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魔王の立つ日  作者: 上総海椰
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3-2 罠

時は夕刻。ヴァロはその魔獣が目撃されたという現場に来ていた。

村人の話によれば、昨日の夕刻、巨大な影がこちらに向けて歩いていくのを見たという。

巨大な足跡がいくつか確認できる。

どうやら魔獣はこの付近にいるとみて間違いではなさそうだ。

ヴァロは張り詰める。報告書によれば昨日から少女が一人行方不明になっているという。

「無事でいてくれるといいが」

ヴァロは魔獣に行方不明の少女の身を案じる。

既に季節は秋であり、日が落ちるのも早い。

日は既に山の稜線の近くにあり、もうじき辺りは暗闇に包まれるだろう。

一人で暗闇の中でどんなものかわからない魔獣を相手にするのはさすがに厳しい。

ヴァロは少女のことを出来る限りあきらめたくはなかった。


ふと気が付くと道の端に少女の人影が座り込んでいる。

ヴァロはその人影に駆け寄る。

両脇の髪をリボンで結んでいるかわいらしい少女。

顔を両手で覆っている。

「大丈夫か?ルーゲンの人間か?」

その少女は黙って頷く。見たところけがは無いようだ。

生きていた。

その安堵がヴァロに隙を作る。

「村に帰らないとな…。そうだ。携帯の食糧があるんだ」

ヴァロは懐からパンと干し肉を取り出す。

「うしろ」

少女の声でヴァロは背後を振り向く。

そこには巨大な影があった。

魔獣かと思ったがそうではない。ただの泥の塊のようだ。

「なぜこんなところに?」

足跡も一致する。村人が見たというのはこの魔獣で間違いないだろう。

『ヴァロ、後ろだ』

ラウの声でヴァロが振り向くと、少女の方から自分がすっぽり入るぐらいの火球が向かってきている。

「くっ」

ヴァロが身構えるが、火球に呑み込まれる。

直撃し、身に着けた衣服の一部が燃えるがヴァロ自身は無傷だ。

ヴァロの魔法抵抗力ならばこのぐらいの魔法は効かない。

手にした干し肉とパンが黒く焼け焦げていた。

魔法抵抗力のないものならば今頃炭になっている。

ヴァロは魔剣ソリュードを鞘から引き抜く。

疑う余地はない。目の前にいるのははぐれ魔女。

「人並み外れた魔法抵抗力。間違いないわ。こいつが『魔王の卵』よ」

その少女が立ち上がり叫ぶ。すると木陰から三人の男の影が現れる。

「おいおい『魔王の卵』じゃなかったらどうするつもりだったんだ?」

一人の男が横から声をかけてくる。

「少し痛い思いするけど死にはしないわ」

三人の者たちがヴァロの四方を取り囲む。

一人は大剣を片手に持ち、肩幅はヴァロの倍ほどはあろう大男。

一人はひょろりとしているが全身を黒装束に身を包んだ男。

一人は服装は一般人と変わらないが、全身に武器を携帯している男。

それぞれに背格好は違っていても、その誰もが尋常じゃない気配を纏っている。

「魔獣はお前たちが?」

ヴァロは魔女に問う。

「そうよ。あーあ、得意じゃない魔法は使うものじゃないわね。

知ってるやつから見たら大したことない魔法使いだと思われるじゃない」

ぱちんと指を鳴らすとその魔法生物は土に還った。

「お前たちは一体…」

「名乗ると思う?」

少女の足元に描かれた魔法式が発動する。

地面の土がヴァロの体を包んでいく。

魔法抵抗力があろうと自身の周囲を包まれたのでは意味がない。

この魔法使いはそのことを十分に理解しているのだ。

「魔法抵抗力が強かろうが魔法に関して全く効かないってわけじゃないのよね。捕獲かんりょ…」

その魔法使いが言い終わる前にヴァロは魔剣ソリュードの力を解放する。

魔剣の力によりヴァロを包み込もうとしていた土が振り払われる。

「魔剣使い」

四人はその場で身構える。

「やっぱり一筋縄じゃいかないようね」

警戒されてしまい、こちらの手の内をほとんど知られてしまった。

その上多勢に無礼である。ヴァロはあまりに最悪な状況に言葉もない。

「一応名乗っておくぜ。俺は『狩人』序列十二位ジフォイ。元トラードの『狩人』」

バンダナをつけた若くひょろっとした体型の男は言う。

ヴァロよりも上位の狩人である。十位以内ではないが、とんでもなく上位の『狩人』である

手には丸い重りのついた魔器が握られている。

トラードと言うことはカランティの協力者だろうか。

「ジフォイ」

魔法使いの少女はジフォイと言う男を睨みつける。

「どのみち俺ら相手に逃げ切れるわけねえよ。それに失敗するつもりもねえだろ」

ジフォイの言葉にやれやれと言った表情で少女はつぶやく。

「そうね。うちははぐれ魔女のイルーダ。手配書で読んだことぐらいあるんじゃない?四元魔法のエキスパートよ」

イルーダ。ヴァロはその名を思い出す。大陸きってのお尋ね者のはぐれ魔女。

百年ほど前に自身の魔法研究に反対した幹部たちを血祭りにあげ、はぐれ魔女になったという。

四元魔法を自在に使いこなし、彼女に返り討ちにされた『狩人』はゆうに二十を超えると言われている。

その実力ははぐれ魔女の中でも上位に位置すると言われる。

「ラーロウ」

その黒ずくめの名乗った名にヴァロは戦慄する。

黒い服を着たその男は片言でそう呟く。西の領主とその館にいる人間を皆殺しにする。

流された血でその館は真っ赤にそまったという。

現世で知られる伝説のアサシン。倒された追跡者の数は数知れず。

「モーリス」

ヴァロはその名にどこかで聞いたような気がした。


長く所在不明とされていたその化け物たちがヴァロの目の前にいる。

それも指名手配犯の中でも上位に位置する人間たちとヴァロより上位の『狩人』だ。

背を向ければあっという間に戦闘は自身の敗北で戦闘は幕を下ろすだろう。


どういうわけかこの四人は自身を狙ってきている。

この戦いは勝つことが目的ではない。どうやって逃げ切るかだ。

森の外には馬がつながれている。そこまでたどり着くことができればこちらの勝ちだ。

ヴァロは必死に動揺する心を落ち着かせた。


そうして人知れず森の中で四人と一人の戦いが始まった。

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