くっ……殺せ……!
「うなづ……いや……あえか……明日は、十時に西口のバス停で待ち合わせでいい?」
マクドナルディアから出たあと、別れ際にそう言う江口に、宇奈月はまるでよくできましたというようにふわりと微笑む。
あの後——つまり宇奈月が店内で、江口と女騎士が約一週間近くにもわたって一つ屋根の下で爛れた同棲生活を送っていたことに気付いて拗ねてしまったあの後——なんとか江口の平身低頭の貢ぎ物で機嫌をなおした宇奈月は、江口に、
「共犯者になるにあたって、私から一つ条件があります」
と言った。
江口は、そりゃそうだよな——と思った。
ただでこんな面倒ごとを引き受けてくれるなんて、そんな甘い話しがある訳は無かったのだ。
しかし、背に腹はかえられない。
「わかった。俺にできることなら」
江口はそう首肯し、それをみて宇奈月は満足気に頷き、こう言い放ったのだ。
「せっかく共犯者になったんですから、これからは宇奈月なんて他人行儀な呼び方はやめて、『あえか』って呼んで下さい!」
——そして、今に至る。
あえか、あえか……ふひひ、と心の中で一人江口の言葉を反芻してにやける宇奈月。その心の内を隠しきれず若干にやけ顔で、
「わかりましたあ〜」と返答し、
……って、そういえば——と宇奈月は人差し指を頤に当てる。
「明日女騎士さんはどんな格好で来るんです?」
その質問に江口は目を見開いて、気付く。
「服を買いにいく為の服が、無い……!?」
* * *
俺は緊張で乾く口をなんとか唾液で湿らせつつ言った。
「まあ、汚い家だけど、あがって」
「お邪魔します〜」
俺と宇奈月——いや、あえかはあのあと、一度宇奈月宅——いや、もはやあれは〈邸〉だ——へと足を運んだ。
宇奈月邸ではあえかの両親や使用人にみつからないよう、あえかの部屋までの経路をあえかとほとんど密着状態で辿り潜入・脱出するというスニーキングミッションをこなしたり、あえかの部屋の女の子らしさに思わずどぎまぎしたり、あえかの下着が入った棚を間違えて開けてしまったりと、まあいろいろと盛りだくさんだったのだが、本筋から逸れるため割愛する。
が、脱出後、あえかにうまいこと口車に乗せられてついていったけど、普通にあえか一人で部屋までいって服を持ってくれば済んだよな、と思ったことだけは特筆すべきこととして記しておく。
ともあれそんなこんなで、なんとか、あえかの私服の中でもフリーサイズのものをいくつか見繕い、それらを江口宅へと持ってきていた。
わあ——!
と、俺の家の玄関を覗いたあえかが感嘆の声を漏らす。
宇奈月邸とのあまりの差に、逆に感心しているのかもしれない。
と、思ったのだが、
「やだなあ〜、全然汚くなんてないじゃないですかあ〜。下手するとうちよりも綺麗ですよ?」
「は? いやいやそんな——」
ってホンマや!?
めちゃくちゃ綺麗になっていた。そして奥から、
「おかえりなさいませ、センセイ!」
と、だぶついたTシャツにエプロン姿でハタキを持った、まさに新妻然とした女騎士がリビングの方から姿を現した。
「お、おう、ただいま。これってお前がやったの?」
「はい! センセイより仰せつかった自宅警備という誉れ高き役目——。それを果たしつつ、しかしそれ以上にセンセイのお力になりたいと、僭越ながら清掃の任にもあたらせて頂きましたっ!」
そう言って跪く女騎士。
その光景をみたあえかは、
(お前って……随分とまあご親密なことで……というか、なんなのこの新婚感は……!?)
