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最優秀賞は――

「ど、どうぞ」


「いやあ、すみません、シャワーまで借りてしまって」


 そう言いながら、手渡した水をすぐに飲み干してしまう。よほどのどが渇いていたのだろう。


「よくここがわかりましたね……」


「ソードたんに教えて貰ったので」


 ああ、まあそうか。

 その呼び方に若干感情を肴でされつつも、平成を装って尋ねる。


「それで、今日はどういったご用件で?」


「いやーずいぶん嫌われてますねえ」


 はははと笑いながら、白之は「欲がなければ来ちゃ駄目なんですか?」などとのたまう。


「用がないなら帰って頂きますが」


「まってまって。すみませんってば」


 俺のジト目にわたわたして、「もー、まじめなんだから」と唇を尖らせつつ、白之はこう続けた。


「じゃあ、冗談はこの辺にして。……折り入って、江口先生にご相談……いや、お願いしたいことがあって来ました」


「お願いしたいこと、ですか」


 このタイミングで? なんだろうか。

 何かこの勝負に水を差すようなよからぬ相談を一瞬想像しかけたが、短編は既に後悔されているし、その線は薄いだろう。となると、


「なんでしょう……?」


 全く思い当たる節はない。とりあえず尋ねてみると、白之は、俺の想像の斜め上を行く行動をとった。


「もし僕が勝ったら、総曲輪さんにもう一度筆を取ってもらえるように、江口さんからもお願いしていただけないでしょうか……!」


 そう言いながら、白之はシャワーから上がりたてのタオル1枚の姿で、しかも廊下で、床に額をつけて体を綺麗に折りたたんだ。要するに、土下座し始めた。


「ええええっ!? ちょっとなにやってんですか!!」


 予想だにしない展開だった。もう何がなんだか分からない。

 慌てふためく俺をよそに、白之は続ける。


「正直、僕はあなたのことが嫌いです。……いえ、嫌いでした」


「このタイミングで精神攻撃!?」


「仕方ないでしょう。あなたは僕から大切な人を奪っておいて……にも関わらずその期待にもこたえず落ちぶれていったんだから」



 * * *



 驚くべき速度で評価を上げる白之の小説だったが、それはあまりに危うい状況であると見えた。

 他の作品ではほとんどない『減点』も、結構な頻度で発生していたからだ。

 私はその様子を、白之の叔父であるという、店長と共に眺めていた。


「総曲輪ちゃんから連絡がきてなあ。『あなたの甥が、やっと一つ成長しようとしている』だとさ」


 総曲輪……。確か江口さんの担当編集だったはず。

 そんな人からどうして。


「総曲輪ちゃんは昔、俺の父親と、俺の甥と一緒に暮らしてたことがあんだよ」


「えっ」


「その頃は俺もあいつの親も仕事で忙しくて、全くあいつにかまってやれなくてなあ。ほとんど親父のやってた古書店に預けてたんだな。あ、親父が古書店やってたってのは、前に言ったよな?」


「あ、ええ。はい」


 確かに前に聞いたことがある。閉架書庫にあるふるい本たちは、その頃の名残だとも。

「あ。ちなみにあいつってのは、白之センセーのことな」と、店長は聞いてもないのに次々と語りだす。多分、誰でもいいから聞いて欲しいのだろう。私も無関係の話とはいえないだけに、さえぎることはしない。


「まあそんな親父とあいつのところに、苦学生やってたっていう総曲輪ちゃんが居候として転がり込んだらしくてさあ。あんな別嬪さんだぞ? そりゃ好きになるよな。間違いないって」


「久々にききましたけど、店長のしゃべり方、やっぱりうざいですねえ」


「いきなりすぎるわ! 泣くぞ! 大の初老が!」


「それで、どうなったんです?」


「こいつぅ……」


 ごほんと咳払いして、店長は続ける。


「そんでさ、しばらくして、総曲輪ちゃんが作家先生としてデビューしたのよ。そりゃあ、すげー喜んでたよ、あいつも。『おねーちゃんはやっぱりすごい!』ってさあ。お姉ちゃんって、いくつ年はなれてるんだよってな」


