来ちゃった☆
「……来た!」
総曲輪に原稿を提出してから一週間後。
四十物書房の公式サイトに設けられた特撮ページに、ついに、満を持して、短編企画の作品が揃って公開された。
企画参加者は、俺を含めて10名。
そのいずれも、現在、あるいは少し前まで日本のファンタジーを牽引して来たと言える、そうそうたる面子だった。が、一人だけ、名前に見覚えの無い人もいる。
この人が、総曲輪さんの言っていた特別枠なのだろうか?
……まあ、一旦それは置いておこう。
今回の企画における評価基準は、採点用アカウントを取得した読者による10段階での採点方式。
その合計が最も高い作品が、優勝となる。(ちなみにユーザー登録時には、不正な複数アカウント所持を避けるため、厳格な本人確認を行っている。そのため若干参入障壁は高めだ。それでも、5千を超える採点アカウントが作成されたそうだが)
ここからは、リアルタイムで評価が反映されていく。
とはいえ、採点期間は二週間。それをずっと張り付いて見ていたのでは、流石に身体がもたない。
それに、わざわざ評価をみなくても、読んでしまえば大方の結果は想像がつくはずだ。
俺は恐るおそる、白之絵巻の作品〈魔法は誰も幸せにしないと思っていた〉を、読み始める――。
* * *
「いらっしゃいま――って、ええっ!?」
「おおーっす。久しぶりだな宇奈月くん」
サングラスにアロハシャツに短パンにサンダル。肌は黒く焼けていて、いかにもバカンス帰りという出で立ちの男。
体つきもがっしりしていて若く見えるが、その実60がらみの立派な初老である。
がははと豪快に笑う偉丈夫はそのままカウンター内に進入し、椅子に腰を下ろす。
その様子をみて、私はため息とともに尋ねる。
「今度はどこへ行かれてたんですか、店長」
そう。このパーティーピーポー然とした男こそ、何を隠そうここ黒部書店の主。黒部重蔵その人だった。
「今回はそんなに遠くなくてね」
さほど興味があったわけではないものの、この人が旅行から帰ってきたらどこへ行っていたのかをきちんと確認するのが、この店に勤める書店員のルールとなっている。……昔、南米に行った帰りに現地の厄介な熱病を持ち込みかけたという前科があるからだ。
とはいえ、今回はまだわかりやすい。どうせ風体的には、沖縄やハワイあたり――
「エジプトだよ」
いやなんで!?
「エジプト帰りにどうしてサングラスにアロハシャツに短パンにサンダルなんですか!?」
普通に遠いし!
「いろいろあってなあ」
何がどういろいろあればそうなるのかはもう追求しないでおく。
まともな思考回路を持ち合わせていない人だとわかってはいたが、久しぶりにあうとやはりあまりの変人さについていけなくなる。
――この人は本好きが高じてこの書店を立ち上げただけでなく、世界の様々な書物を求めて急に旅に出てしまう、重度の蒐集家なのだ。そのおかげで、ずいぶん昔に奥さんにも愛想をつかされて逃げられてしまったらしい。いや、それは逃げるよ。
で。そんな人がいきなり戻ってきたということは、
「どうして戻ってきたんです?」
何か理由があるはず。
”理由があるときだけ出かける”ではなく、”理由があるときだけ戻ってくる”というのがこの人なのだ。
「まあ、甥っ子が頑張ってる……というか暴走してるみたいだからな。結果くらいは見届けてやんねえと」
そういって彼はスマホを操作し、あるサイトの、ある小説を見せてくる。
「これ、オレの甥っ子なんだわ」
「え……?」
それは、四十物書房の短編企画特設サイト。
白之絵巻の書き下ろした短編だった。
私は仕事中であることも忘れ、思わず叫んでいた。
「店長が、白之さんの叔父さん!?」
そしてそのページの評価数は、恐ろしいスピードで数を増やしていた。
* * *
「はは、あははははは!」
四十物書房の特設ページ。そこに掲載された自分の小説。その評価欄をみて、白之は笑っていた。
白之の小説は、後悔からわずか2時間足らずで、他の作品の評価数の倍近いスピード得点を得ていた。
「あはははは! どうだシエロ先生! 僕のやり方は、間違ってなんかいない! 君の才能なんてこんなものだ! これで総曲輪さんだって――」
そこに、一人の女性の声が割り込む。
「本当に、そうお思いですか?」
その澄んだソプラノは、ここ2ヶ月間ずっと白之の世話をしてくれた女性の声だ。だがその声には、いつもの従順さは感じられない。この間も少しばかり取り乱したときに反駁の色を見せたが、そのとき意外は常に、彼女は白之に従順だった。
何故なら彼女は、白之のことを、彼女の探し人である〈大魔導師シエロ〉だと勘違いしているはずだからだ。
基本的に彼女は白之に、逆らうことなどできないはずなのだ。
だから、このタイミングでのその言葉に、白之は珍しく苛立ちを覚えた。
「どういうことかな?」
いつもは努めて演じている軽薄な口調が崩れ、険のあるトーンになってしまう。
だが彼女はそんな白之の様子に動じることもなく、
「本当に、江口先生の才能があなたの付け焼刃の策に劣ると、そうお思いですかと問うているのです」
淡々と、そう口にする。その分かった風な物言いがどうにも癪に障って、白之は自然と声を荒げていた。
