ドラゴンの描写が甘いです!
『シエロ先生、この度は審査員特別賞の受賞おめでとうございます!』
はじめて担当編集に会った時のこの”先生”扱いが、若い身空の俺を狂わせた——。
高校時代。若さに任せて勢いで書いた王道ファンタジー小説〈魔法使いと騎士の娘〉がライトノベル新人賞の審査員特別賞を受賞し、作家デビュー。それから同作品がシリーズ化され、俺は受験勉強もそこそこに、その作品の執筆に青春を捧げ、はなはだ勤しみ、そして死ぬ程苦しんだ。
その後、高校卒業後上京し、一度は大学へ進学したものの、迫り来る締切を乗り切る為に夏期休講明けの一週間の講義を欠席した二年目の夏、あることに思い至った。
(別に、大学を卒業する必要ってなくないか? だって、別に大学を卒業しようがしまいが、このまま作家で一生食べていくんじゃないか)
こうして、俺は大学を中退し、ライトノベル作家としてその身を一生奉じる覚悟を決めた。
そして俺はその後ヒット作を次々に生み出し、そのどれもがアニメ化をはじめ様々なメディアとミックスされ、順風満帆な作家人生を謳歌して——
(——あ、これ、夢だ——)
俺はここで、この独白による回想が夢だと気付いた。
だって、あり得ないから。
ヒット作連発、アニメ化、順風満帆な作家生活——そのどれもが、今の俺には全く以て縁遠い話しでしかない。
——大学中退までは概ね正しい。
だがその後は、正しくはこうだ。
俺のファンタジー小説はデビュー作こそそこそこの人気を博したが、高校卒業と共にその作品は完結し、大学入学と同時に立ち上げた第二作目のシリーズの売れ行きは控えめに言っても芳しくなかった。そして大学中退後、その傾向は更に強くなり、作風がもろかぶりする新進気鋭の若手ファンタジーノベル作家の登場が最後のとどめとなって、俺の第二作目は予定を早めてのシリーズ打ち切りとなった。
そして、このままではまずいと急遽次回作を書き始めて担当編集に持っていくが、ことごとく却下。
『先生、率直に申し上げますが、小手先の技術を磨くうちに、デビュー当時にあった瑞々しいまでのファンタジーの世界観を描く力がどんどん衰えていっているの、自覚してます——?』とは、最後に会ったときの担当編集の言だ。
俺はその言葉に衝撃を受け、自分の作品を読み直し、そしてようやく自覚した。
俺の最近のファンタジーは、多少文章の粗さが目立っても、多少設定に無理があってもオリジナリティに溢れ良い意味での王道を突っ走っていた初期作品と比較し、マンネリ化、もっといえば、悪い意味での王道を突っ走る、ただの既存作品の習作に成り下がっていた。
事ここに至って、俺の作家生活はもはや、風前の灯だった——。
(何が、ライトノベル作家としてその身を一生奉じる覚悟、だ)
あんなもの、今思えばあれは”覚悟”でもなんでもなく、ただの博打で、そしてただの逃げだった。もともと努力とかそういうの、苦手だったし。普通に生きるのなんて、まっぴらだし。たまたまヒットした小説というこの土壌でなら——好きなことを仕事にして、そして稼いでいけるなら——そんな軽い考えだった。
だが現実は、そして生きるとは、そんなに甘いものではなかった。
作家としての活動が途絶え、俺は我に返った。
(作家で食べていくのって、少なくとも俺には、無理なんじゃないか?)
