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D7 溺れた人魚を助けるのは誰

 足を滑らせた心さん。

 美しいからって、にっ人魚になるのは、早いよ。


 ズル……。

 ズザザザザザ……。


 藤宮川に向かって、土手を擦りむいて行く。

 僕は、木を頼りに心さんへと腕をのばす。


『大丈夫よ。ワタシにつかまっ……』


 僕の手がもう少しの所で届かなかった。


 あっあああああ……。

 こっ心さんがー!

 川に落ち……。


「きゃあー。きゃああー」


 いつもおっとりした心さんでも慌てる時がある。

 僕がしっかりしないと。


『落ち着きなさい』


 くらくらくらくら……。


 心さんの目眩が伝わる。

 とくんっと。


「落ちる……」


 ズザザザザザ……。

 どっぼーん……。


『顔を出して! 聞こえる? ワタシがいるわ』


「……ぶくぶく」


 かっ顔は出ている。


「助け」


 沈んでしまった。


「ぶくぶく……」


 あっ顔を出した。

 けど。


 溺れている……。

 まずいよ!


 今、たっ助けるからな……!


『助けに行くわよ! がんばって』


 僕は、心さんへ向かってダイブした。


『さあ!』


 バシャッ……。


 そのまま、泳いで向かったが、川の流れは急だった。

 何泳ぎか分からないけど、がんばれば助けられるよ。


 ザバザバザバザバ……。


「お願い……。浴衣……。絡まって泳げ……」


 ついたぞ、心さんの、心さんの……。


『はあはあはあはあ……』


『櫻庭心さん……。櫻庭心さ……。いたわ。引き上げるから、せーの』


「ぷはあっ」


『良かったわ。息はできる? 水を飲んでいない?』


 僕は、しっかり顔を見た。

 ぐったりとしていたが、生きていると思った。


『岸に行くわよ』


 ざぶざぶざぶ……。

 ばしゃばしゃばしゃ……。

 

『はあっはあっ……。少し流されたけど、大丈夫よ。川から上がったわ』


 木を頼りに、心さんを引き上げ、抱っこして、地面に寝かせた。


『息をしているかしら?』


 呼吸を確かめる。


 し……ん。


 肩を叩いて呼んだ。


『櫻庭心さん、櫻庭心さん!』


 体を横にして、気道異物を確認したがなかった。

 水を飲んでいるのだろうか。

 そのまま、回復体位にした。


『すみませーん。どなたか、溺れた子を助けたいのですが?』


 し……ん。

 この辺じゃ人もいないか。


 僕がやらないと。

 心臓マッサージと人工呼吸だ。

 心さんを仰向けに寝かせて、胸骨の下半分に僕の手と手を合わせて、ぐっと圧迫する。


『一、二、三、四、五、……二九、三〇』


 心さんの気道を確保する為に、顎をあげる。

 鼻をつまみ、僕が口を大きく開いて、覆うように口をふさいだ。

 一秒、ゆっくり息を入れて、胸が上がるのを確認し、口を離し、心さんの胸が下がるのを確認した。


 人工呼吸は二回、胸骨圧迫は三〇回の繰り返し。

 地域の講習会に参加して置いて良かった。


『はあはあはあはあ。助かって! 助かってよ』


 呼吸が、回復して来た。


『生きているわね。生きているのよね』


 悔やむよ、僕が側で支えられなかったことを。

 僕は、何より大切にしている人を危ない目に遭わせた。

 人は、いざとなると、「より良く生きたい」と言うよりも、「生きていてくれたら、それでいい」と思うようになるのな。

 僕は、櫻庭心さんの事を微塵も知らないが、人として好きと言える程、可憐な雛菊のようなあなたを友達以上に思っている。

 幼稚園、小学校、中学校と……。


「……羽衣君」


 は!

 この鈴の音のような声は……。

 意識が醒めかけて来たのか。


『え? 何、羽衣君?』


「羽衣君が助けてくれたの?」


 僕が、羽衣君?

 今は、『Dカップ美少女JKひなぎく』の筈だけど。


『Dカップ美少女JKひなぎくですわ』


 流暢な乙女語で、しれっとした。


 でも、手でぱぱぱぱっと胸を触ってみた。

 父さんの胸になっていた。

 目の毒だ。


『……』


「ひなた君が、『Dカップ美少女JKひなぎく』さんなの? まさか」


 この格好はまさか……。

 髪も短く、『羽衣天性! Dカップアップロード』前の男の子になっている。

 白いセーラー服もローファーもない。

 下着姿で、猫Tとジーパンが、横にある。


 こんな、恥ずかしい事がバレたのか。


 穴があったら入りたい。

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