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第三話 元竜皇と白い狼

『……なんじゃ、それは?』


 俺が木の枝を構えていることを怪訝そうに、竜もどきが語りかけてくる。


『ぶ、無礼なっ……もどきではない、魔竜じゃ! おぬし、わらわの姿を忘れたか!?』


 あちらが念話を可能とする場合、こちらが隠匿しなければ、考えていることがそのまま伝わる。かなり怒っているようだが、やはり俺の知っている魔竜とは似ても似つかない。


 その巨体は山一つにも匹敵し、最も大きな個体は雲に阻まれて、首の途中からが見えずじまいということもあった。しかし目の前にいるやつは、魔竜というには小さすぎる。


「そういえば、『自分の敵を討つ』みたいなことを言ってるが。一度死んで、俺に復讐するために生まれ変わったっていうのか?」


 その質問に対して、まず帰ってきた答えは――威嚇するような唸り声。しかし、きゅるる、という高い音で、魔竜の地を揺るがす唸りとは似ても似つかない。


『わらわのことを忘れたか……矮小なる人間ごときが。おぬしさえいなければ、わらわはこの世界を支配していたというのに……口惜しい……!』


 その怒気を向けられて、ようやく俺は、途切れ途切れになった記憶の中から、一体の魔竜の姿を思い出す。


 『滅びの竜皇』――魔竜の中でも特に強力な『滅炎のブレス』を吐き、アズール聖教国という国の持つ海軍の一団を壊滅させた。


 魔竜が現れる場所は陸、海、空を問わず、俺も戦う場所を選ばず、海上から陸を目指して移動する『滅びの竜皇』と戦い、陸地に到達する寸前に海へと沈めた。


「生まれ変わったら、まず恨みを晴らそうとしていたわけか。よく、俺がいる場所がわかったな……おまえと戦った場所は、世界の裏側だというのに」


『わらわの呪いは、今もおぬしを蝕んでおる……いや、戒めておるのみにすぎぬか。竜は息絶えるとき、その血をもって呪いをかける。例え卵の姿に戻って生まれ変わろうと、わらわはおぬしにかけた呪いを目印として、どこでも探り出せる。なんなら、違う世界に行ったとしても逃げることはできぬぞ』


 魔竜は高い知能を持つが、対話ができたものは二十五体の中で三体ほどだった。『滅びの竜皇』とは、戦った際には一言も話さなかったし、何を考えているかなど知る由もなかった。


『……何を笑う。嬉しいことなど何もないぞ、わらわはお主を殺そうというのだぞ』


 俺の目の前にいるのは、転生したばかりの幼竜ということなのだろう。


 成長していくにつれて、全身が硬質な鱗に覆われるようになる。生まれたばかりでは、その身体を覆うものは鱗ではなく、ふさふさとした体毛なのだ。


『ふ、ふん……確かにわらわはまだ殻を破ったばかりの、ひよっこかもしれぬ。しかし、この辺り一帯を滅びの炎で焦土に変えることはできるぞ』


「そいつは困るな。ここで、何もかも一から始めようとしてたんだ。俺が来たことで、周りに迷惑をかけるわけにはいかない」


『甘いことを言うな、人間っ! お主を倒し、積年の恨みを晴らしてくれる!』


 魔竜の子――いや、元竜皇というべきか。彼女は爪を振り上げると、俺に向かって繰り出してきた。


 魔竜は全ての魔法を無効化、あるいは軽減する。しかし、一部の魔法だけはその鱗を貫き、打撃を与えることができる――そのひとつこそが、雷だ。


「――『紫電パープル・ライトニング』」


 繰り出された爪を、木の枝で受け流すその瞬間に、紫色の光が閃いた。


『くぅっ……し、しびれる……っ、ただの木の枝ではなかったのか! 卑怯じゃぞ!』


「この雷は熱を持たず、敵の精神力を削る。木の枝でも関係ない」


『つ、爪をそらしたのは、魔法でもなんでもなく……お主の技量でやってのけたというのか……!』


 受け流した先に白い狼が巻き込まれないようにと配慮しつつ、爪の威力を全て逃した。槍は力学の武器だと俺は考える――どれだけ敵の動きを制御できるか、敵の攻撃をいなして隙を作るか。