 ……ま、家族ってものがどんなものなのか教えてやれなかったのは、俺たちなんだけどなあ。と空笑いと共に自嘲気味に呟く。


「んで、それから10年か。その頃にはあいつはすっかり総曲輪ちゃんと総曲輪ちゃんの小説に心酔しててさ。そりゃもう、変態の域よ。誰に似たんだかなあ」


「あんただよ」


 思わず突っ込むと、がはははは! 褒めるなよ! と笑う店長。やっぱり変態だ。


「んでさあ。そんなときだよな。総曲輪ちゃんが、いきなり引退を宣言したの」


「ああ――なるほど。総曲輪って、あの総曲輪庵先生のことだったんですか」


 それは私も、鮮明に覚えている。まだ私は中学生だったけど、その歳だてらにひどく衝撃を受けたものだ。


「そうそう。すげーっしょ。で、あいつはそりゃあごねたらしくてさ。なんでやめるんだ、せめて理由だけでも教えてくれってさ」


 彼女の引退の理由は、公にはされなかったはずだ。様々な憶測が宙を舞ったが、結局真実は分からずじまいだったはず。


「まあ、結局総曲輪ちゃんの口からは理由は出てこなかったらしいんだけどさ。やめた後何をするのかは、教えてくれたらしいんだわ」


「作家シエロ先生の担当編集……」


「そう! よく知ってるなあ宇奈月くん。あ、まさか、江口くんがそのシエロセンセーだってことも!?」


「知ってます」


 そう答えると、たはーっ! とひたいに手をやって天お仰ぐ店長。そして、


「マジかよ!! ったく……職場恋愛は俺の見えないところでやってくれよ?」


「な――っ!?」


 ななななな、なにを――


「でさ」


「いや『でさ』じゃないですよ何言ってるんですか!?」


「いやもういいから。俺以外の男がもててる話しなんていらないから」


「そ、そういうんじゃ……」


「わかってるわかってる。おじさん全部わかってる」


 こ、この人ほんとに……。


「で、あいつも、江口くんの小説を読んで一度は納得してたわけよ。そらあすごかったからな。江口くんのデビュー作は」


「そう、ですね」


『デビュー作は』

 その言葉が、全てを物語っていた。


「そう。デビュー作は。でも、2作目はそうじゃなかったんだな。2作目からの江口くんは、まあ、よく言えば安定した……悪く言えばどこかでみたことのあるような、習作ってやつか。まあ、そんな作家になってたのよ。それだけならまだよかったかもしれないけど……、その頃の江口くんの作品からは、楽しんでるって感じがしなくなってた」


 さすがに、世界をまたにかけた本好きなだけはある。的確に、彼に不足していたものを言い当ててみせる。


「まーそれで、あいつの怒りも再燃しちまったわけ。こんな腑抜けのために総曲輪ちゃんは引退までしてつき合わされてるのか――ってな具合にさ。で、あいつは小説を書き始めたのよ。総曲輪ちゃん、そして、江口くんの


作風に限りなく寄せて、江口くんを叩き潰すためにな」


 確かに白之の作風は、デビュー当時から、作家シエロともろかぶりしていた。そしてそれが、江口さんの2作目打ち切りの決定打となったのも確かだ。


「でも、作風のかぶる先人二人がいないのをいいことにあいつはなんとか人気作家としてやってけてるみたいだけどさ、あいつはずっと、そんなに楽しそうじゃねえんだよな。作品から、それが伝わってこないっつうかさ。となりゃあ、あいつは、楽しいから書いてるんじゃねえんだ」



「というか、読んでるんですね」


「そりゃ読むだろ」


 実の息子ではなくとも、気になってしまうのだろう。


「じゃあ白之さんは、なんのために書いているんですか? お金、とか?」


「いいや。あいつは――」


 不器用な叔父さんは天を仰いで、


「総曲輪ちゃんに、もう一度筆を取って欲しいから書いてるんだよ」


 そう呟いた。



 * * *



「僕が江口さんに勝てば、勝ち続ければ、いつか総曲輪さんもあなたのことを諦めて、もう一度筆を取ってくれるはず。そう思って、これまで書き続けてきました。そして、僕から総曲輪さんを奪ったように、僕はあなたからはソードさんを奪った」


 俺はその言葉に、何も言い返すことができなかった。

 総曲輪産が俺のために引退したのかは分からない。

 だが、仮にそうだとすると、確かに俺には、総曲輪さんが引退してまで尽くすほどの才能があるとは思えない。だが、白之はこう続けた。


「僕はずっと、あなたにはそんな才能などないと思い続けてきました。……でも、やっぱり、あったんですよ」


「えっ……」


「この短編を読んでわかりました。あなたには確かに、才能があるかもしれない。あとはこの勝負であなたが勝てば、僕はそれを認めざるを得ない。僕があれだけやって、それでも勝てなければ、あなたにはやっぱり才能があったと認めなくてはならない。そして仮に僕が勝っても、多分総曲輪さんは、あなたの才能を諦めはしない」


 でも――と、彼は言う。


「でも、それじゃあ総曲輪さんは、ずっとあなたに縛られ続けることになる! こんなこと頼める立場に無いってことは重々承知してます。それでも――。それでも僕は、もう一度、総曲輪さんに筆を取ってもらいたいんでだ!!」


