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第ニ話 武具の封印

(……頭を切り替えよう。そうだ、この洞窟は、武具を封印しておくのにちょうどいいな)


 魔竜の鱗を穿ち、絶命させる力を持つ槍――『不死殺し(リンデンバウム)』。この神話の代から存在する槍が相棒だったからこそ、俺は今まで生き残ることができた。


 この槍は自らの意志で結界を張ることができる。この洞窟に武具を置いていっても、槍自身が侵入者から守ってくれるというわけだ。


「必要になるまで、お前をここに置いていく。暇をさせるかもしれんが、少し待っていてくれ」


 普通なら、槍が応えるわけもない。しかしこの槍は特別だ――身体の一体となるほど握りしめた柄に触れると、槍は青い光を帯びる。


 この色が赤に変わると、戦闘態勢ということ。青は、友好を示す色だ。


 その色が微妙に、警告を示す黄色に変わりかけて、緑の状態で止まる。


「そ、そうか……多少不満か。おまえは、本当に戦好みだな」


 槍を撫でてなだめると、光が徐々に青くなっていく。こうして槍の機嫌を取っている俺は、間違いなくこの槍の尻に敷かれているのだろう。


 魔竜の血を吸いすぎて呪いを受け、黒に染まったなどと言われることもあるが、元からこの槍は『黒槍』であり、その色を美しいと褒めなければ機嫌を損ねる。この嫉妬深い槍のせいで、他の女性と親しくなれなかったということも多分にある――というのは、甲斐性のない男の言い訳だが。


「心配するな、捨てるわけじゃない。またお前に頭を下げて、力を貸してもらう。その時まで、休暇と考えてくれるか」


 槍の放つ光は青いまま。俺はそれを了承ととらえ、洞窟の奥へと歩き出す。


 竜狩りとしての俺を支えてくれた槍、具足、外套、そして装具――全てを外していくと、なんと三十六個にも及んだ。


 鎧の下に着ているアンダーシャツだけでも保温効果はあり、寒さには耐えられる。それでもすぐに毛皮の一つでも欲しくなるくらいの気温だ――獣を狩ったとしても、加工する術を知らなければすぐに毛皮を調達することはできない。


 やはり、付近の村とは一度早いうちに接触する必要がある。同時に、腹が鳴った――食べられるものを早急に確保して熱量に変えろと、身体が警鐘を鳴らしている。


 当座の腹を満たすことくらい、何とかこの腕一つでやってのけたい。そんなことを考えながら、俺は先ほどより有り難みを増した焚き火に当たり、雨が上がるまで待った。



 雨が上がり、洞窟を出ると、黒槍は自分の意志で結界を張った。すぐには帰ってくるなということらしく、俺の接近すら許可してくれていない。


 ならば、と俺は台地の上を目指してみることにした。歩きながら見つけた植物を調べると、青い小さな実をつけているものがある。


 毒は無毒化できる体質なので、口に入れてみる。酸っぱさの中にごくわずかな甘みがあり、たっぷりの砂糖で煮付けたら、ジャムにでもなるだろうと思う――そして砂糖が手に入るとしてもどれくらい先のことかと考える。


 まずいわけではないので、貴重な食料だ。だが腹の足しにはほとんどならないし、採り尽くしてしまえばそれで終わりなので、もっと違う食料を探さなくてはならない。


 台地の上にある森に、何か果実をつけている樹木でもありはしないか。期待しつつ登りきると、想定していた以上に深い森が広がっていた。


 周囲からは獣の気配がする。木の上に住む小動物から、地上にいる中型の獣も――どうやら、俺のことをすでに獲物と見なしている者もいるらしい。


 狼か、それとも別の何かか。俺は応戦するために、辺りに落ちていた手頃な木の枝を拾う。獣を相手にする程度なら、ただの枝で十分だ。

 

 しかし、こちらに敵意を向けていた獣たちが急に逃げ出していく――何が起きたのかは、すぐに俺も気がついた。


 ――空から、音が聞こえてくる。巨大な翼をはためかせる何かが、この台地を目指して飛んできている。


 弾かれるように駆け出す。すると森が少し開けた広場に出る――そこで、先ほど俺を狙っていた獣とおぼしき白い狼が、何かから逃げようとするところが目に入った。


「――ギャゥンッ!」


 空から降りてきたものが突風を巻き起こし、狼が吹き飛ばされ、木の幹に激突する。どうやら気を失ってしまったようだ。


 白い狼を一瞥すると、それは、こちらにゆっくりと向き直る――そして、地面にズシンと音を立てて降りる。


(これは……いや、違う。魔竜と比べて明らかに小さい。こいつも大きいといえば大きいが、大型の熊くらいの体長しかない……それに……)


 全身が鱗ではなく、毛に覆われているが、竜のような翼を持つ生き物。角は小さく、魔竜特有の全ての生物を威圧する眼光も持たない。つぶらな瞳をしているとさえ言える。


 しかし、この台地において食物連鎖の頂点に近いだろう狼を、意に介さないほどの魔獣ではある。


『……探した……』

「……何だって?」


 この竜もどきが喋ったのだろうか。聞き返すと、竜は前足を持ち上げて立ち上がり、俺をその太くて短い前足で指差しながら言った。


『憎き人間……ここで会ったが百年目じゃ! わらわの(かたき)、とらせてもらうぞ!』


 念話で話しかけてくる、知性を持つ竜のような魔獣――いや。すぐには受け入れがたいが、『そういうこと』なのだろうと思い当たる。


 俺を『敵』と呼ぶ以上は、このじゃじゃ馬娘のような口調で怒りをぶつけてくる竜のような生物は、俺が倒してきた魔物と関係がある。


『くくく……見れば、あの忌まわしい槍と鎧を身につけていない様子。武具を持たない人間など、わらわの敵ではないわ!』


「そいつはどうかな……試してみるか?」


 挑発するつもりはない。『素の俺』で生き抜くと決めた以上は、ここで殺されるなら、俺もそこまでの人間だったということだからだ。


 槍とは似ても似つかぬ木の枝。それを腰を落として構えると、俺は自らの三倍近い大きさの竜もどきと対峙した。


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