4、ジークと貴族の二人
ジークは二人を家に連れて帰るとベットに寝かせた。
『余分に部屋をつくっておいてよかったわね』
「ああ、その通りだな。傷は…軽いな、治癒魔法で治しておこう。」
ジークは二人に治癒魔法を使った。本当ならば詠唱が必要なのだがジークは無詠唱でできる。本人曰く、無詠唱の方が威力が強くなるしコントロールしやすい…らしい。
二人の傷の部分に光が集まる。そしてその光が触れると傷が治っていった。
「終わりだ」
『入るぞ。....主よ、この者たちをどうするのだ?』
「さあな、決めていない。とりあえず下に行くぞ」
その言葉で三人は下に降りて行った。
「さて、あの二人だがな。十中八九、連れ去られた貴族の子どもだろう。面影もあったしな」
『ええ、だと思うわ』
『高価なものを着ておったしの。それで、どうするのだ?自分は最凶の魔導師だとでも言うのか?』
エルドジークはヴィリエのからかいをスルーして返答する。
「そのことだが…私の素顔は知られていない。今から我のことはジークと呼べ」
『うぬぬ、我らのことはどうするつもりだ主よ?』
「そのことだが…ヴィリエ、猫になれないか?」
『うむ…なれんこともない』
そう言うとヴィリエはどんどん小さくなり目が青く毛が長い真っ白な猫になった。
『主よ、これでいいか?』
「ああ、上出来だ。…次に、フィリアだが…梟になれないか?色も変えて欲しい」
『ええ?これでも梟みたいじゃない?それに色は自信ないわよ』
「念のためだ」
『……わかったわよ』
今度はフィリアが小さくなる。色もだんだん茶色っぽくなっていった。そして赤褐色の梟になる。
フィリアは不満そうにエルドジークをみる。
『これ以上は期待しないで』
「別にいい。じゃあ、現状維持の魔法をかけておくぞ」
そう言ってエルドジークが手をかざす。
すると、金色の光が現れ二人を撫でた。
「よし、これでいい。我か、我より強い者でなければ解けないようになっている。もう、自分で魔力を使わなくていい」
『ふう、これは楽だな。体が小さいと小回りが利く』
『ええ?そうかしら。早くきれいな赤に戻りたいわ』
二人の意見はまちまちだ。
「ああ、それと。話すときは私だけに念話で頼む」
『不便ね。まさか、鳴き声も真似しろっていうんじゃないでしょうね?』
エルドジークは頷いた。
『不便さが増したわ。』
「いつ起きるか分らんから、今から頼む」
『二、ニャア』
『…ホッホウ』
心なしかさみしくなった気がしたエルドジークだった。
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目が覚めると知らない場所に寝かされていた。
ええっと、オーガに出会ってそれで…
「ハッ!」
青年がはね起きる。
青年は少女が眠っていることを確認すると安堵したようだった。
直ぐに少女も目を覚ます。
「ん…お兄様?」
「エトワール、大丈夫か?俺はここだ。」
少女、エトワールは起き上がると驚いた顔をした。
「お、お兄様!傷が治ってますわ!」
エトワールに言われてハッとした青年は自分の体を見て驚く。
「ほ、本当だ!あんなに傷だらけだったのに…。それより、エトワール。すぐにここを出るぞ。敵に捕まったのかもしれない」
「でも、お兄様。あんな奴らが私たちの傷を治してくれると思いますか?きっと誰か他の人が助けてくださったんですわ」
「だが、用心するに越したことは無い。すぐに用意をするぞ」
二人で押し問答をしていると部屋の扉があいた。青年はとっさに剣に手をかける。
反対に少女は入ってきたものを見て目を輝かせる。
「まあ、お兄様。猫ですわ!真っ白でかわいいですわね」
「猫?なぜこんなところにいる?飼っているのか?」
真っ白な猫は少し機嫌を損ねたようで外に歩いて行く。
「まあ、かわいかったのに…残念ですわ」
「だが、猫がいるということは誰かがいるということだな」
「それにしても…いい匂いですわね」
「ああ…確かにな」
青年が返事をしたとき誰かが階段を上ってくる音がした。
「誰か来る」
青年は立ち上がりしっかりと剣を抜いて構える。
「お兄様、大丈夫ですわ」
「エトワール、静かに」
青年が警戒している中、階段を上ってきた人物は扉をノックすると中に入ってきた。青年が剣を構えていることに驚き手をあげはしたが、二人とも目が覚めていること、怪我が治っていることを見て確認すると安心したようだった。
