2-3 討伐依頼
フィアがコーレスに出立してから二日後、ヴァロはノーム長官の呼び出しを受けていた。
部屋のドアは開かれていて、中では長官が書類とにらめっこしていた。、
ヴァロは形式的にドアをノックする。
「おう、入れ」
「失礼します」
直接の上司の呼びつけを受けヴァロは恐る恐るその部屋に入る。
半年以上もフゲンガルデンを離れていたことへの
「来たか。英雄殿」
茶化すようにノームは言う。
「長官までよしてください」
フィアと別れたその日、ヴァロに教会からの感謝状が届いていた。
なんとそこには教皇の直筆でトラードの一件の教皇暗殺事件に関する感謝の言葉がつづられており、
ご丁寧なことに教皇の印鑑まで押されていた。
教会とマールス騎士団領は主従関係に近い。
そもそもこの大陸の人間の国家で教会を受け入れていない国家は存在しない。
それは教会が魔剣と言うものすべての所有権を持っているためだ。
魔剣は国家の力に等しい。魔剣の本数でその国家の力は決まってしまうためだ。
その教会からそれも教皇から正式に感謝状を送られたというその意義は大きい。
ヴァロはこの二日間英雄と呼ばれもてはやされることになった
「はっはっは、冗談だ。だがこの半年の旅でお主相当変わった。すまないがこれを見てくれ」
ノームはヴァロに一枚の報告書を手渡す。ヴァロはそれを一瞥する。それは被害報告書だった。
「ルーゲンで魔獣被害…」
ルーゲンはフゲンガルデンの北にある小さな村だ。
馬で半日もあればたどり着くぐらいの距離である。
「やはり話はお主まで通ってなかったか」
ノームは嘆息する。
「農作物が荒らされ、巨大な足跡が残されていたらしい。
すでに昨日から子供が一人行方不明だとか。大至急対応をしてほしいのだ」
ヴァロは顔をしかめる。
このような話ならばいつもならばすぐにヴァロの元にやってくる。
「相手は魔族魔女ではないただの魔獣。現状フゲンガルデンの魔剣契約者は今出払っていてな」
『狩人』がほとんどすべてを請け負っていたが、魔獣の被害は年々増加しており、
最近は魔獣ならば魔剣の契約者が対応することになっている。
「今回ノーリス卿は通さないんですか?」
ヴァロは不審に思い聞いてみる。
この手の話はいつもノーリス卿を通してこの話はヴァロに振られる。
モンガス・ノーリス卿はフゲンガルデンの防衛担当者でもあり、騎士団領におけるヴィヴィの窓口でもある。
「それがどうも今回は渋っているらしくてな」
ヴィヴィが?
ヴァロは昨日、ヴィヴィと会った際にそんな話すら受けていない。
フィアが突然コーレスに向かったのもある、ヴァロは自分だけが蚊帳の外に置かれている感じがした。
「それで直接お前に話を通したってわけだ。英雄殿」
ヴァロは昨日の夕方、ヴィヴィと最後に会った時のことを思い出していた。
ヴィヴィはヴァロから旅の報告を聞きながら持つ魔剣ソリュードを見ていた。
フィアやクーナはすでにフゲンガルデンにはいない。
そのせいかいつもよりヴィヴィの住処が広く感じる。
「…以上」
「話をする前に先ずはコレ返しておく」
ヴァロが報告を伝えるとヴィヴィは魔剣ソリュードを鞘にしまい机の上においた。
「あのドーラが調律しただけあってとんでもないわ。出力だけなら一般の魔剣の五、六倍ぐらいあるんじゃない?」
「ご、五、六倍?」
さらりとヴィヴィは怖いことを言う。
そこまで能力が向上しているとは思っていなかった。
「聖剣の力も含まれてるんだし当然よね。ただしあくまで出力だけの話よ。
過信は禁物、魔剣の戦闘において必要とされるのは駆け引き。
その魔剣の能力を存分に引き出したうえで、いかにそれを戦術に組み込めるかが戦いの肝になってくる。
聖剣の力も満足に扱えていないようだし、もともとのソリュードの力は『塵』を扱うものなんでしょう」
聖剣カフルギリアの力『棘』の力は使えない。
拘束するための蔦が出るだけだ。それも地面に突き刺し、所持者が魔剣を握っていなくては使えない。
『塵』の力も何度か試したが、目くらまし程度の力しかない。
聖剣の力を得たためにその効果範囲は広まったものの、まだ十分に使いこなせていない。
「これから管理者と一緒にこれから考えていきなさい。それでも大概の魔獣とかなら力押しでおつりがくるでしょうけどね」
「ああ、すまない」
ヴァロはその剣を脇に差す。
