まるで、向こうの世界です
「さ、着いたぞ」
「ひゃーーー、あっついですね~」
「これが、”しょっぴんぐせんたぁ”ですか……」
シャトルバスから降りたソードは、大手大型ショッピングセンター・〈イヨン〉を前に、そう感嘆した。
残暑もそろそろ終わりを迎えようというこの季節だが、今日は久々に真夏日を記録。俺は黒の短パンに白の半袖Tシャツ。あえかはショートパンツにオフショルダーのブラウス。ソードはあえかの持ってきた中でも最も涼しげだった、白のワンピース。いずれも、夏真っ盛りな格好だ。
そして、車内から日差しの下に再び身を晒したソードをみて、
「な、なんでしょうか?」
俺とあえかはあらためて息を呑んでいた。
夏の強い日差しをソードの健康的な肌色が艶やかに反射し、シンプルな白のワンピースに映える天然のアクセサリーとなっていた。女騎士というだけあってその身体には無駄な脂肪などまったく存在せず、しなやかな手足はすらっと長く、また背筋もすっとしており、そのうえ身長まであるので、まるでトップモデルのような雰囲気さえ醸し出している。……いや、というか、率直に言ってどんなモデルにも劣らないほどの仕上がりだ。そして、その白と肌色に、彼女の濃紺色の髪は、最早反則的な親和性だった。今日はあえかのヘアメイクによって、ゆるふわポンパドール風な仕上がりになっているのもまたいい。
「なんていうか、反則ですよ~……」
と、あえかは唇を尖らせる。
が、しかし、俺は密かにそんなあえかの姿にも息を呑んでいた。
ソードに比べれば幾分か肉感的で背も低いが、決してふくよかというまではいかず、健康的な肉付きと言える。下半身はショートパンツにスニーカーとボーイッシュなのに対し、上半身はガーリーなオフショルダーのブラウスという一見ミスマッチなセットアップだが、服選びのセンスがいいのだろう、それらは意外にも綺麗にまとまっていて、嫌みな感じなく洒落ている。そしてなにより、オフショルダーなそのトップスは自然、彼女の最大の武器である胸部を如何なく見せつける形になり――
「あえか様こそ、反則だと思いますが……」
心の中で激しく同意。
……とまあ、そんな誰もが羨む美少女二人に対してあまりにも不釣り合いな俺は、激しくいたたまれない気持ちになっていた。
そんな気持をなんとか霧散させるべく、ハイテンションで適当に思いついた言葉を並べた。
「よし、じゃあ、まずは下着からいくぞ――!!」
もちろん、二人からはかくも冷たい目を向けられたし、その後辿り着いた下着売り場には当然の如く女性陣二人で入っていった。
ごとくというか、まあ、当然だよな、うん。
* * *
「いや~~、買いましたねえ~~」
「買ったなあ……」
「ありがとうございます……私などのためにあれほど散財を……」
「いいっていいって、バイトのとき以外は基本家に籠りきりだし、こういうときじゃないとお金って意外と使わないから」
俺たちは4時間ほどを要してなんとか揃えたソードの衣類その他生活用品等々の戦利品をやっとその手から放して、フードコートのテーブルに腰かけていた。
「しっかし、つかれたな……」
背もたれに深く背をうずめる俺に、ソードは再度頭を下げた。
「も、申し訳ありません……あまりにも多種多様なものがあるものですから、目移りしてしまい……」
そう。ソードはその真っ直ぐな性格とは裏腹に、以外にも買い物に対しては優柔不断な性格だった。
……いや、正しくは、
「いや、しょうがないって。……お、俺も初めてこの世界で買い物したときはそうだったしな!」
優柔不断というよりは、そもそもこの世界に来て日の浅い彼女にとっては目に入るもののほとんどが初めてみるものであるため、逐一驚き、そして目を輝かせて、『これはなんですか!?』とあえかや俺に質問していた、という感じだった。
中でも印象的だったのは、
『なんですあの愛くるしい魔物たちは!?』
と言ってペットショップへと突撃して行き、店員さんたちが動物たちの世話をするのをみて、
『な、なんと腕のいいモンスターテイマーたちなのでしょう……』
としみじみ感心していたシーンだった。
さすがのあえかもあの時ばかりは周囲を憚らず爆笑し、
『魔物たちがあれほどまでに大人しく従い、あまつさえこんなにも従順に飼いならされているとは……すぐにでも我が国のテイマー達の指導役に推薦したいほどです……』
と追い打ちをかけるソードに、ツボにはまったあえかはしまいにはむせ返っていたほどだった。
——なんでも〈魔法世界〉には家畜の類はいるものの、こういった愛玩動物に当たる生物はいないのだそうだ。
