両の手、両天秤 (プロローグ)
目を覚ました僕は、青空を見ていた。
青々と茂る草原の先などはとてもここからじゃ見えなく、土のにおいが鼻を覆い、僕の身体はどろどろになり一体化するような感覚がとても気持ちよかった。
ここは天国なのか……。そういえば僕はどちらかというと神より、科学を信用していたな……。
これは、土に還るという感覚なのだろうか……。
こんなに物事を考えないで空を見ていたのはいつ振りだろう。
それからの僕は、空が茜色に染まるまで何も考えれなかった。
先ほどまで生き生きとした緑と純粋な水色が熱を帯びた真っ赤な炭のように燃えているように感じた。
反対の方角は深い藍色の中で自己主張する光がちらほら。
僕は今そのど真ん中にいるのだ。
その光景が頭の中を無から有にさせた。それはとても散乱した意味を成さない物が整理整頓され存在意義があるといったように。
上体を起こして血が、酸素が脳をめぐる。
刹那、両掌にも違和感が走った。
「……ここは、どこだ」
僕はこの世界に産声を上げた。
そして、久しぶりに出した自分の声に恥ずかしながら、驚いてしまった。
ここは。生きてきて17年。初めて見る景色だった。
それまで僕がいたセカイといえば、セカイといえば……。
なぜだろう、思い出せない。
大切なことなのに忘れてしまったあの感覚、ど忘れしたのだろうか。
すごく気持ち悪い。足先からのど元にまで言葉は出そうなのに、それ以降が出てこない。
映像で流れそうで黒い靄に覆われる。
「おい、お前。そこで何をしている」
突如背後から自分と同じ年齢ぐらいの男の声が僕の耳を刺した。
男は、肉はそこまでついていなく身長も僕よりは小さくい。
だが、彼の身体の倍はある威圧感が僕の危機管理能力を刺激した。
そして、中性的な顔に軽く嫉妬したのは気を許せるまで言わないでやる。
「何をしているのか聞いているんだ」
喧嘩を売られているわけではないのだろうが、なぜか目を逸らしたら負けてその後は舐められるような気がした。
僕の危機管理能力よ、今は立ち向かうときなのだ。
「ひ、他人に何をしてるのか尋ねるときは、自分から言うのが礼儀だろ」
それは、名前のときだぁ~。
序盤一手目僕は、指し方を間違えた。
ただ馬鹿にしないで欲しい。
なぜなら、会話は噛み合っているのだから。
「フンッ」
こいつ鼻で嗤いやがった。
「まぁ、どこの誰かも知らない奴に言うほどでもないさ」
彼は、沈みきった夕日を物思いに眺めていた。
「そんなに強い光を見ると目を悪くするぞ」
「そうかもな。目が汗をかくぐらい熱く強い光だからな」
なんで開幕早々湿っぽいんだ。
待て待て、お前のことよりも僕は知りたいことが山ほどある。
僕は、座り位置を変え胡坐の姿勢をとった。
「変な質問をするが、ここはどこなんだ?」
彼は片眉をひそめ僕を見た。
うん、わかるよその気持ち。ここにあんたと僕だけ。その前は僕一人だけ。
そんな奴からここがどこだか聞かれたらそんな表情になりますわな。
「フンッ」
二度目の嘲りいただきました!
次にお前が湿っぽくなったら僕も嘲笑してやる。
「いや真剣な話なんだが。僕は気がついたらここで寝ていたんだ。訪れたことのないこの場所で」
「それまではどこに居たんだ」
「それが思い出せないんだ。記憶を辿ろうにも言葉が出てこないし、映像としても、黒い靄に包まれたように部分部分にも見えてこない」
「名前は」
「前田ホタル」
「女みたいな名前だな」
この言われなれてるよという怒りを言いたくなる感覚は頭を煮えたぎらせる。
「ホタル、お前は流れ人だ」
「流れ人?」
「俺も文献や父の話でしか聞いたことしかないが。お前たち流れ人は空から来た奴をいう。そいつらは大抵が記憶を持ち合わせていない。そして、両手を見せろ」
僕は警戒をしつつ手をすぼめて両手を彼に見せた。
自分の手なのに見せた相手より見せた自分が驚いた。
なぜなら掌にぽっかりと穴が開いていたからだ。
手の甲から見ればただの手だが、そこには黒というにはあまりにも黒く平面に見えるほどのものが掌の三割ほどをそれで占めていた。
「なにこれ」
「それは、どんなものでも一度だけ吸い込むことができ、それを放出することもできる穴だ。ただ気をつけろ。人も吸い込むことができるが、そいつは無機物のように意識をなくし死ぬ」
「お前の親父はこれについて詳しくしっているんだろ?会わせろ」
「俺の父は今日死んだ」
何から何まで一気に起こりすぎて想像の範疇を超えすぎている。
いくら順応性の高い傭兵でもこの件については一時の戦闘を離脱するぐらいには時間が必要だろう。
俺は、立ち上がり彼を見た。
そして、目を閉じ浅い呼吸でやってやった。
「フンッ」
と。