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君を埋める場所  作者: 珠久千那
1/7

1 研究都市


***

 「死んだ人が辿り着く場所は、どこだと思う」


 音が聴こえてきた方向に意識を傾ける。目の前にあるヒトの輪郭を纏った影から発せられたものであるようだ。穏やかに流れている風に対して何の抵抗もなく揺らめいている長髪が、この人が女性であることを教えてくれる。


 しかし、その顔立ちははっきりしない。自分と相手との間を薄い膜で遮られているような、そんな感覚。ここはどこだ、とぼんやりとした頭で思考している間に、自分の口が勝手に言葉を紡ぐ。


 「さあな。まだ死んだことないし。」


 自らの脳で言葉を選択する間もなかった。無意識に喉を通過していった言葉に驚きはしたが、違和感はない。なぜだかこの空気に懐かしさを覚える。


 ああ、そうだ。この風景を俺は知っている。全く同じ会話をしたことがあった。夢の中ではなく、現実で。


 脳の片隅に貯蓄されていた情報が、全身に広がっていくのを感じる。過去の記憶が呼び覚まされていくのに順じて、相手の顔にかかっていた靄のようなものが晴れてきた。露になった顔は、見知った少女のものだ。


 「そうね。でも、今の問いを投げかけられた時、ほとんどの人間は死後の世界の概念を口にする。今生きている人間のなかで、死を経験したことのある者はただの一人もいないはずなのに」



 『サクラ』はいつでも対話を望んでいた。いつも彼女の言葉から、俺たちの対話は始まった。

 相手に投げかけた問いの返事を待つときの彼女の瞳は、何とも言えない輝きを孕んでいて。その輝きに飽和されてしまいたい気持ちと、取りこまれて存在自体を消されてしまうのではないかという恐怖の狭間で揺れ動いていたことを思い出す。


 「誰にも知りえない事だからこそじゃないのか。人間ってのは、どうにもできない物事を自分が創造するものに置き換えることが得意な生き物じゃないか。」


 彼女は微笑みの中に哀しみを内包した表情のまま、こっちに手を伸ばしてくる。簡単に折れてしまいそうなほど細く、繊細な指。頬にまで届くと、あまりにも冷たい感覚に驚いて、一瞬息を止めてしまった。そんな俺を気にすることもなく、彼女は再び言葉を紡ぐ。


 「確かにそうかもしれない。私はね、その根本を変えたい。人が死なないセカイを創りたい。死んだ後の世界とかいう抽象的なものを、誰も口にすることがないように・・・」










 たった今見ていた景色が、突然見慣れた天井へと入れ替わった。カーテンの隙間から延びてきている光が、顔に掛かって煩わしい。眩しさから逃避するために寝返りを打とうとしたが、耳に着用するタイプの体外型睡眠用デバイスが邪魔をする。


 目を覚ましてすぐの何とも言えない微睡の時間を堪能していたかったというのに。デバイスを外し、枕元へと適当に放り投げる。


 目を閉じていても瞼の裏まで浸透してくる光に、そろそろ観念しなくてはならない。腹に力をいれて、勢いよく上半身を起こす。脳に血液が巡っていく時の何とも言い難い感覚が生じ、目の前が点滅する。


 体内に備え付けられている医療用デバイスが機能し始めていることに気付き、急いで電源をオフにした。

 血圧の変動が大きいことが原因らしいが、わざわざ治療する程のことではない。こんなことで、機械なんかに医療機関への受診を推奨されるのは気分が悪い。

 視界が安定してくると、たった今見ていた仮想の情景が浮かんでくる。


 夢なんて見たのはいつ以来だろうか。デバイスは安眠モードに設定していて、夢を見るための電気信号は脳に送られていなかったはずなのに。

 かなり鮮明で、現実の世界からそう遠くない次元で生じた夢。そんな感じがした。まだ朦朧としている頭を無理やり動かして、時間を確認して気づく。寝坊した。






 玄関の扉を開けた先に現れるのは、網膜を刺激してくる厄介な光と、何の変哲もない普段通りの街並み。

 マンションの三十二階というなかなかの高さにあるこの場所からは、都市を遥か遠くまで見渡せてしまう。ほとんど全てが同じ構造、同じ大きさで構築された建造物。同一構造の群衆を見た時に高い確率で生じる皮膚のざわめきを、今日は感じることはないようだ。