とまあ、そんな調子で4時間も買い物を続けていれば、そりゃ体力も尽きる。俺も、普段の出不精がたたってさすがに力尽きかけ、ちょうど昼時でもあったのでフードコートでの一時休憩を進言し、今に至るのだった。
「まあでも、めぼしいものは大体買えましたし、このままここで昼食を済ませて、あとはゆっくり、各々見ていきたいところを見ていきましょうか~」
とあえかが言うのに、俺とソードは「いいね」「そうしましょう」と首肯し、そのまま昼食をとった。
* * *
「……あんなに美味しいものが、世界には存在したのですね……」
フードコートから出て、俺とあえかの希望で向かうこととなった店へと足を向ける中、ソードはそう呟きつつ恍惚とした表情を浮かべていた。
「はあ……”ちょこれぇとぱふぇ”……かなうならもう一度……」
彼女は、あえかに勧められるままに頼んで食べたチョコレートパフェをそれはもう大絶賛して、舌鼓を打っていた。
「”竜牛のテールスープ”がこの世で最も尊く美味な料理だとばかり思っていた先刻までの自分は、まだ世界のなんたるかを知らなかったのですね……」
「いや、俺はむしろ竜牛のテールスープとやらをご相伴に賜りたいんだけど……」
「気になりますね……」
「あれはあれで、”ぱふぇ”とは違った美味なのですがね……。胴体が牛で下半身が竜の竜牛という家畜の尻尾を数日間かけて姿煮にしたものを、牛の部分からとった上質な油をベースにしたスープに浸した、この上なく贅沢な一品なのですが――」
と、彼女が今度は異世界の美味に思いを馳せはじめたところで、
「お、ここだここだ」
目的の店へと到着した。
「わ~。いつきても、立派な佇まいですねえ」
「そしてそのスープにパンを漬けて食べるのがまた――って」
ようやく現実に舞い戻ってきたソードが、その店をみて軽く仰け反りつつ言った。
「本がこんなに――! 図書館、ですか?」
「いや、本を売ってる店だよ」
俺のその言葉にソードは今度こそ驚きの表情を浮かべる。
「なっ……!?」
「そっか、向こうじゃみられないよな。そもそも、製紙技術も、印刷技術も、この世界ほど確立されてはいないだろうし」
「そうですね……王立図書館でさえ、これほどまでの量の書物はまずお目にかかれないでしょう……」
そう。俺たちは、ショッピングモール内に出店している書店へと足を運んでいた。
書店でバイトしているのもあって、どうしても他の店舗が近くにあると、特に用事がなくとも寄ってしまいたくなるのだ。恐らくはあえかも同じなのだろう。はやく中に入りたそうに、ちょっとうずうずしている。
「は、はやくはいりましょう!」
いつになく興奮気味のあえかに手を引かれ、俺とソードは引っ張られるように店へと入った。途端、むんっと鼻腔を抜ける新品の本の香り。俺も、その香りを嗅ぐとどうしても少し気持ちが昂ってしまう。
……なんというか、本屋の香り、雰囲気、店によって少しずつちがうそれらの空気に浸っているだけで、なんとなく幸せな気持ちになれるのだ。
そして、『このポップセンスいいですね』とか『この詰み方、勉強になるな』とか『物凄く歴史好きな方がいるんでしょうね~』とか書店員トークを繰り広げつつしばらく見て回っていると、〈四十物書房〉の本が並ぶエリアで、それまで静かについてきていたソードの足がピタリと止まった。
「おや、これは……」
「あー、それね」
「おっ。シエロさんの一作目、〈魔法使いと騎士の娘〉ですね~。いや~、まだ置いてるなんて、さすが見る目がありますね!」
「作者名の仕切りも無く、端の端に、1冊だけだけどな……それに、二作目はもう置いてすらないし……」
「う、売切れですかね~」
「まあ、返本だろうなぁ……」
「もう、暗いですよ~。確かに二作目は、ちょっとアレでしたけど……」
「アレって!!」
オブラートの包み方が雑! などと俺とあえかががやがや言い合っている間、ソードは黙々と、何かを読んでいた。
俺の本かな? と思ったが、表紙の感じからしてどうやら違うらしい。
それはよくよくみれば、近くに平積みされていた、現在最も勢いのある新進気鋭のファンタジー作家手がける人気シリーズだった。そして奇しくもそれは、俺の第二作目がシリーズ打ち切りになる最後のだめ押しとなった作品でもあった。それに気づいて、『買いもしないものに痕がつくようなことはしないようにな?』と軽く窘めようとしたところで、俺は気付く。
「導師、これ……」
ソードは、両目から涙を流していた。
序盤だけで涙を流す程の展開だっただろうか、とその内容を思い返す俺だったが、彼女は小さく、しかし確かに、こう呟くのだった。
「これは、まるで……」
向こうの世界です――




