時間停止魔法は最弱ですよ?
(ようやく第2章……ここまでは止まらず来れたんだけどなあ……)
白之絵巻に宣戦布告をし、総曲輪に勝利を願われたあの日からこっち、俺はひたすらに、企画用の小説、「女騎士が俺のファンタジー小説を監修してくれるらしい」を書き続けた。
総曲輪に企画書を提出した段階でプロットはほぼ完成していたし、何せ時間だけはある。1週間程たった頃には、2章を書き始める段階にまで筆を進めていた。
だが、この2章が難物だった。
異世界から偶然にも女騎士を召喚してしまった主人公は、女騎士に自身の小説の監修を願う。
しかし女騎士は大魔道士を探すという自身の使命を優先しなければならないと言って一度は去っていく。
半年後、主人公は近所のスーパーでパートとして働く女騎士を偶然にも見つける。聞けば未だに女騎士は大魔道士を見つけ出すことができておらず、そのヒントすらも掴めていなかった。そこに、主人公はある提案をする。
「俺の小説にキミのもといた世界のネタを詰め込んで、人気が出ていろいろな人に読まれたなら、もしかすると大魔道士の方からコンタクトをとってくれるんじゃないか?」
女騎士は最後の希望としてその提案にのって、主人公の小説の監修を引き受ける。
ここまでが第1章。
第2章では実際に監修を進め、女騎士のもといた世界の世界観を伝えつつ、3章に明かされる大魔道士の正体、そして大魔道士と女騎士の秘密に関する複線を張ってをいくのだが……ここがいかんせん難しい。
ソードがいた一週間。いろいろなことを聞いたものの、その中でも使えそうなネタをピックアップして、作中の主人公が描くファンタジー小説のストーリーに落とし込む作業が、思っていた以上に難しいのだ。作中の主人公の描くファンタジー小説にも魅力がなければならないし、そのストーリーにある程度生かすことのできそうな内容でなければならないからだ。
(うーん……いっそのこと、小説への落とし込みの描写は最低限にして、テンポ重視で会話劇だけにするか……)
思わず弱気になるが、
(いやいやいや、だめだだめだ)
首を横に振りつつ、こんなところで妥協していたので到底白之には勝てないだろうと思い直す。
(まずは、あの一週間のソードとのやりとりをもう一度一から思い返して使えそうなネタを探していこう)
俺はそうして、ソードが俺の小説を読みつつ貼ってくれた付箋を見ながら、あの一週間に思いを馳せた。
* * *
「時を止める魔法が最上位魔法として描かれていますね」
監修初日。
早速俺の小説を読んでいたソードが、濃紺色の長い髪を耳にかけつつそう呟く。
「え、違うの?」
まるでそうではないというような口ぶりのソードに、俺は首を傾げつつ続ける。
「時を止めるなんてどう考えても最上位クラスの魔法じゃないの? 無敵じゃん。やりたい放題じゃん」
時間を止めるなどという、世界の理を冒涜するような魔法がそんなにお手軽であっていいはずがない。俺TUEEEものであっても、時間停止まで許している作品は多くない。それだってひとえに、そんなことができたらチートすぎるじゃん! という発想からに他ならないだろう。
しかし、俺のそんな想像とは裏腹に、返ってきたのは思いもよらない答えだった。
「もちろん応用的なものになると別ですが、時間停止魔法自体は下位魔法に位置します」
「え、じゃあみんな時間を止め放題ってこと!?」
驚きに身を固くする俺、しかしソードは事も無げに首肯する。
「そうですね」
(まじかよ……人類皆チートかよ……)
ソードがいた世界は俺が思っているよりもずっとやばい世界なのかもしれない。
そう身体を震わす俺に、彼女はこう続けた。
「ただし、実際にその魔法を使う人はいません」
「……え?」
思いがけない言葉に、思考が固まる。
なぜだ。なんでそんな便利な魔法、誰も使わないんだ。
ありうるとすれば、
「ものすごい量の魔力を消費する、とか……?」
「いいえ、そうではないですね」
違うらしい。
まあ、それじゃあ下位魔法という位置づけはおかしいだろうから、そうだよな。
だが、それ以外の理由は思い至らない。
「じゃ、じゃあ、その心は?」
混乱しつつそう問う俺に、ソードは更に追い討ちをかける。
「|自身以外の全ての時間が停止する《・・・・・・・・・・・・・・・》ので、身体も動かせなくなりますし、呼吸もできなくなります」
「ええええ!?」
思わず叫ぶ。
「厳密には衣類を全て脱いでおけば動けないこともないですが、無理に動こうとすると、空気中にただよう微細な塵などが身体を貫いて蜂の巣状態になります」
「こわっ!?」
そして何その不便さ!?
「その危険性とは裏腹に習得や使用が簡単に行える魔法ゆえに、魔法学校ではいの一番にこの魔法の危険性についての授業を行い、注意を促すとか」
「賢明だな……」
「できることといえば息が続く限り思考を巡らせるくらいですが……それほどのリスクを犯してまですることではないですよね」
「自分も満足に動けないんじゃあ、例えば回避とかに使うことも難しいだろうしな……」
「そうですね。それに、光の進行も止まっているので目も見えませんし」
「まじかよ」
もう不便さしかない。
「まじです。ですから、動けば裸で塵に風穴を穿たれてしまうことを抜きにしても、回避には向かないでしょう」
「だめだめじゃねえか!」
不便さの塊だ。
「時間停止魔法は、下位魔法にして最も役に立たず、最も危険な魔法として知られています」
「打倒な評価だな……」
「ですから、私からするとこの辺りの描写には違和感を覚えますね」
ソードはそう言って、俺の新作が書かれた用紙に付箋をはった。
それを見て、俺は逡巡する。
確かにソードのいた世界ではそうなのかもしれない。しかし、どうなんだ。それは果たして、現代におけるファンタジーに求められる設定といえるのか? 読者に受け入れられるのか?
いや、だがしかし、現時点で俺の作品が記号的でありきたりな設定ばかりになっているのは事実。かつての感覚をとり戻し、ファンタジーノベル作家として再起すると誓ったのだから、これくらい思い切った設定をこそ採用すべきなのかもしれない――。
……こうなれば、乗りかかった船だ。
ソードの語る内容がどれだけ突飛でも、俺は潔く受け入れ、できる限り小説へ生かすことにしよう。
そうすることで見えてくる世界もきっとあるはずだ。……はずだが……。
「……修正します……」
誰もが憧れるであろう時間停止魔法の思わぬ実情を知ってしまった俺は、
(ドラゴンのことといい、なんだか残念な情報ばかり増えていく気がする……)
まるで「やっぱりニュートリノが光の速度を越えることはありませんでした!」という検証結果を知ったときのように愕然とうなだれつつ、粛々と修正作業に入るのだった。