 玄関のすぐ前で常に待ち構えているエレベーターへと乗り込む。ガラス張りの降下する箱が与えてくるのは、先程まで微小な粒に見えていた建造物が、目の前にじわじわと迫ってくる威圧感。


 本物を見せない都市。実際にいま見えているものが、全てまがいものである街。


 『ここではあらゆるものが、人間が幸せに生きるためだけに造られている』。

 医療も、交通も、環境も。視覚から取り入れる情報を住人にとって良いものだけで満たすために、街全体が疑似映像で覆われている社会。親切すぎて、退屈だ。


 この都市からは空虚しか感じない。そんなことを思う俺の方がおかしいのだろうなと理解はしているが、どうしても馴染むことができないでいる。生まれてから今日までの二十三年間、ずっとここで生きているというのに。


 揺れが収まり、透明な扉が左右へと開く。数歩歩いた先にある「クルマ」に近づくと、勝手にドアがスライドして、座席が姿を現す。腰を下ろし、行きたい場所を思い浮かべる。後はもう、到着するまですることはない。脳内からのデバイス信号がクルマへと伝達され、行き先まで自動で連れて行ってくれる。


 普段はこの時間を睡眠に費やすのだが、今日は寝過ぎてしまった。目を閉じて少し経っても、意識を手放すことはできなそうだ。しょうがなく、窓の外へと目を移す。




 ここは「アスタロト」と呼ばれている。かつて「二ホン」という島国の一部であったこの場所は、いまは独立した一つの都市として機能している。アスタロト以外にも七十一の都市が存在し、それ以外の土地は近隣の都市が分割して管理している。


 


 アスタロト内での移動は、人工知能が搭載された全自動の公共交通機関によりスムーズに行われる。ほとんどの道は自動で動き、自らの歩を進める必要もない。クルマを含む乗り物の全てがオートマチックで、事故が起こる心配なく最短での移動が可能となっている。


 都市外ではアスタロトのような高度な交通の整備は行われていない。たまにクルマに似た何かが動いているのを見るが、それは遠い昔の残存物である。人が自らの意志によって乗り物を操作しているのを見ると、とても危なっかしく感じる。




 都市の端まで辿り着くと、アスタロト全体を囲う「見えない壁」が姿を現す。物質的な障壁ではない。

 

 都市の住民が近づくことで体内型デバイスが自動で起動し、筋弛緩物質による行動の制限を生じさせるようなシステムのことだ。また、デバイスを内蔵していない都市外の人間が壁を越えようとすると、直ちに警報が鳴るような仕組みとなっている。


 住民達に都市外の景色を見せないようにするため、ホログラムによる仮想の現実が都市を覆っている。

 まるで檻のようだ。人間は昔、自分達以外の種の動物を檻に入れて、鑑賞することを娯楽としていた。檻の外から眺める側だったはずの人間が、檻に収まることに安堵するようになってしまったのはいつからだろうか。



 壁の所々に存在するゲートは、都市からの外出が許可されている者の生体を認識することで通過できるようになっている。

 要するに、アスタロトに生きている人のほとんどは都市から出ることなく一生を終えるのだが、そんな環境でも住民の中に不満を言う者がいないのは、この都市が「完璧」であり、一生をここで過ごしてもいいと認識されているからだろう。


 いつも通りに認証をして、ゲートを潜る。毎日のこの瞬間、何とも言い難い解放感を味わうことができる。都市とは全く異なった景色が延々と広がっている。人がほとんど手を施していない地面を足裏から感じることがとても心地よい。





