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第一話 新しい土地

 アミュレットに魔力を通すと、籠められていた転移魔法が発動する――同じ種類の魔道具を使ったことがあるが、この種類の魔道具は一度使用すると壊れてしまう。


 傭兵ギルド本部塔から、景色は時間をかけて移り変わる。転移するときのこの感覚に慣れず、三半規管をやられてのたうち回る者もいるため、一定以上のランカーにしか転移魔法は推奨されない。


 まして、転移する先を選べないランダム転移となれば、転移する際の感覚は、引き絞られ、かき混ぜられ、逆さ吊りにされたような――というと何か拷問でも受けているようだが、それくらい異様としか言えない。


(……終わったか。転移が終わる前に動くと危険だからな……)


 転移が終わったと思っても、十分に間を開けてから目を開く。すると俺は、見知らぬ空の下にいた。


 どうも高地のようで、時間もかなりずれている。昼過ぎだったはずだが、夜明け前の時間帯になってしまっていた。


 日が沈む方角を見て、何となく方位の当たりをつける。どうやら、グリームワルト連邦からはるか北東の方角に転移したようだ。


(……寒い……のか?)


 俺が常に身につけている竜鱗の鎧は、寒暖を問わず温度を一定に保つことができる。さらに羽織っている外套も、兜も、具足や小手も、一式が全て魔法のかかった防具であり、外気の温度に左右されることがない。


 気温が低いとわかったのは、吐いた息が白いからだ。この土地で暮らす人間に近い種族がいたとして、彼らは俺のような防具を持たない――毛皮などで防寒具を作って、この寒さに耐えているのだろうか。


(よし……決めた。過剰な装備は封印する。最終的には、鎧のアンダーシャツなんかも、自分で調達した、この土地の素材で作ったものに変えよう)


 周囲を見渡すと、大小の岩がゴロゴロと転がる、緩やかな斜面の途中だった。どうやら俺は、どこかの台地を囲む斜面の途中にいるらしい。


 台地の上には、どうやら森があるようだ。斜面にも植物はちらほらと生えてはいるのだが、岩肌が露出した場所では青々と茂っているというわけにもいかず、ほぼ灰色の風景が広がっている。


 俺は『天馬の具足』という装備の力で飛行することができる。それで辺りの地形を見渡すことは可能だが、飛び上がりかけて途中で思いとどまった。


 付近を歩き回って、自分の目で、俺がこれから暮らす土地の姿を確認したい。


 足元に生えている草も、食料や薬草として使えるか、はたまたそのままにしておいた方がこの土地の環境にとって良いことなのか。何一つ分からないので、まずはこの土地にとって招かれざる客とならないよう、慎重に立ち位置を探らなくてはならない。


 食べられるものが見つかったとしても、乱獲はできない。幸い三日ほど絶食して戦い続けたことはあるので、雨水でも飲んで雑草を食めば死にはしないだろう。


 我ながら、最初の一歩だからといって構えすぎている気はする。とりあえず、野営の道具なども何もない状況なので、雨風を凌いで寝られる場所を探したほうがよさそうだ――山の天気は変わりやすいというし、いきなり遭難というのは避けたい。


 台地の上に向かうことも考えたが、斜面に沿って台地の周囲を回り、徐々に登っていこうと考える。ここから見渡せる範囲に、人里があるとしたら、それは確認しておきたい。そちらの領域を侵さないのでここで暮らしてもいいか、というくらいは聞いておかないと、問答無用で戦闘になってしまうと困る。


 原住民を皆殺しにして一人で開拓だ、というのはあまりに鬼畜がすぎる。誰もいないならいないで、それは構わないのだが――すでに、自給自足の生活をするために何から手をつければいいのかも分からない状況だ。


 住民が一人でも村というのかわからないが、村づくりについて教えてくれる人物がいると心強い。そういった人物を連れてくるのではなく、ここで俺が自分で探し出してこそ意味がある。