「起きたみたいだね。別に危害を加えるつもりはないから剣を収めてくれないかな?」
「黙れ、そんな言葉に騙されると思うな!」
入ってきたのは品のいい男性だった。長い銀色の髪に紫がかった青いの目の人だ。その人物は困った顔をしている。
すると、足元から先ほどの真っ白な猫が出てきた。
「ヴィリエ」
「まあ、この猫はヴィリエというのですね。こっちにいらっしゃい」
エトワールの問いかけに一声鳴くとベットの上に飛び乗った。エトワールはヴィリエを優しく撫でる。
「まあ、かわいいですわね。ふわふわ」
真っ白な猫…ヴィリエも気持ちよさそうだ。
「ヴィリエが気に入ったようだね」
「ええ、とってもかわいいですわね。この子は名前からして、男の子ですか?」
「ああ、ヴィリエは男の子だよ。」
のんびりした和やかな会話で青年の方も毒気を抜かれたようで剣を下ろす。
それに伴って男性も安堵したように息をつき、手をおろした。
「軽めの食事を用意したけど下に降りてこられるかい?」
「ええ、問題ありませんわ」
「いや、待て。まだ、名も言っていないだろう?それに、なぜ俺たちを助けた?」
青年の警戒した様子に気を悪くした様子もなくその人物は名を告げる。
「ああ、そうだね。私はジーク、これでも魔術師なんだよ。助けた理由は…傷だらけで倒れていた君たちを放っておけなかったからかな?」
「そうか…」
「じゃあ、傷を治してくれたのもあなたなのですか?」
少女の確認するような問いにジークは頷く。
「そうだよ。だいぶたくさんあったから、治せるか心配だったんだけどね。治癒魔法は得意なんだ」
「そうなのですね。私はエトワールですわ、ジークさん。こちらは私の兄のアルフォンソですわ」
「おい、勝手に名前を...」
「私たちは自分たちで下に降りられますわ。食事もお願いします」
「ああ、わかった。この子が案内してくれるから一緒に降りてきて。私は先に行ってるからね。ゆっくりおいで」
そう言ってジークは先に下に降りて行った。
「エトワール。あれが刺客だったらどうするんだ?俺たちの名前を確認するためだったかもしれないぞ」
「でも、名前を聞かれませんでしたわ」
「だが、それも何かの…」
「お兄様、気が立ちすぎですわ。私の勘があの人はいい人だと、味方になってくれると告げています。そんな人に失礼ですわよ?」
妹の勘がよくあたることをアルフォンソは思い出し、ため息をついた。
「わかったよ、エトワール。信じてみよう」
「それでこそお兄様ですわ!まずは食事ですね。ヴィリエさん。案内してくださいませ」
ヴィリエは一声「ニャオン!」と鳴くと扉を出て歩き始めた。
その後ろをエトワールとアルフォンソがついていくという不思議なことをしながら下のキッチンに向かう。そこからはとてもいい匂いがしている。
「おや、来たみたいだね。座っていいよ。今持っていく」
言われた通りに座っているとジークが皿を運んできた。
野菜がたっぷり入ったスープにオムレツとパンだった。どれもとてもおいしそうだった。
「さあ、冷めないうちにどうぞ。無理はしないでね」
その言葉を聞いてか、聞かないでか、二人は祈りをささげるとすぐに食べ始めた。
野菜は柔らかく甘い。それにオムレツにはチーズが入っていて解け具合がまた絶妙だし、パンも香ばしい。実はおなかがすいていた二人はすぐに食べてしまった。それでもマナーはしっかり守られている。
食べ終わるのを見計らってジークは紅茶を出す。
「ふう、どれもおいしかったですわ。ジークさんはお料理が上手ですわね」
「…毒は入っていなかったな」
「もう、いつまで疑っているのですか!さっきも言いましたが、ジークさんに失礼ですわ!」
「いやいや、構わないよ。美味しそうに食べていたからこちらもうれしかった」
ジークは洗い物をしながら答える。
洗い物が終わるとジークは自分の分と二人の分の紅茶を新しく淹れた。
そして一口飲むと口を開く。
「さて、まだちゃんと自己紹介していなかったね。私はジーク、さっき言った通り魔術師さ。のんびり暮らしたくて此処にいる。それと、使い魔のヴィリエ。本当は梟の使い魔もいるんだけど来たら紹介するよ」
「俺はアルフォンソ。一応剣が扱える」