というようなことを恐らく呟いていたようにな気がする。
そして、「こんばんわ」と一歩前へ出た。
俺が死角になっていて見えなかったのだろう、
「おや、そちらは……」
と女騎士があえかの姿を認めて誰何する。
それに対し、あえかが胸を張って答える。うん、大きい。
「私は、宇奈月あえかと言います。シエロさんとは、職場の同僚でして〜」
「なるほど、シエロセンセイのお勤め先での小間使いか何かでしょうか? まだ小さいのに、勤勉なことですね」
「どうしてそうなった!?」
よしよし、とあえかの頭をなでようとする女騎士をみて、俺は思わずツッコミを入れる。
しかし、女騎士の爆弾投下は止まらない。
「む、違うのですか? そ、それは失礼しました……あまりに可愛らしい方なので、てっきりセンセイの小間使いの方、あるいは、側女かと——」
「そそそそ、そばめーーーーーっ!?」
あえかは一瞬で頬を上気させる。
「なにいってんの!?」
俺も多分顔を赤くして叫んだ。
恐らくはそれをみたあえかが更に「そばそばそばばばばばば」と暴走し、そして、
「はい、側女の宇奈月あえかと申します。ソードさんも、今後シエロ様にお仕えされるとおききしています。……今後とも、仲良くしてくださいねえ〜!」
あえかは俺の側女になった。
* * *
——わけもなく、
「あえか様は、センセイの”ばいと”先の先輩に当たられる方なのですね」
ソードの言葉に、
「そうなりますねえ〜。私の方が年は下ですが〜」
と、あえかがいつものおっとりした調子で答える。
なんというか、この娘のキャラ、ぶれすぎじゃないか? と思わなくもないが、こういう娘なのだから仕方ない。
あえかがなんとか暴走から脱した後、なんとか誤解を解いて、俺たちはリビングへとあがっていた。
リビングもしっかり清掃されており、見違えるような綺麗さだった。中古で買った築年数20年のボロ屋のはずが、フローリングなど、まるで敷きたてのような色つやである。これこそまさに魔法だ、と感嘆するしかない。
「なるほど、承知しました。……それで、本日はどのようなご用件で?」
ソードが小首をかしげて訊ねる。かわいい。
「ほら、昨日話しただろ、俺と、もう一人同行者を連れ立ってデートに行こうって」
「あ、ああ、デート……デートですね!」と顔を少し赤らめ、「なるほど、ではあえか様が」と得心するソード。
それに、
「デートって……シエロさんあなたねえ〜……」
と、あえかからジト目を向けられる。
な、なぜ……。
小さく何かを呟くあえかの口の動きは(もっとこう、言い方ってものがあるでしょう!)などと言っているような気がした。が、どういう意味なのかはわからない。
小さめのため息と共に、あえかは続ける。
「ソードさんも苦労しますねえ……」
そして、
「あえか様……分かって頂けますか……」
「わたしたち、いい友達になれそうですねえ〜」
「そうですね!」
いきなり意気投合する女性二人。
(な、なんなんだ……)
と、いきなり蚊帳の外となった俺は話しを進めることに徹する。
「あえかは、お前に明日着るものを持ってきてくれたんだよ」
「そうなのですか!?」
「そうそう〜。一応フリーサイズのものを選んできたから大丈夫だと思うんだけど……とりあえずいくつか着てみよっか〜」
そして、「男子厳禁!」というあえかの一言によって、俺はリビングから寝室へと追い出されたのだった。
(いやいや、わかってますって。ちゃんとおとなしくしてますよー)と、拗ね気味にベッドで横になる俺だったが——
壁一枚隔てた向こう側から不可抗力的に微かにきこえる服を着脱する衣擦れの音や、
「わっ、ソードさん、スタイルすっごい」
「は、恥ずかしいです……それより、あえか様のお洋服、どれも胸の辺りが少し伸びてませんか——」
「ちょっ、そ、そんなこと——」
「しかし、私の胸ではご覧の通りの有様で——くっ……殺せ……!」
「いやここで使うんですかくっ殺!?」
などというすっかり打ち解けた様子の女子二人の赤裸裸着替えトークに、俺は暫く、壁に張り付いて聞き耳をたてざるを得ないのだった。




