1-2 奇妙な男
「君は運命を信じるかい?」
「明日世界が滅びるとかいう戯言よりはな」
ヴァロはかなり困っていた。
仕事中、奇妙なおっさんと向かい合ってどうして運命を語り合わなくてはならないのか。
ヴァロは頭痛を覚えていた。
今日の朝、ヴァロがいつも通り出勤し、書類を片づけに行くと城の中に場違いな恰好のおっさんが歩いていた。
シルクハットをつけて、タキシードを身に着けている。一件紳士ともいえるような格好だ。
明らかに騎士団の者ではない。その男はあろうことか立ち入り禁止区域の中に堂々と入っていく。
通路の脇に立つ門番はそれを見えていないかのようだ、
フゲンガルデンの城は騎士団本部が置かれている場所である。
もちろん平民が入れる場所もあるが基本的に騎士団関係者以外は立ち入ることはできない。
ヴァロは慌ててその男を捕らえたのだ。
人気のない通路に入るとヴァロはその男に問いただす。
聞けば身分元を特定するようなものは何一つ持ってない上に、フゲンガルデンに知り合いもいないという。
手がかりになるのはレザード・ゾルファという名前だけだ。
ヴァロは男と話して頭を抱えた。それがその男レザードとの出会いだった。
「レザードさん、あんたはそもそもどうやって城の中に侵入してきたんだ?」
「なあに、手荒なことはしてない。この城の中にちょっとばかり用があったさけさ」
レザードはさも当然のように話してくる。
どこから持ってきたのかレザードの右手にはティーカップが握られている。
その上、このレザードと言う男はヴァロにしか見えないらしい。
通りで見かけてもだれもこのレザードをいないかのように通り過ぎている。
それにその外見は妖精や精霊のそれではない。
ヴァロは自分の気がふれてしまったのかとも疑った。
だがそのレザードには触ることができる。
「あの坊やがまた『世界振』を発生させたかと思い駆けつけてみれば、当の本人は実の娘に封印されたみたいじゃないか。
その上発生源となる場所には何もないときている」
その紳士の成りをした男は自身のひげを指でつまむ。
「『世界振』?行っている意味がわからないんだが」
ヴァロの言っている言葉をまるで聞いていないかのようにその男は続ける。
「何か収穫があればと期待してここまで来てみれば際立った収穫もなさそうだ。あの坊やならもしかすればと思ったのだが」
ヴァロには男の言っている意味すら解らない。
その男は一方的に話を進める。これでは聴き取りすらままならない。
「せっかくだ。下界に来たついでに案内をしてもらおう。君にその役割を与えようと思うがどうかね?」
手にしたカップを啜りながらレザード。
「おいおい、ちょっと待って」
ヴァロは抗議の声を上げるとここでココルがその場に現れる。
「探しましたよ。師匠」
ヴァロに近寄ってくるなり声を荒げる。
「先ほどから姿が見えないって、モニカさんが怒ってました。早く帰ってください」
ただでさえおよそ半年以上もフゲンガルデンを離れていたのだ。
かなりの量の書類が貯まっている。たまっているだけまだましとも言いかえることができるが。
「…なんですかその変な人は?」
ココルは疑いの眼差しをレザードに向ける。
どうやらココルにも見える様子である。ヴァロはある意味で安堵した。
自分にだけ見える幻覚や夢の類ではないらしい。
「フム、ヴァロ君は今日は仕事だったのか」
「そうだ」
「わかるよ、すごくわかる。仕事は大切なことだ」
ヴァロの肩を叩いて
「ええ」
その男はココルに向き合い口を開いた。
「『ヴァロ・グリフは今日は仕事はお休みだ。遠方から親類がやってきて街の案内をしている』
職場の者にそう伝えておいてくれたまえ」
レザードがそう言うとヴァロはひどい耳鳴りを感じた。
「…はい」
ココルの目から光が消えている。焦点が合っていない。
明らかに何らかの暗示にかけられている。ココルも異端審問官『狩人』の一人である。
魔法抵抗力が一定以上なければ『狩人』になることはできない。
ココルは『狩人』である。一般人よりははるかに魔法抵抗力もある。
ところがそのココルですら暗示にやすやすとかかってしまったらしい。
「そうでしたね。ヴァロさんは今日はお休みでした」
そう言ってココルは元来た道を引き返していった。
「おい、あんたココルに何をした?」
ヴァロは魔剣に手をかける。
このフゲンガルデンは大陸に七つある結界都市の一つ。
第二次魔王戦争以後、魔王から人類を護る最後の砦として作られた。
そしてここの結界はあらゆる魔力を封じる絶縁結界が使われている。
その中で魔力を使った魔法、魔術等の行為は使えないはずだ。
つまりこの男はここの結界すら欺くほどの何らかの方法を使ったのだ。
自分たちの理解を越える何らかの手段で。
それはヴィヴィやフィアを超越した範疇にいるということをヴァロはこの時はっきりと思い知る。
同時に自分の戦ってどうにかできる相手ではないとも考えられた。
「おや、君は何も影響を受けていないのか?…これは凄まじいな」
その男はヴァロの顔を見ながら一人納得するそぶりを見せた。
「あんた、何のことを言っている?」
「安心したまえ。私はだれも傷つけてはいない。少し事象を改ざんしただけさ」
その言葉にヴァロは自分たちとは異なる巨大な怪物と対峙している気さえしてくる。
言い換えればこちらが約束を守っているうちはこの男は何もしない。そう考えることもできる。
「急ごうか。善は急げという言葉もあるだろう」
レザードの右手にあったカップはいつの間にか消え、ステッキに変わっている。
初老の紳士は立ち上がると当然のように出入り口に足を向ける。
咎めるはずの守衛といえば、まるで何も見えていないかのようにぼーと壁の脇に突っ立ったままだ。
「あんた…一体何を…」
ヴァロはレザードと言う男を見る。
やはりこの男は魔法らしきものを自由に使っている。
「何をしたかって?理解できない過程を話しても意味はない。意味のないことに時間を割くことなどもってのほかだ。
時間は有限だ。無駄なことは極力さけようじゃないか」
手にしたステッキをぶんぶんと振り回し、歩き始める。
「…わかったよ。案内をすればいいんだろ」
ヴァロは両手を上げて降参のポーズをしてみせる。
ヴァロはあきらめて、その男の案内をすることにした。
こちらが約束を守っているうちはこの男は約束を破ることはしない。
それに止めても無駄だろう。それにこの男はどことなく知っている奴に似ている気がしたのだ。
「ただし条件がある」
「条件?」
ヴァロの一言にレザードは振り返る。。
「このフゲンガルデンで人間を傷つけるな。それが条件だ」
正直この男が何者なのかヴァロには全く分からない。
得体のしれない男。ヴァロは同じような男を知っている。
もしこの男が本気になれば怖ろしいことになるような気がした。
「…ふむ、これは心外だ。君に私が無関係の人間を傷つける輩に見えていたとは」
ひげをいじくりながらレザードはつぶやく。
「条件を飲むのか飲まないのか?」
「了承した」
にやりと男は笑う。
こうして奇妙な約束事は交わされたのだった。
これがヴァロの運命に大きく関わってくるとはこの時ヴァロは思いもしなかったのである。