遅まきながら理解して、俺はやむを得ず就職活動を行った。
兼業作家になって、安定した生活基盤のもと、小説は趣味程度に書いていければ——。
だが、大学を中退し、その後社会的には幾ばくかの空白期間を経ている俺の就職活動は、困難を極めた。
しかし、生活はまってくれない。
新作を書けないまま貯金を切り崩す生活に恐怖を覚え、俺はついに就職活動を一時中断し、近くの書店でアルバイトをはじめたのだった——。
ここまで自分の人生を振り返ったところで、夢の中の世界は泡沫となって消えていく。
ああ、最後にもう一つ、最も重要かつ重大な出来事を振り返っていないのに……。
上京し、デビュー時の印税で一括購入した土地と中古のマイホーム。
ずっと一人暮らしだった俺の家には今——
* * *
「——さい——きなさい! ……起きてください!」
そんな声で目が覚める。綺麗なソプラノだ。起き抜けで霞む目をこすり、世界の輪郭を獲得する。すると、眼前には、薄暗い部屋の中俺の顔を覗き込むようにする少女の御尊顔があった。意志の強そうな大きな目。綺麗な鼻梁。小ぶりな唇。大部分が背中に流された濃紺色の長い髪が一房だけ顔の横から垂れていて、少女はそれを耳にかけながら言った。
「朝の祈りの時間ですよ」
なんとも艶かしいその仕草に一瞬見惚れ、何度きいても現実感の無いその言葉に、どこか俺の知らないところに来てしまったのではという錯覚に陥る。が、ここは紛れも無い、東京都東久留米市にある俺の家だ。と、天井に貼ってあるポスターをみて確信する。
彼女がこの部屋に住み着いてから、もう一週間だ。それから俺は毎朝こうして、朝の五時ぴったりに起されている。
「あ、あの、いつも思うんだけど、それ、俺もやる必要ある?」
そういう俺を、彼女は心外そうに見返す。
「当たり前です! 我々は日々、女神アリューレによって守護され、生かされているのですよ。それは世界を異にする今でも変わらない事実であり、そしてそれは〈大魔術師〉たるあなたにとっても同じこと。それに対し祈りを通じて感謝を伝えることのどこに疑念の余地がありますか」
憤慨した様子の彼女に、俺は「は、はあ……すみません……」と気圧されつつ、不承不承ベッドから降りる。そんな俺の様子を見て「まったく……」と彼女は部屋の真ん中に膝を折って座り、「さあ、導師も」と自らに倣うよう促してくる。
そして俺が隣に同じように座ったのをみて満足そうに、彼女は祈り始める。
「この異世界に召喚された身である私たちにも、どうか光のご加護を——」
俺たちの目の前の、壁一面に描かれた〈魔方陣〉に向かって。
* * *
「ごちそうさまでした」
「おそまつさまでした、シエロ導師」
テーブルを挟んで彼女はそう微笑んで、食器類を持って片付けに入る。
……もちろん俺は魔法使いでもなければ魔術師でもない。ましてや大魔導士など、おこがましいにも程がある。地球生まれ地球育ち。なんなら日本から出たことすら無い。俺はただの、絶賛人生路頭に迷い中の売れないファンタジーライトノベル作家だ。
だが彼女は、なんやかんやあって俺のことを大魔導士だと思っている。今だって、
「やはりこの、ボタンを押すだけで火の出る魔道具はいつみても素晴らしい……食材を保管するのに使うこの冷気を放つ箱もそうです……」
と溜め息を漏らし、
「そしてその全てが魔力の流れを一切感じさせないというのがすごい……やはり導師は天才です」
エプロン装備でてきぱきと朝食の後片付けをしつつ、こんな風に、文明の利器たちを俺が手ずからつくりあげた魔道具だと思って感嘆している。
「私のかつて所属していた騎士団の詰め所にこれらがあれば、わざわざ魔法使いを常駐させておく必要もなかったというのに……」
そう過去に想いを馳せる彼女を見て、俺は冷や汗を流しながら、(まあ、こうなっているのも、全部俺のせいなんだよな)と独りごちる。
と、いうのも――
「さて、では、今日もはじめましょうか。……導師の書く――」
――ファンタジー小説の、監修を!
俺は、彼女、〈女騎士〉ソード・スラッシュ・マスターソンを、適当に描いた魔方陣で、この2018年の日本に偶然召喚してしまった。
そして俺、〈シエロ〉こと江口耕介は、そんな異世界事情に明るい彼女を――
「まず、このドラゴンの描写ですが……ドラゴンはもっと、えっちな目をしています」
「どういうこと!? ……じゃなくて、そうだっけ!?」
……自らのファンタジー小説の監修の為に、利用している。
マイペーススローペースな更新になるとは思いますが、
お付き合いいただける方、よろしくお願い致します。