「そんなもの、この数字をみれば明らかだろう! 僕の作品の方が、倍近いスピードで評価されている! これ以上に分かりやすい結果なんてあるのか!?」
しかしソードは一歩も引かない。
「よくご覧になってください。確かに、あなたの作品の評価数の伸びは著しい。しかしそれは、あなたが弄した策によって、全ての作品の中からあなたの作品を最初に読むユーザーが多いというだけです。そして、評価人数ではなく、評価点の平均をみてください」
「は?」
白之はしぶしぶ、その解析データに目をやる。すると。
「なっ……」
白之は驚きを隠せなかった。
そのデータにおいては白之の作品は他の作品に対してリードを奪えてはおらず、そればかりか、江口の作品を下回ってすらいたのだ。
「しかも、今回の採点は、読んだ順番によって点数の偏りが極力生まれないよう、《《点数の入れなおし》》が許可されています。……つまり、これから外の作品を読んだ人たちがもし、既に白之先生の作品へ入れた高得点を改めなければならないと感じるほど、面白いと思ったとしたら……」
減点だってあり得るのですよ? そう、ソードは告げる。
「そんなこと、あるはずが……」
白之は必死に否定材料を探そうとする。だが。よくよくみればみるほど、彼女の言を肯定するように、白之の作品の評価はただ伸び続けるだけではなく、その数を減らすことがあることに気づかされる。それも、決して無視できない頻度で、だ。
「な、なぜ……。なぜだ! 江口先生と僕とで、一体何が違う!? 技術の差だって、そんなに遜色ないはずだ。展開だって、今回の作品は絶対に負けてはいないはず……!」
ソードはようやく少し表情を緩め、諭すように言った。
「江口先生の元にお世話になっていたとき、先生は仰っていました。同程度の技術をもった物同士の作品ならば、より書くことを楽しむことが出来ている作品の方が、十中八九面白い――と」
ソードは白之に、そのまっすぐな目を向けて続ける。
「シエロ導師……いいえ、白之先生。あなたは今回、書くことを楽しめていましたか――?」
「――っ!!」
その問いに、白之はついに言葉を失う。
「江口先生の作品、読んでみてください。あなたと江口さんとで何が違うのか、あなたにならきっと分かります」
白之は、震える手でマウスを操作し、江口の作品を読み始めた。
最初はゆっくりと、何かを確かめるようにページをめくっていた。
だが、徐々にそのページをめくるスピードはあがっていく。
もう、確かめるまでもないのだろう。今はただ先を読みたいという欲求だけが、その手を動かしている。
そして彼は、最後のページを読み終えた。
ページに、評価欄が現れる。
「これは、酷だよ。こんなもの……、分かりきってるじゃないか……」
彼はそう言って、震える手で、星を10個分。
江口の作品に、最高点を投じた。
そして、ソードに振り向き、言った。
「すまないソードたん。君に、教えて欲しいことがある」
* * *
「うん。面白い」
(やっぱり、才能あるなあ……)
そう思わずにはいられない。だが同時に、
「けど……」
(多分、俺の作品の方が、面白い――)
俺は、白之の作品を読んで、そう結論付けた。
あとは、話題性に釣られて白之の作品を読みに来たユーザーの表をどれだけかっさらえるかが勝負の鍵になるのだが……。
「やっぱさすがに、そこまでは厳しい気がしてきた……かも」
多分、どちらが面白いかといわれれば、俺の作品の方がちょっとだけ面白い。気がする。
しかしそれは、どうシミュレーションしてみても、白之が策を高じて得ているアドバンテージを覆すにはあと一押し足りないというイメージなのだ。
(あとは他の作家さんたちの作品が白之の作品から表を奪ってくれることを期待するしかないんだけど……)
しかしそれも、あまり期待できることではなかった。作品の質どうこうではなく、作風がもろかぶりする俺とは違い、単純に作風やテーマがあまり似ていないため、一度白之に入れた点を見直そうという気持ちにさせ辛いのだ。
だが、1作だけ……。
(この作品は、なんとなくかぶってるような……)
それは、唯一俺が名前を知らなかった参加者。
ペンネームは、〈シャルドネ〉。ワイン好きなのかもしれない。
やはり、見覚えのない名前だ。だがその作品名には、どうにもひっかかるものがあった。
そして冒頭から少し読み進めてみると、
(なあっ!? こ、これは……!)
知名度がないからだろう、評価量自体はまだ一番低い。
だが、そのクオリティは、冒頭だけで相当ハイレベルだと確信できるほどだった。
そしてその内容。となるとやはり、このタイトルも……。
つまり、この作品の作者は――
とそこで、ピン、ポーンという壊れかけのインターホンの音が我が家に響き渡る。
ものすごいデジャヴ感だ。どうせまたあえかだろうと思いカメラも確認せずに「あえか、お前いつもタイミングが――」と玄関の扉を開けると、そこには、
「って、えええ!?」
「ご無沙汰、してます……シエロ先生」
多分、走ってきたのだろう。
もう11月だというのに汗だくになり、肩で息をしつつ、横ピースを決める白之絵巻がいた。
「き……、来ちゃった☆」
いや……、お前かーーーーい!!!!