 それは、彼の心からの叫びだった。

 彼のこの数年間の執筆生活は、このためだけにあった。

 決して、楽ではなかっただろう。投げ出したいこともあっただろう。俺だって一度はシリーズを盛った身だからわかる。どれだけ書くこと好きだったとしても、締め切りに追われる生活は、それを継続するだけでどれだけの苦しみを伴うか。それを彼は、自分の他目ではない、他人のために、ひたすら続けてきたのだ。

 ただ、総曲輪庵にもう一度筆を取って欲しいという、それだけのために。

 ただ、総曲輪庵のためだけに――。


 こんなにも一途な思いを前にして、俺はその願いを撥ね付けるほどの克己心を持ち合わせてなどいない。いや、というかそもそも――。いや、それはまだ伏せておこう。それを知るのは、もっと後でいい。こんな場所で、ほぼ全裸で、それを知ってしまうのは、展開としてあまりにいけてない。


「じゃあ、ひとつ約束してくれ」


「じゃあ!」


「ああ。白之先生の願いは聞こう。もし俺が負けたら、総曲輪さんには俺の口から掛け合う。……だけど、そのためには、今から言うことを守って欲しい」



 * * *



 2週間後。

 俺は四十物書房がオフィスを構えるビルにある大会議室に、足を運んでいた。

 これからここで、短編企画の結果が発表される。

 最後の1週間は得点が隠されたため、結果はまだわからない。

 隣には、白之絵巻。そして俺と白之の担当編集者である、総曲輪庵がいる。 


「さて、ついに決着ですね」


「ああ。楽しみだな」


 俺と白之は顔を見合わせることなく、そう呟く。

 共に、その目はまっすぐ、会議室のスクリーンに向いている。


「僕が勝ったら、ソードさんは返しませんよ?」


 白之がそう小さく耳打ちしてくる。


「そういう薬草だからな」


 俺も小さくそう返す。そして、


『お待たせいたしました! それではこれより、四十物書房発、〈ファンタジー作家の現代恋愛事情〉企画の結果発表に移りたいと思います!』


 司会の女性がそう宣言し、結果発表がはじまった。

 10位から順に、一人ずつ、ペンネームと作品名が読み上げられ、スクリーンにはそれらが順に下から表示されていく。


  4位 46101点 「どうしても言わKnight」オンタイム蛙先生

  5位 45901点 「パラディン系女子の恋愛事情」カマキリ龍一先生

  6位 43917点 「失われた聖剣」荒野城先生

  7位 42314点 「Underground」deep藤岡先生

  8位 39921点 「二つの世界が交わるとき」錯乱棒先生

  9位 38753点 「出会い系で魔法使いと出会った話」ランチパックイーター先生

 10位 25629点 「‪元勇者のお兄ちゃんが異世界で魔王になって戻ってきたと思ったら料理対決を挑んできたんだけど!?」物分夜過先生


 残るは、俺と、白之と、シャルドネさんだ。

 俺は、祈るように司会の言葉を待った。

 白之も、顔には出さないものの拳は強く握り締められている。

 そして、司会の口が開き、3位が読み上げられる。


『第3位! 一気に上がって58712点で……! これっ! 「魔法は誰も幸せにしないと思っていた」 白之絵巻 先生――!』


 パッと、白之のスポットライトが当たる。3位からはこんな演出があるらしい。

 その瞬間、白之は握っていた拳をひときわ強く握り締め、そして、ゆっくりと開いた。

 

「はは……届かない、か……。これで、総曲輪さんにもう一度筆を取ってもらうことも、もう……」


「どうかな?」


 そう俺が小さく呟き、「え?」と白之が俺に顔を向けたところで、2位の発表が始まる。


『第2位は 59214点――3位と物凄く僅差ですね!』


 ドラムロールが始まる。


『同時に、第1位も発表となります! 1位の点数はなんと、64827点! 6万点台は、ほぼ全員から万点近い評価を得なければ達成できませんでした!』


 ドラムロールが徐々に小さくなっていく。


「シエロ先生、おめでとう」


 白之がそう俺に向けて呟くが、


「いや、違うな」


「え?」


『第2位は「女騎士が俺のファンタジー小説を監修してくれるらしい。」 シエロ 先生――!』


「なっ……!?」


 白之は、驚きと共に俺の顔を見る。


「ど、どうして!? あの作品を超えるなんて、誰が……」


『と、いうことはー!? そう! 第1位、最優秀賞の栄光に輝いたのは、「大魔道師が小説家になるまで」で、シャルドネ先生です!! おめでとうございます!!』


 そしてスポットライトが当たったのは、俺たちの隣でずっと黙していた女性。

 つまり、総曲輪庵だった。

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