 徐々に進行していた地球での温暖化が急激に悪化したのは、およそ三百年前のことだ。その原因はしごく単純なもので、人間があらゆるものを発展させ過ぎたことによる産物だった。


 人間は限度というものを知らない。いや、無意識のうちに気づいていないふりをする。


 もう十分だと理解するための高度な脳を持ち合わせているはずなのに。先へ先へと無理やり押し進めようとする。


 温暖化による食料不足のため、世界を巻き込んだ大戦が起こった。多くのものが死に絶え、世界は一度極限まで荒れ果てた。大戦終結後、「争いの原因となったモノ」を求めた者達が都市を築き、手放そうと考えた者は荒れた地に住み続けている。




 点在している建造物の中で、ひと際目立つ建物がある。目立つというのはサイズ的な意味ではなく、外観的な意味だ。都市内の典型的な建物と同じ造りではあるが、この地に一つだけ佇んでいるととても奇妙に見えてしまう。


 アスタロト内の建物のほとんどは真っ白だ。最も変色が目立つ色だというのに、汚れを見たことは覚えている限りで一度もない。少しの汚れを残すことさえも是としない都市に、俺は居心地の良さを感じることができない。


 この研究所がアスタロト内の建物と同一なのは外観だけである。都市に小言を言われないために外側だけは清潔な雰囲気を保たせているが、中を覗かれたら一巻の終わりだろう。

 入口の扉を開けるとすぐに目の前に現れる、多量な物質の山々。その辺に散在している物を踏み潰さないように注意しながら進まなければならない。ほとんどが研究員達の私物である研究道具だ。個人で異なる研究を行っているためどんな用途で使われる物なのかお互いに知らないし、ガラクタのようにも見えてしまう。しかし、相手にとってはとても大事な物であるということは分かる。万が一にでも壊してしまうことがあれば、謝罪だけでは済まされないだろう。




 建物の奥へと進んでいく途中で、おっさんがソファーでいびきをかいて寝ているのが見えた。


 御年四十五歳になるというのに、本当に無様な寝方だ。図体の大きな身体がソファーに収まるはずがなく、足がはみ出している。おっさんの下から聞こえてくる軋んだ音が、このソファーの寿命がもう長くないことを教えてくれる。

 なんて言っているのか全く理解できない寝言が部屋中に響き渡る。加えて、一度寝たら何をしてもなかなか起きないから非常に面倒くさい。彼と共に仕事をするようになってからの五年間で様々な方法を試したが、結局これといって有効な起こし方は見つからなかった。



 とりあえず放っておくことに決めて、突き当りにある研究室へと赴く。

 扉を開けると、天井に届きそうなほどの馬鹿でかい機械や、螺旋状に流動する光の粒など様々なものが視界に入ってくる。この部屋のエントロピーの増大は甚だしいだろう。

 自分に割り当てられている研究スペースまで移動する。既に同僚たちは各々の研究に没頭して、今ごろ出勤してきた俺に気づいている者はいないだろう。こういう環境が意外に気に入っている。





 環境が整っているとはお世辞にも言い難い土地。こんな場所で俺たちが研究を行っているのは、誰かに強要されたからではない。皆自分達の意志でここにいる。


 アスタロトの最高権力は「研究省」にある。世界が一度滅びてから、都市では「研究」が最も崇高なものであるとされた。人の幸福を実現するための新しい事柄を発見する者こそが、都市を統率すべきであると。


 特にアスタロトは、七十二ある都市の中で最も研究が盛んな場所である。そんな訳で、アスタロトでの最高権力者は研究省本部の人間となっている。表に姿を現すことのない彼らのことを神のように崇める住人も少なくない。


 研究省へは誰もが入れる訳ではない。子供のころから適性の有無を測られ、研究省の人間として相応しいかを見極められる。完璧な実力主義だ。組織にとって有益であると判断されれば、成人前でも加入が認められる。苛酷な道ではあるが、上り詰めてしまえば様々な自由を手に入れることができる。