 魔竜の弱点の一つは、種としての力に優れているあまり、戦うための技術を持たないこと。巨体で押しつぶし、問答無用の熱量で焼き尽くす――それは、小回りが効かないということを意味している。


『はぁっ、はぁっ……こ、この力が抜ける感覚は……認めぬ、断じて認めぬ! 槍と鎧を持たぬお主にまで、わらわの力が及ばぬなど……っ!』


 元竜皇はがむしゃらに爪を繰り出してくる。確かにまともに受ければ、完全装備でない俺ではそれなりに効くし、怪我の一つもするだろう。


 しかし、成竜とは比較にならない。どれくらいの年月で山のような大きさに成長するのか知らないが、『滅びの竜皇』は三日三晩かけて倒した強敵であっても、生まれたばかりの転生体は、加減しなければすぐ勝負が決まってしまうほどの力しか持っていなかった。


 ――だが、意地はあるのだ。竜という種の誇りがそうさせるのか、彼女はこのわずかなやりとりの中で、成長の兆しを見せる。


『――くらえーっ!』


 精一杯の気合いを込めてはいるが、やはりあどけない。しかし、爪の一辺倒ではなく、回転しながら尻尾で打つという新しい攻撃を繰り出してくる――そして。


 太く短い尻尾にしっかりと力を乗せてぶつけられるが、俺は後ろに飛んで威力を殺す。しかしそれこそが、彼女の狙いなのだと分かってはいた。


『灰一つ残さぬ……っ、消滅せよ!』


 滅びの炎――生まれたばかりでも吐くことができるのか。


 元竜皇の吐きかけた黒い炎は、俺だけではなく、後ろにある大樹までも巻き込む。一瞬にして炎上し、明け方の空に、きらめく粒子のような灰が巻き上がる。


 くるる、と元竜皇が鳴く。しかし黒炎が消えたあとには、俺の姿はない。


『なっ……!?』


 俺がどこにいるかというと――元竜皇の背中の上だった。竜に乗った経験は今までにもあるが、やはり全く違う――もふもふとした毛並みで、竜というよりは、翼の生えた魔獣という方があっている。


『な、なぜ……わらわの炎をまともに受けたはず。なのに、なぜ平然として……』


「すまないが、鎧の下に着ていたこの服も、炎を防ぐ力を持っている。成竜ならまだしも、今のおまえでは、例え炎を浴びても火傷の一つも負わない」


 竜の炎に対する対策は、俺にとって常に命題として存在していた。一度受ければ死ぬ攻撃を、耐えられるものにしてくれた防具があったからこそ、ここまで生き残ってこられた。


 このシャツも、竜狩りの装備の一つなのだ。簡単に手に入らないどころか、国が傾くほどの代価を払っても手に入れられない――その意味では、槍や鎧と同様の神器と言える。


『……初めから、及ぶべくもなかったか。槍や鎧がなくとも、わらわは……』


 元竜皇は絞り出すように言うと、そのまま動かなくなる。どうやら、止めを刺されるのを待っているようだ。


 ――転生する前も、そうだった。『滅びの竜皇』は最後まで俺を苦しめたが、最後には黒槍を構えた俺に自らの頭部を差し出し、弱点である角の間を刺し貫かれた。


 俺は何もせず、元竜皇の背を降りた。しばらく歩いていくと、後ろから声が聞こえてくる。


『情けのつもりか! わらわを何だと思っておる!』


 振り返ると、元竜皇はびくっと震える。本当は、恐れているのだろう――それでも俺をこのまま行かせるわけにはいかず、精一杯の勇気を振り絞った。


「俺は、仕事を引き受けただけだ」


『……仕事?』


「魔竜を撃滅し、国を救う。その代価には魅力を感じなかったが、傭兵としてどれだけ強くなれるかを試したくて、魔竜を倒し続けた」


 すぐには答えは返ってこなかった。俺をじっと見つめるつぶらな目は、不思議な生き物でも見ているかのように、くりくりとしている。


『……仕事でなかったら、わらわを倒しには来なかったと、そう言うのじゃな』


「そうだ。今は何の依頼も受けてない。だが、俺が手心を加えて、おまえに恨みを晴らさせてやるという気もない。俺にも、これからやってみたいことがあるんでな。まだ死ぬわけにはいかない」


