2-2 出立
「ラフェミナ、あなた正気?」
ヴィヴィは疑惑の視線をラフェミナに向ける。
そこはヴィヴィの家の一室。
大魔女と聖堂回境師だけが使える秘密の回線を使って二人は会話していた。
「ええ、正気よ」
ラフェミナは画面越しにそう言ってくる。
「カランティを本当にあの子一人で倒せると思ってるの?」
「北の地での話を考えれば、私は今の彼女なら倒せると思ってるわ」
報告によればフィアはラムードを護る魔法壁を作ったという。
それが本当の話ならば、フィアは既に都市防衛級の魔法を使えることになる。
ドーラが絡んでいるという話がなければとても信じられないが。
「カランティは謀略好きの女狐。いくら力が強かろうが倒せるとは思えないわ。
あら、フィアちゃんはトラードの暗殺計画も未然に防いだって聞いてるわよ」
「そりゃそうみたいだけど…」
ラフェミナの言葉にヴィヴィは口ごもる。
ヴィヴィの知らないところでフィアが成長しているのもまた事実だ。
「弟子を今までとったことがないあなたも師としてきちんと責務を果たしているみたいでちょっと感心」
「…あのねぇ」
ヴィヴィは頭を抱える。
「それに…妙な胸騒ぎのようなものを感じるの。この一年の間、静か過ぎるのよ。
ひょっとしたらもう動いているのかもしれない。動くとすれば極北の地で混乱のあった今しかない。
今、何か手をうたなければ手遅れになる気がするの」
それにはヴィヴィも感じるところがないわけではない。
この一年の間、カランティは動いていない。不気味に沈黙しているだけだ。
「それは女王としての感?それで今回のフィアの話を許可したと?」
ラフェミナは微笑み、頷く。
「今動けるのはあの子しかいないっていうのもあったわね」
現状カランティを倒せる戦力はほとんど無いといっていい。
聖堂回境師は魔法使いの最高位と言ってもいい。カランティは一年前までその聖堂回境師だった者だ。
相手にできるものとなればそれは限られてくる。
ポルコール率いるハーティア聖滅隊ならば確実に倒せるだろうが、
確実な情報が得られないうちは彼女たちは動けないし、動かすとなれば教会にも一言かけなくてはならない
「まあ、この件に関しては別にいいわ。私もフィアを信じることにする」
ヴィヴィは盛大にため息をもらす。
「試しに聞いとくけどもしヴィヴィちゃんがカランティの立場ならどうする?」
ラフェミナの表情から緊張が消え、古くからの友人に問いかけるように声をかける。
「そうね。私が行動するとすれば、カランティやルベリアのように強引な手段は使わない。
小さく波を立てて人間社会を分断し、人間同士を争わせる。
そして互いに疲弊したところを狙い、兵をあげて人間を全滅させるわ。
一番それが効果的にかつ、楽に終わりにできるでしょう?」
「…うわっ」
ラフェミナは聞くんじゃなかったという顔を見せた。
「言っとくけど私はしないわよぅ」
「ヴィヴィさん、その心は?」
人懐っこい表情でラフェミナはヴィヴィに問う。
これが友人に見せる本来の大魔女ラフェミナの素なのだろう。
「何より私は今の生活が気に入っている。
新体制作りに労力をかけるくらいなら、私は自分のねぐらに引きこもって自分の研究に時間をかけたいわぁ」
ラフェミナはヴィヴィの答えに小さく吹き出す。
「そういうところ、ヴィヴィらしい」
二人は笑いあう。
「言っとくけどあんたには借りがあるし、私の友人でもある。どうしてもってなったらはじめに絶縁状ぐらいは送らせてもらう」
「うん、その時が来ないことを切に願ってる」
ラフェミナは小さく微笑む。
この世に絶対などない。
支配者ならばどんなに親しかろうと道をたがえる覚悟なしにはいられない。
彼女の組織のため、この世界のためと言って親しいものを幾度も切り捨ててきた。
彼女はそれを途方もない時間の中で何度も味わってきたし、
支配者でいる限りきっとこれからもそうなのだろう。
「最後にもう一つ。あんたの目論みは大体読める。あいつをこれからどうしたいのか。
…もし知られてしまったら恨まれる覚悟はしときなさいよ」
そう言い残してヴィヴィは通信を切った。
「…そのぐらいの覚悟ならとっくにしてる」
暗闇の中ラフェミナは一人寂しげに微笑む。
彼女たちは未だ闇の中にいる。
「フィア。どうしたんだ?」