 現に俺たちがこうやって都市の外で研究ができているのも、下っ端ではあるが研究省の一員であるからだ。

 都市外で研究を行いたいと願う者など一握りしかおらず、職員は極端に少ない。今ここで働いているのは、おっさんを含めて十人にも満たない。アスタロト内の全研究者のうち、百分の一にも満たないだろう。それでもわざわざ都市外に研究施設が設けられているのは、管理下にある都市外領地の象徴になるからだろう。


 都市の内外関わらず、この研究所は「物好きの巣窟」と呼ばれているようだった。否定はできない。本当にその通りだ。


 今は「ヒトに直接的な利益を与えることを目的とする研究」以外は禁止されている。


 ここは隠れて自分がしたい研究を行うのに絶好の場所で、俺もそれが目当てでここまでやってきた。ここは俺と同じような考えを持つ奴らの集まりだ。都市の規定から外れた研究が成功したとしても何の得にもならないかもしれない。昇進は望めないし、奇異の目で見られることもある。それでも各々、自分が成し遂げたいことのためだけにここに居続ける。



 俺にも生きている間にどうしてもやりたいことが一つだけある。










 「シキ、飯行くぞ」

 おっさんの無駄にうるさい声で現実へと引き戻される。何故こんなにも馬鹿でかい声をしているのに、耳元で喚く必要性があるのだろうか。まだ鼓膜の振動が収まらない。


 いつのまにか昼を過ぎていた。交代制で仕方がなくやるデスクワークは苦痛でしかない。久しぶりにやったら要領よく終わらせることができなかった。研究の時間が削がれることが痛いが、違法な研究をばれずにやり通すために必要なことであるからしょうがない。随分と長い間集中していたらしく、肩や背中の筋肉が固まっていた。腕を回すと、何とも言えない嫌な音が皮膚の下で響く。


 昼食は都市外の決まった飯屋に全員で食べに行くことが多い。俺がこの研究所に来た時にはすでにそれが当たり前のことであるとされていた。この習慣は、俺にも気付かないうちに浸透していた。


 しかし以前では、通勤以外で研究所の外に出る者などほとんどいなかったらしい。都市の人間も都市外の人間も、お互いに干渉することを極力避けるのが普通だった。おっさんが都市外に派遣されてきた日から「普通」に変革がもたらされたと、古くからここで働いている同僚から聞いたことがある。


 アスタロトと都市外の間には壁があるが、それは物理的なものだけではない。何よりも厚いのは心の壁だ。


 都市の者が都市外を見下しているのは明らかであり、その逆も然りだ。お互いがお互いを良く思っていない。相手のことを知る術は実際にはないはずなのに、そんな空気が蔓延している。


 そんな状況にも関わらず俺達が都市外の者に受け入れられている理由の一つに、おっさんの影響があるだろう。ガサツなうえに、仕事や日常生活での欠陥は少々あるが、人を引き付ける何かを彼は最初から持ち合わせていたらしい。おっさんの不器用な優しさに多くの人達が救われてきた。俺もそのうちの一人だ。





 十分程歩けば飯屋に辿り着いた。疲労を感じることもない距離だが、自らの足で歩く時間さえも短縮した都市に生きる者達にとっては難を要するだろう。俺もここに来てすぐの頃は少し歩くだけで息切れがして、都市外の者に笑われたものだ。医療の発達が芳しくない都市外では、運動をすることこそが健康でいることの秘訣であるらしい。


 いつものように、調理人の爺さんと、お婆さんが笑顔で出迎えてくれる。ここはおっさんと仲の良い老夫婦が営んでいる店だ。アスタロトの健康食品なんかより格段に旨くて、温かみを感じる。医療用デバイスが機能しないのを良いことに、皆ここの料理をたらふく食べていた。


 突然窓がガタガタと揺れ出した。今日の風はあまり強くなかったはずだが、なにせ何十年も前に建てられた家屋だ。前まではいつか倒壊するのではないかとヒヤヒヤしていたが、もう慣れてしまった。古い建物が醸し出す雰囲気は懐かしく、心地よい。アスタロトにあるのは新しい建物ばかりだし、古い建物があったとしても疑似映像によって真新しい姿へと置き換えられてしまう。