 セレスと話し、そしてここに来て、すでに俺は変わり始めている。


 見知らぬ土地を歩くこと、洞窟や人里を見つけること、火を熾して暖を取ること、食えるかも分からないものを口にして命をつなぐこと――何もかも、価値があると思える。


「魔竜として、おまえが人間に害を成したのは事実だ。だが、一度俺の手で殺された。二度も殺されるほどのことは、していないと思うがな」


 元竜皇も気づいているはずだ。『紫電』を木の枝にまとわせたのは最初の一度だけで、その後は使わなかった。


 ただ攻撃を受け流しているだけで、元竜皇を狩ることはできた。そうしなかった理由は、哀れんだからという以上に、大きなものがある。


「それと……今のおまえは、どうも凶悪な魔竜とは似ても似つかない。愛嬌がある姿をしているというのは、自覚してるか?」


『っ……な、なにを言う。わらわに愛嬌などと……幻竜界でも絶対的な捕食者として恐れられるわらわが、そんなふうに見えるわけが……』


「まあ、それは俺の個人的な価値観だ。話半分に聞いておいてくれればいい……さて、改めて聞こう。どうしても、自分の敵を討ちたいか?」


 元竜皇はきゅるる、と喉を鳴らす。その声も、小動物じみたものがあって、とても大きな身体に見合わないほど可愛らしいものだった。


 こんな生き物を、襲いかかってきたからと殺してまで生きるというのは業が深すぎる。そして――話し相手が不足していた俺には、人間以外の存在でも、そこに居てくれるだけで有り難いと思えてしまう。


「……そうだ。今のおまえでは、俺には勝てないだろう。だから、取り引きをしないか」


『取り引き……じゃと?』


「ああ。俺はこれから、この土地をひらいて村をつくる。おまえもそれを手伝ってみないか。恥ずかしながら俺一人では、何から手をつけていいかも分からないんだ」


 元竜皇は答えない。念話もぴったりと止まっている――きょとんとしている、という表現が似つかわしいだろうか。


 しかしそのうち、元竜皇は、肩を小さく揺すった。笑っているのだとわかったのは、念話が再開し、声が聞こえてきたからだった。


『くっくっ……くはは……おぬし、そんなに強いのに、何を言っておるのじゃ。獣を狩って喰らい、周辺の集落を支配すれば良いことではないか』


「俺は一から、自給自足をして生きるつもりだ。力で強引にねじ伏せるやり方じゃ意味がない。それじゃ、何のために傭兵ギルドを離れたかもわからなくなる」


『……人間の考えることはよくわからぬ。お主は人間の中でも特に変わっておるに違いないぞ。わらわに村づくりを手伝えとは、寝首をかかれても構わぬということか』


「ああ、簡単には殺されないがな。なんなら、村作りのあいまに、おまえが強くなるように相手をしてやってもいい」


『本当か!?』


 ものすごい食いつきだった――まるで、俺から教えを請けることで強くなれると、確信しているかのようだ。


 俺も竜に教えられることがあるのか分からないが、竜狩りが竜使いになるというのも悪くはない。


 とにかく俺は、この元竜皇を殺す気にはなれない。放置しても憎しみを買うようだし、成長して厄災を撒き散らさないようにお目付けをしつつ、俺の目的に協力してもらうというのなら、誰かに迷惑をかけることもないだろう。


「ついてくるか?」


 改めて問いかける。元竜皇が答えようとしたとき――ほんの少し、その巨体が揺れた。


「ガルルルル……」


『……けっこう痛いのじゃが、わらわに食べられたいのか? この獣は』


 元竜皇の足に、白い狼が噛み付いていた。皮膚が厚いので出血するほどではなさそうだが、食らいついて離れない勢いだ。


「助けた礼ってことか? なかなか義理がたいやつだな」


『み、見ていないでこの獣を取ってくれぬか。甘噛みなどではないぞ、痛いのじゃぞ!』


 面白いので見ていようかと思ったが、さすがにかわいそうなので、白い狼の牙を外してやる。逃げていくかと思ったが、俺のところにやってきて、靴の匂いを嗅ぎ――なぜか、頬ずりをしてきた。


 どうやら元竜皇と同時に、白い狼も俺の道行きに加わることになりそうだ。狼は人になつかないというが、俺が地面に膝を突いて身体を撫でても、白い狼は気持ちよさそうに身を任せていた。


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