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筋金入りの変態です

『白之先生も私の担当なので、お二人が顔を合わせる場は私がセッティングします。日時や場所は追ってご連絡しますので、今日はここまでで』


 総曲輪はあのあとこう告げて、解散となった。


 帰りのタクシー代も経費扱いにしてくれるとのことだったが、恐らく彼女は自腹で負担するつもりだろう。強いてそこに触れることはしなかったが、なんとなく申し訳ない気持ちになる。

 が、そんなことに意識を割く余力などない。


 彼女は、俺にこのまま大魔法使いシエロのふりをし続けて欲しいと——そして、白之絵巻を破ってソードを取り戻して欲しいと言った。その理由まではその場では語られなかったが、彼女の表情に陰り……というか、なんとなく気まずそうな雰囲気が垣間見えたのは、気のせいではなかったと思う。


 ……彼女が異世界人であるということをどれほどの人間が把握しているのかは知らないが、彼女の振る舞いから察するに、恐らくそのことは努めて隠しているのだろうと思う。召喚の瞬間という言い訳のできない状態で出会ってしまった二人を除いて、そのことを知る者はいなかったのではないだろうか。

 そしてそこに、つい先刻、恐らくは初めて自発的に正体を明かした相手として、俺が加わったわけだ。


 彼女にとっては色々と乗り越えるべき障壁があったうえでの告白だったであろうし、さしもの大魔導士にも、あの場ですぐに言葉にすることが憚られるような事情の一つや二つあったとておかしくないだろう。

 そこは俺が、おとなしくその心情を汲んでおくべきところだった。

 それに、俺がタクシーに乗り込む際、彼女はこう言った。


『あ。送って頂いた企画書、読みました。なんというか、ただのソードさんへの大掛かりなラブレターになりそうな予感もしますが……それでも、面白かったです。あの方向性でいきましょう。先生、運がいいですよ』


 ひとまず、今日はこのまま帰る。

 彼女の意図はどうあれ、俺のやることは変わらない。

 俺は、俺とソードをモデルにした小説ラブレターを書く。


 * * *


 とはいえ、既に一週間も急なシフトチェンジを通してもらってバイトを休んでいた。

 そろそろ出ておかないと本格的に首を切られそうだったので、翌日からの日中は普通に出勤し、いちプロレタリアートとして勤労に励んだ。


 そしてバイト再会から3日。その日は偶然、あえかとシフトがぴったり重なっていた。

 当然、バイト中も心配そうな眼差しを向けられていて、業務後、店から出てさて帰ろうとしていたところで後ろ手に声をかけられた。


「シエロせーんせ」


「人目のある所でペンネーム呼びはやめなさい。痛い子だと思われるだろうが」


「やだなあ。ラノベ作家なんてみんな痛い子ですよお」


「やめなさい!!」


 さらりととんでもないことを口走る女だ。全国のラノベ作家に謝れ。


「あはは〜。冗談はさておき、その後、どうですか?」


 その後とはつまり、ソードが白之絵巻についていった後、ということだろう。

 俺はあの後総曲輪に、一人俺の協力者とも呼べる人物がいて、既にソードが異世界人であることを知っているから、総曲輪さんとのやりとりについてもある程度共有してもよいか確認し、了承をえていた。もちろん、総曲輪が本物の大魔導士シエロであることも含めてだ。


「マックでも寄ろうか」


 * * *


「えええっ!? 白之絵巻先生は本当は大魔導士じゃないんですか!?」


 テーブルを挟んで前屈みに顔を近づけてくる。


「声が大きい大きい!」


 ついでに胸も大きい。


 あえかは「す、すみません」と腰を落ち着かせ、ため息と共に続ける。


「で……そのうえ江口さんの担当編集さんが本物の大魔導士で、白之先生を負かして、ソードさんを奪い返してそのまま大魔導士として振る舞ってくれ、ですか。もうなにがなんだか……超展開すぎてついていけないんですけど」


「いや、それは俺もだから安心してくれ」


「まあ、でしょうね……心中お察しします」


 それで……と、あえかが俺にまっすぐ目を向ける。


「白之先生に勝つ算段はあるんですか? そもそも、彼に勝ったとして、ソードさんは戻って来るんですか?」


(まあ、そう思うよな)