「私は妹のエトワール。エトワール・ドラティエラですわ。一応伯爵令嬢ですのよ」
「エトワール!」
アルフォンソから鋭い制止がかかったがエトワールは構わず続ける。
「実は、命を狙われていますの。後妻からの刺客ですわ、忌々しい」
兄のアルフォンソはもうあきらめたらしい。何も言わなかった。
「おや、伯爵家の方でしたか。これまでの無礼をお許しください」
ジークが膝をついて頭を下げようとしたのでエトワールが慌てて止める。
「ジークさん!そんなことしないでくださいませ!こちらは助けていただいた身、立場についても私たちが言わなかったんですもの。非はこちらにありますわ。」
「ああ、そうだ。気にするな」
アルフォンソも続けて言う。いつの間にか警戒心が薄れたようだ。
「もう、エトワールが言ってしまったから言うが、絶対に誰にも言うな。いいな」
アルフォンソに念押しされてジークは神妙に頷いた。
「先程エトワールが言った通り、俺たちは今、命を狙われているんだ。後妻からの刺客によって連れ去られ、殺されかけたところを間一髪で逃げてきた。」
「そういえば、そんな張り紙がありましたな。」
「後妻には娘がいるのですが、その子を跡取りにしたくてしょうがないようなのです。お父様も私たちのために結婚したみたいだけれど、逆効果ですわ」
エトワールは怒っているようだ。
「伯爵様は知らないのですか?」
「ああ、気づいていないよ。だが、父上も探してくれていると思う」
「そんな中で連れ去られた私たちは逃げたのですけれども魔物が多くて....。オーガにやられてしまったようですわね」
「ギリギリで私の使い魔の梟が見つけてオーガを倒してくれたようです。だから、傷だらけで倒れていたのですね」
ジークは納得したといわんばかりに頷いている。
「そこで....ジーク殿にお願いがある。....どうか俺たちをかくまってくれないだろうか?それと、できればでいいが…協力していただきたい」
「私からもお願いしますわ。どうか、未熟な私たちを助けてくださいませ」
そんな二人にジークは落ち着いて返事をした。
「どうか、頭を上げてください。」
不安そうな顔でこちらを見てくる二人…特に妹にジークは苦笑した。
「わかりました。大した力もない私ですが協力させていただきますよ」
そう言ったジークにアルフォンソは安心したようでエトワールは喜んでいる。
「まあ、詳しいことは明日、話しましょう。もう、日が落ちたようですから今日はゆっくり休んでください。あなた方が寝ていた部屋を使ってもらって構いません。意外と疲れているものですよ。治癒魔法でも、疲れはいやせませんからね」
そんなジークにエトワールはくすくすと笑って答える。
「わかりました。おやすみなさいジークさん」
「おやすみ」
「はい、おやすみなさいませ。お二人とも」
二人は階段を上っていき、部屋に着くとベットに寝転がりすぐに寝てしまった。
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「戻ったか、フィリア」
「ホーウ」
「フィリアもヴィリエも普通にしゃべっていいぞ」
エルドジークに言われると直ぐにフィリアとヴィリエは喋りだす。
『ああ、疲れた。あのお嬢さんは思い切った性格の様だな。主よ』
「ああ。だがアルフォンソは少し頭が固いようだったな」
『周りには誰もいなかったわ。後半だけ聞かせてもらったけど…本当にいいの?』
「別にいい。いざとなればエルドジークとして力を貸すし、レイスも巻き込む」
『主がいいならのう』
ヴィリエはあくびをした。ジークもすっかりエルドジークに戻っている。
『だが、貴族らしくない二人だな』
「ああ、少しわかりやすすぎるな。腹芸を覚えなくては死ぬぞ」
『あなたが教えればいいじゃない?』
フィリアの言葉にエルドジークは片眉をあげる。
「まあ、それでもいいがな。ドラティエラ伯爵は知り合いだ。温和な人だぞ」
『それだけか?』
「凄腕の外交官でもある。継がせるのなら技術を磨かせなければな」
『マスターが褒めるのならすごいのね』
「ああ。我も会ったが国王並みの腹芸のうまさだ。いや、それ以上か?」
『....主よ。これから、どうするのだ?』
「そうだな....」
三人の話し合いはこの後も長く続いた。