 ひびの入った壁や、薄汚れた天井、立て付けの悪い扉。そんなものが視界のどこかに入っていることにどうしてか安心する。


 食事を食べ終わっても、すぐに帰り出すことはない。おっさんが中心となった馬鹿騒ぎが始まり、同僚達が次々に巻き込まれていく。酒を飲んでいる訳でもないのにどうしてこんなに騒がしくなれるのか常々疑問に思う。同僚達は口々に文句を言っているが、その表情から嫌悪感は見られない。皆なんだかんだ楽しんでいるのだろう。

 会話に耳だけを傾け窓の外を見ていると、おっさんに名前を呼ばれる。とうとう俺に順番が回ってきてしまったのだろう。


 「お前、調子はどうだ」


 珍しくまともな会話だ。逆に心配になる。


 「後少しで何とかなりそうだけど。もう少し調整が必要」


 それを聞くと豪快に笑って背中を叩いてくる。


 「研究のことじゃねえよ。女だ女。いい加減彼女でも作ったらどうだ」

 少し期待した俺が馬鹿だった。この人はこういう人だ。お節介が過ぎて、面倒くさい。


 「おっさん、あんたにだけは言われたくない」


 聞き耳を立てていた同僚達から笑いが起こる。ずっと都市外の職場で寝泊まりしている彼を、誰もが独身だと解釈していた。

 飯屋の爺さんの「俺はお前の方が心配だがな」という言葉に対して「うるせえ!」と喚いたおっさんが、こっちに向かって指を指してくる。


 「俺はだな、こいつが研究に没頭し過ぎて、好きな女もできないうちに中年オヤジになるのが心配なだけだ!」

 「余計なお世話」


 好きな女。瞬時にある少女の顔が頭に浮かぶ。あまり人と接することが得意でない俺には、まともに関わったことのある女性自体一人しかいない。




 もう随分と長い時間会っていないはずなのに、夢に現れたことであまり遠くに感じない。俺の構成要素の大半を占めている、花の名前を持つ女性。

 一時も忘れたことなどないのに、夢の中では誰であるか気づくことができなかった。あんなに現実と似通っていると感じていたのに。不思議なものだ。


 「サクラ」と出会った時のことは正直あまり覚えていない。中途半端な時期に高等部に転入してきた、恐ろしいほど顔の整った少女。周りの人間の目は勿論釘付けになったが、それは割と早い段階で収束へと向かった。


 サクラは誰とも距離を縮めようとしなかった。むしろ自分から他人を避けているように見えた。

 一番後ろの席で、孤立を保ちながら座り続けていた少女。いつのまにか教室から姿を消して、講義が始まっても帰って来ないこともあった。一定の行動パターンを持たない彼女が非常に面倒くさい存在であると無意識のうちに認識していたし、関わる気なんて微塵もなかった。


 そんな彼女が、なぜか俺に付きまとうようになった。俺の何が彼女のお気に召したのかは分からない。一人でいることが当たり前だった俺にとって、彼女の存在はお世辞にも良いものとは言えなかった。



 しかし今、そんな彼女との過去に絡めとられて身動きが取れずにいるのは俺の方だ。未来になんの希望も見出せず、彼女との過去にしか縋ることが出来ない。

 彼女は毒だ。俺の身体の隅々までを満遍なく侵している。全身の細胞の受容体と少しの隙間も許さず結合してしまっていて、もはや自分の意志では切り離すことができない。


 常に俺の中に蔓延る彼女の過去の偶像。そんなものが不意に出てきては、消えていく。こんな治療法もない病気を患ってしまった俺は、どうしようもない人間なのだろう。






 『あなた、死にたいと思っているでしょ』

 彼女と初めて対話した時の言葉。また勝手に、頭の中で彼女の声が響いた。








 

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