 方や二作目打ち切り以降鳴かず飛ばずの売れない作家。

 方やファンタジー界における新進気鋭の大人気作家。

 その勝敗など火を見るより明らかで、今、ファンタジー作品における俺の実力が白之絵巻の後塵を拝しているのは、忸怩たる想いもあれど認めなければならない事実だろう。


 だが、それはあくまでハイ・ファンタジーにおける話しだ。


 タクシーに乗り込む前、総曲輪が言った『運がいいですよ』という言葉の意味を、俺は今朝発表された”ファンタジーノベル作家が短編小説を寄稿して競い合う企画”のテーマを見て理解した。


「もちろん、勝てるかどうかなんてわからない。だが、今回催される企画〈ファンタジー作家の現代恋愛事情〉のテーマは、”ファンタジー要素を生かした現代での恋愛”だ。ハイファンタジーよりは、まだ勝機もあるんじゃないかと思ってる」


 あえかの顔が少し明るくなる。


「なるほど……さきほどの話しからすると、白之先生は大魔導士さんから聞いた向こうの世界のことを元にハイ・ファンタジーを書いているんでしたしね。確かに、それ以外のジャンルとなれば、そのアドバンテージは生かしづらいかも……!」


「そういうこと」


 頷く俺に、あえかはまた表情を少し険しくする。


「それじゃあ、二つ目は……?」


「白之絵巻に勝ったとして、それでソードが帰ってくるのか、だな」


「はい。別に勝負の勝敗は、ソードさんが彼の元に行ってしまった理由の解決にはならないんじゃないですか?」


 確かに、あえかの言う通り、ソードが彼の元へ行ってしまったのは彼のことを本物の大魔導士シエロであると確信したゆえのことだろうし、俺が彼に勝った所で、ソードが戻ってくる理由にはならない。

 だが——


「そこは、今日の話し合いで決めてくるつもりだ」


 * * *


 同日。夜の帳も降りて久しい、そんな時間。

 総曲輪が経営しているという喫茶店に、俺と総曲輪、そして白之絵巻が一堂に会していた。


「お二人とも、今日は来てくれてありがとう御座います」


「いやあー総曲輪サンのお誘いとあらば、どこへでも馳せ参じますよ。二人きりじゃないのが残念でしたが」


 白之は俺のことを一瞥し、


「この間、ソードちゃんと一緒にいた人ですよね? あなたがどうしてここに?」


 と問う。

 俺は彼のソードに対する気安い呼び方にえもいえぬいらだちを感じつつ、一つ深呼吸をしてこう返した。


「次の〈ファンタジー作家の現代恋愛事情〉企画で俺と勝負してくれ。そして、俺が勝ったら、ソードを返してもらう。そして勝った方が、本物の大魔導士シエロを名乗ることが出来る」


「おっと、いきなりですね……あなたが負けたら? 僕にメリットはあるんですか?」


「俺が負ければ、俺はもう二度と君の前には現れないし、ソードのこと、そして君が大魔導士シエロを騙っていることについて、一切口出ししない。君にとっても、目の上のたんこぶが消えてスッキリするんじゃないか?」


 白之は少しの逡巡ののち、口を開いた。


「なるほど……。まあ、確かにあなたという不安要素を排除できるのであれば、僕にとっても悪くない話しですかねえ……わかりました。乗りましょう」


「お、おお、ありがとう」


 意外と話しの分かる奴だ。少々鼻につく所もあるが、初めてあった時も、今も、基本的には物腰柔らかな好青年だ。ソードは彼と一緒にいた方が幸せなのではないか、という卑屈な感情が一瞬脳裏を掠めるが、そんな俺の表情をみて、総曲輪は首を横に振っていた。

 その理由は、すぐに明らかになる。


「いやあ、しかし、ソードちゃん——いや、ソードたんを失うわけにはいかないですし、これは少々気合いを入れないといけませんね……せっかくソードたんにはこの世界の正装だと言い張って常にスク水着用で僕の身の回りのお世話をしてもらってるんですからねえ」


「な——!?」


「お風呂にはソードちゃんに先に入ってもらってるし、洗濯物は僕がやってるんですよ? こんな幸せな生活、手放すわけにはいかない……!」


「うええ……」


 どん引きする俺に、総曲輪はため息と共に告げた。


「先生、残念ですが、何も遠慮する必要はありません。白之絵巻……いえ、このゴミは、筋金入りの変態です」

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