「それもこれも、人がいたらの話なんだが……おっ、あれは……」


 容易に話し相手が見つからない状況だと実感すると、独り言の一つも言いたくなる。意識せず一人で喋っていたので、自分でも驚いた。


 俺が見つけたものは二つあった。一つは、台地の斜面にぽっかりと口を開けた洞窟だ。


 巨大な動物でも住んでいたのか、それとも自然にできたものか。入り口を伺ってみると、それなりの深さがあり、空気も洞窟の奥へと流れていっている。これなら、中で火を(おこ)して暖を取っても危険はなさそうだ。


 そしてもう一つ見つけたものは、台地から東の方角にある大きな川と、その付近から立ち上る幾筋かの煙だった。


(何の煙だ……何かに襲われてるとかじゃないみたいだが。あの草でできたような建物は、家か……?)


 家ということなら、炊事などの生活に使う火による煙だろうか。この台地からはかなり離れているが、あの村の人々の生活圏の中に、この辺り一帯が入っている可能性はある。


 この辺りで育つ作物などについて、できれば教えてもらいたい。今の俺には代価として払えるものがないので、交渉材料については考える必要がある。まず言葉が通じないだろうから、意志の疎通ができるかどうかも問題だ。


 そのとき、ポツ、と空から雨粒が落ちてくる。見る間に雨脚が強くなり始めたので、俺は洞窟の中に入った。


「このままじゃ、何も見えないか……『雷球(サンダーボール)』」


 詠唱を全て省略し、魔法名を呟いただけで発動する。俺が十数個つけている装具の幾つかが、このレベルの詠唱破棄を可能にしていた。


 『雷球』の魔法を照明として使うのは初めてだった。生活魔法と呼ばれるものも習得はできるのだが、(ねぐら)での生活においては自動人形に任せていたため、全く習わずにきてしまった。


 接触すれば、熊でも気絶させてしまうほどの雷球。こういった雷魔法の類も、今後は必要なければ使わずにおきたいが、最低限度だけは使わせてもらうことにする。


 とりあえず少し濡れてしまったので、焚き火をしようと試みる。幸い、洞窟の中には乾いた枯れ木が落ちており、それを集めれば燃料を確保することはできた。


「『火花スパーク』でいけるか……?」


 人差し指と親指の間に、雷の力による火花を生じさせる。枯葉に火をつけ、煙が立ち始めたところでさらに葉をかぶせ、空気を送り込み、木を足して炎をある程度大きくする。


 火というのは、これほど暖かく感じるものだったか――と思う。世界各国の魔竜撃滅に呼ばれるたび、国王や宰相といった要人と豪奢な広間で会食をしたが、その時俺の心はどこか冷めていたように思う。


 魔竜を倒して欲しいから、最大限の接待を行っているだけ。仕事に付随する過剰な接待の裏に、あわよくば俺の覚えを良くしようという考えが透けて見えると、どうにも気乗りがしなかった。美女を両側に侍らせて旨いものを食べさせてもらうというのも、最初は良かったが、そのうち嬉しいとは感じなくなった。


(世界一の美女が担当官をしてくれているのに、浮かれる気持ちになれるわけもない。そんなことにも、今さら気がつくとはな)


 焚き火の赤い揺らめきの中に、幻を見てしまう。水晶のテーブルを挟んだ向こう側で、服の襟元を緩めるセレスの姿――。


「……そうか。これが、未練っていうやつか」


 転移してまだ一時間も過ぎていないのに、俺はいったい何を考えているのだろう。


 この地で子孫を残せるのかわからないと思ったからだろうか。いや、今まで子供を作るだとか、家庭を持つことなど考えたこともなかった。それなのに、一人になった途端、そんな願望が心のどこかに芽生えてしまっている。


 それも、セレスの身体を張った行動が効いていたということになるのだろうか。竜狩りに赴くための完全装備をしたまま、俺は焚き火の熱にあぶられながら、じりじりと微動だにせず、指につけたアマツガミの指輪を見つめる。もちろん、指輪がすぐに光るということはないし、そんなことを期待するのは格好悪い。

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