ヴァロはココルを連れ立ってヴィヴィの住処にやってきた。
仕事に向かう前なのかヴァロもココルも騎士団の制服を着ている。
フィアたちは馬車に荷物を運びこんでいる途中だった。
クーナがヴァロたちを見てあからさまに不快な表情を見せる。
「あんたこそ、どうしてここに?」
クーナはなんでいるのと言わんばかりの表情を見せる。
「ちょっとヴィヴィに呼ばれてな」
「そいつは荷物運びに呼んだんだのよ。荷物運びならもうほとんど終わっちゃったけどね」
横から当然のようにヴィヴィ。
「こんなに荷物を馬車に詰めてどこか行くのか?」
「これから私たちはコーレスに行ってくる」
ヴァロの問いかけにクーナはやれやれといった表情で返してきた。
「これからコーレスに?」
クーナの突然の話にヴァロたちは驚く。
「例の時計台の調整でね。急遽向かうことになったの」
ヴィヴィが背後から話しかけてくる。
「ちょっと時間がかかるから一端フゲンガルデンに戻ることにしたの。ひょっとしたら二、三か月かかるかもしれない」
「そうか…。帰ってきたばかりだってのにな」
「これは私にしかできないことだから」
ヴァロはフィアの目を覗き込む。
フィアの目には強い意志の光があった。
この目をしている時のフィアはどんなに反対しても絶対に自分の意志を曲げない。
馬車の方を見ると手綱を引いているのは馬ではない。
馬に似せた何らかの魔法生物だ。おそらくクーナが作ったモノだろう。
「この馬車」
ココルは馬車の馬を見て驚いていた。
「クーナの傀儡魔法で馬を作って、フィアの魔法で偽装してるのか」
何度か前回の旅で使っているのを目にしている。
「こ、こっちの方が少ない日数でコーレスにいけるじゃない」
コーレスまでのんびり行くとすればざっと二週間はかかる。
馬ならばもう少し早く移動できるが、
「ふーん」
「ああそうだ。ヴァロ。ちょっと荷物運び手伝って」
「ああ」
フィアに言われるままヴァロはフィアの後をついていく。
「ヴィヴィ」
二人の姿が消えるとクーナはヴィヴィに小声で詰め寄る。
「なんであいつを呼んだのの?」
クーナは抗議の視線をヴィヴィに送る。
「しばらく会えなくなるんだしいいじゃない」
ヴィヴィは諭すようにクーナの肩に手を添える。
「私はあいつが…」
そう言いかけてヴィヴィは口を閉ざす。
「これか?」
奥にある小さな箱を見つけヴァロは持ち上げる。それほど重くはない。
ヴァロがそれを持ち上げるとフィアが背中に顔を埋めてくる。
箱は離せないためにヴァロは混乱し少し固まる。
いきなり背後から抱きついてきたことにヴァロはあからさまに動揺を隠せない。
「お、おい、フィア」
フィアは黙ってヴァロから離れない。
いきなりフィアが抱き着いてきたことにヴァロは一瞬たじろぐも、
いつもとは違うそのしぐさから何かを感じ取ったのかされるがままになる。
「ヴァロ、行ってくるね」
フィアはヴァロの背中に顔を押し付けてくる。
「…無理するなよ」
ヴァロはその少女にそう声をかける。
「うん。ヴァロも」
「フィアさんたち何か隠してましたよ」
帰り道、ココルはヴァロにそう言って切り出してきた。
ココルはそう言った感は鋭い。彼女たちのしぐさからその違和感を感じ取ったのだろう。
「ああ、そうだな」
ヴァロはどこか上の空で答える。
「師匠。まさか知っていて何も聞かなかったんですか?」
「まあな。話さないってことは事情があるんだろう。立場の違いもある。
無理に聞きだそうとしてフィアたちを困らせるつもりはないよ」
自分に言い聞かせるようにヴァロはそう言った。
聞きたいことはいくつかあった。
カランティの陰謀とは何か。
『魔王の卵』とは何か。
わからないことだらけである。
フィアはイクスとのやり取りでそれがなんなのかわかったようだ。
それをヴァロにあえて話そうとしない。
だがヴァロは今は聞くべき時ではない気がした。
「そういうもんですかね。私なら聞きますけどね。だって仲間でしょう。お互いに隠し事するなんて…」
「…仲間だからだ。ココルはフィアやクーナのことを信用できないか?」
「そうはいってません…」
ヴァロの問いにココルは口ごもる。
「仲間を信じるということは戦場で背中を預けることだけではないよ。俺たちは俺たちのできることをしよう」
「…はい」
ヴァロたちはその足で城に向かった。