れてしまった。
「おかしいでしょ……普通こういうのって、倉瀬君の友人枠男子とか、愛佳と何らかの関係があることを匂わせる謎の美少年とかがいるもんじゃないの?」
「いや、僕にだって友達はいるからね? ただまあ、今夏休みだし……」
「……すごいイケメンな兄弟がいたりとかは?」
「僕一人っ子ですけど?」
「そんなぁ…………ん? いるじゃん、男子。日野蓮──」
「そんな人はいない」
「あ、ハイ」
「とにかく、諦めた方が賢明だと思うよ」
「そんな……こんなサバサバ系超絶美少女がメインヒロインになれないなんて、絶対おかしいよ……」
「今まで容姿に関する描写が無かったからって、適当なこと言わないでくれる?」
「……もういい。あたしは絶望した。帰る。おにぎりごちそうさま」
そう言うと、仲澤さんは立ち上がって体育館の方へと向かって行った。
しかし、体育館の扉に手を掛けたところで立ち止まると、こちらに振り返ってくる。
「ところで……」
「何?」
「倉瀬君って、ギャルゲーやったことがあるの?」
「……」
「目を逸らすな目を」
「……さっき言った友達に勧められて、ちょっとだけね……」
「ふぅ~ん」
「何?」
「いや? ところでそのゲームのタイトルと、お気に入りのキャラを教えてもらえる?」
「な、なんで」
「動揺したわね……まさか、愛佳によく似た──」
「かぁっ!!」
僕は一瞬で丹田に気力を集中させると、全力でその場を離脱した。
結局、練習再開ギリギリに体育館に戻ったのだが、その日は一日中仲澤さんにニヤついた目で見られて、なんとも居心地悪い思いをすることになるのだった。
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《 『断食系男子、悟りを開く』にお越しの皆様にお知らせします。今話より、本編の後半が開始となりました。後半は前半とは違い、コメディ要素は抑え気味にしてしっかり恋愛モノを書こうと決意した矢先に、メタネタの嵐で大変申し訳ありません。この場を借りて深くお詫び申し上げます。なお、本編で言及されている人気投票についてですが、現在やる予定は全くございません。【えっ!? やらないの!?】……大変申し訳ありません。少し失礼します。 ブツッ 【おいコラ、サブヒロインの分際で後書きにまででしゃばるなボケ。引き千切るぞ】【怖っ!! 猫被り過ぎでしょアンタ!! というか引き千切るって何!?】【とっとと失せろ。しっしっ!】 ブツッ ……コホン、失礼しました。これからも『断食系男子、悟りを開く』をよろしくお願い申し上げます。まったく、般若心経は最高だぜ 》
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