「それと改めてご苦労さん。あんたには本当に迷惑かけちゃったね。
というかうちらのごたごたに巻き込んじゃったっていうのが本音かな」
ヴァロはヴィヴィからねぎらいの言葉があるとは思わずあっけにとられる。
「ミョテイリの一件にしても、トラードの一件にしても、ちょっとばかりあんたに頼り過ぎちゃったわ。
話を聞いてまさかまさかそこまでの事件に発展してるとは思わなかった」
ミョテイリにおける魔族襲撃事件で異邦の『爵位持ち』と呼ばれる魔族と戦うことになったこと。
さらに極北の地における『オルドリクスの魔神器』騒動、さらに教皇暗殺未遂事件。
よく生き残ってこれたなあとヴァロは振り返る。
「一応あんたの耳にも入れておくけど、上の方で課の新設の流れがあるのよ」
いきなりのヴィヴィの話にヴァロは耳を疑う。
「この騎士団領は魔獣や北と比べて遅れていると言ってもいい。
あんたも何度も長期間留守にしてるし、昨今南では魔獣被害は増加傾向にある。
今まで放置してきたけどちょうどいい機会かと思ってね」
ヴァロたちが選定会議等で留守にしていたこの半年間、二度ほどあったらしい。
『狩人』に委託してどうにか退治したらしいが到着まで時間がかかったのだとか。
「『狩人』に今まで委託していたつけと言ってもいいのかもしれないわねぇ」
北の地から遠く離れ、魔女、魔族、魔獣の害が比較的少ないフゲンガルデンではそれを今まで見過ごしてきたのだ。
「…だとしても人材が足らないぞ」
魔獣被害はしょうがないにしても、魔力を扱う魔女や魔族と戦いになるかもしれない。
その場合魔力抵抗の有無が必須になってくる。
もし魔力抵抗を持たない者ではあっさりやられてしまうだろう。
「…まさか、ココルを騎士団員に出来たのもそのながれか」
「そういうこと」
ココルを連れ帰った時、騎士団員になった対応があまりに迅速過ぎた感がしたのだ。
ヴァロはそれをちょっと不自然に感じていた。
「まああんたの頭の片隅にでも入れておいて。それと私からの命令」
ヴィヴィは息を吸い込む。
「命令?」
ヴァロはその言葉を聞き返す。
ヴィヴィから命令という言葉を使われるのはこれが初めてでもある。
「フィアが戻ってくるまでこのフゲンガルデンからは出るな」
一方的にヴィヴィは告げる。
どこか放任主義で気ままないつものヴィヴィの言葉とは思えない。
「それはどういう…」
「理由は言えない。上の方にも私から話を通しておく。これに背いた場合、あんたをここの『狩人』から除名する。
もちろん課の新設も白紙にさせてもらうわ」
あまりにも一方的でいつになく激しい言葉にヴァロは声を詰まらせる。
「これはここのフゲンガルデンを預かる聖堂回境師としての命令よ。肝に銘じておきなさい」
「それは昨日の朝届いたのですよね」
「ああ。真っ先にノーリス卿に報告をもっていったよ」
あの時ヴィヴィがこの魔獣の件を知っていた
となればこの件を知っていて彼女は昨日の話をした。
受けるか否かと言えば受けないほうがいいだろう。
だが、それでも現に被害が出ているのは事実だ。
魔獣を野放しにしておくわけにもいかない。
第二第三の犠牲者がいつ出るともわからないのだ。
「やります」
迷いはあったし、ヴィヴィからは引き留められていたが
一人の子供が行方不明だということがヴァロの背中を押した。
そうしてヴァロはヴィヴィの命令を無視して長官からの命を引き受けたのだった。
「師匠、魔獣退治に行くんですか?」
魔獣退治に赴くために書類を片づけていると、話をどこからか聞きつけたのかココルが話を切り出してくる。
「この場所では師匠はやめろって」
「私も是非一緒に…」
ココルが目を輝かせながらそう言いかけると横にいるモニカがココルに抱き着く。
「モニカさん」
モニカ女史は涙目でココルを手離そうとしない。
ココルは仕事ができる上にのみこみも早い。本人の育った環境もあるのだろうが。
「こりゃ大変だ」
「モニカさん、ココル君がいない間寂しがっていましたもんねぇ」
ヴァロの同僚たちは口々にそうこぼす。
「今回、そんなに大変な話じゃないみたいだ。俺一人で行くよ」
ヴァロは笑って背を向ける。
「師匠」
ココルが背後から声を上げてくる。
ココルには悪いが、今回は俺一人で行くことにしよう。
魔獣と言っても魔剣ソリュードがあれば自分一人でもどうにかなる。
そんな過信にも似た自信がヴァロにはあった。




