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本当の物語は一つだけ  作者: 青嶋幻
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第9話 玉山が妙な男に絡まれる

「現在、静岡市北部を震源地とする地震により、緊急停車しております。指示があるまでそのまま席でお待ちいただくようお願いいたします」


 新幹線の車内に車掌のアナウンスが響いた。玉山は早速スマホを取り出して、災害情報のページを開く。アナウンスの通り、静岡市の山の中に震源地が示されていた。マグニチュード五.八と表示されていた。


 窓からはビルが建ち並んでいる光景が見えている。新富士駅を通過した後なので、恐らくここは静岡市辺りなのだろう。俺はなんて運が悪いんだ。思わずため息をつきそうになるのを寸前で押さえる。


「この調子だと、今日は大阪にたどり着けないかもしれませんよ」


 隣で同じくスマホをいじりながら橘が呟き、玉山へ向き直る。「足、大丈夫ですか」


「ああ。問題ないよ」


 右足は、以前の痛みが一切消えていた。


 まるで、嘘のように。


 玉山は無意識のうちに首を振る。


 あのときは間違いなく痛かったんだ。記憶がよみがえり、無意識のうちに握り拳へ力を込めた。


 ニューヨークのホテルから逃げ出した後、身分を隠し、どうにか東京へ戻った。しかし玉山の活躍は日本でも盛んに報道されていたので、ブロンクスでの混乱も、翌日のニュースで早速配信されていた。


 ここで痛みの原因をきっちり調べ上げ、マスコミに発表しなければ、自分の選手生命さえ絶たれる可能性が出てきた。八百長の疑いのある選手など、どこが雇うだろうか。


 東京へ戻ってから、何人もの医者に右足を診てもらっていた。しかし誰も原因を指摘してくれた人はいなかった。レントゲンを撮っても異常はない。


 精神的なものが影響しているのではないかと指摘した医師もいたが、当時はこれまでの人生で、もっとも上り調子だった時期だ。不安や悩みなど皆無だ。


――確かに痛かったんだ。本当だ――


 叫びたい衝動が突き上げ、ぐっとこらえる。


 結局、都内でめぼしい医者はすべて診てもらってしまった。わらをも掴むような思いで大阪で有名な医師の予約を取り、新幹線へ乗り込んだ。


 その結果がこれだ。一体どうなっているんだ。


 何もできず、時間が過ぎていく。


「静岡市北部で震度六だそうです。崖崩れも起きているようですね」


「乗客の皆様にはご迷惑をお掛けしまして誠に申し訳ありません、先ほど豊橋から三島間で運休が決定されました。本新幹線も動かすことができません。このため、最寄りの駅まで徒歩にて移動していただくようお願い申し上げます」


 車内から一斉に不満の声が上がったが、玉山はぼんやりと外を見ていた。もちろん不満はあるが、自然災害で車掌に文句を言っても仕方がないことだった。


 言っている方もわかっているのだろう。散々わめき散らした後、文句を言いながらも、一転して荷物をまとめ始めた。疲れた表情を見せて通り過ぎていく車掌を横目に、玉山達も棚から荷物を下ろし始めた。


 新幹線のドアが開き、避難用はしごを使って線路に降りた。どれくらい歩かなければならないのかと思い身構えていたが、すぐ目の前に駅のホームが見えていた。ホームに上がって運賃の払い戻しを受け、静岡駅の構内へ出た。


「土砂崩れで東海道線も不通になっていますよ。東名高速も使えない。参ったな」


 橘がスマホを見ながら呟く。玉山も情報収集しようとスマホを出したが、画面が消えていた。どうやらバッテリー切れらしい。よりによってこんな時に使えなくなるなんて。重ね重ね運が悪いと思う。


「これじゃあ先に宿を確保した方がいいかもしれませんね。ちょっと駅周辺のホテルを当たってきますよ。玉山さんはここで待っていてください」


「ああ。すまないが頼むよ」


 橘が早足で歩き去って行った。玉山はぼんやりと構内に立ち、辺りを見ていた。こんな時、ラジオでもあったらいいのだが、情報端末はスマホしか持ってきていなかった。不安に駆られ、ひびでも入っていないかと天井を見るが、特に変わったところはなかった。


「やい。お前、玉山じゃねえのか」


 突然声をかけられて振り向くと、男が一人立っていた。年は三十代半ばか。風呂に入っていないのか、脂ぎった顔に、髪の毛がてかてかと不潔そうに光っていた。細面の顔の中で、嫌らしい笑みを浮かべた大きな目が、舐めるように見つめてくる。


「はあ……。そうですが」


 参ったな、いかにもやっかいそうな男だ。ある程度有名になってくると、人から注目されるので、やっかみ半分でこんな奴に絡まれる時があった。酒は飲んでいないようなので、ヘタに挑発しなければそのうち飽きてどこかへ行ってくれるだろう。


「こんなところで何しているんだよ。いかさまやって逃げてきたのか」


「新幹線が止ってね」


 落ち着け。こんな奴に少しでも嫌な顔をしたら、更に絡んでくるんだ。


「ふうん。そりゃあ災難だったな。でも、世の中にはもっと大変な奴らがいるんだぜ。あんたの不幸なんかたいしたことないんだよ」


 ごもっとも。早くどこかへ行ってくれ。


「しかしお前がサッカー選手とはねえ。あり得ねえだろうが」


「これでも一生懸命練習したんですよ」


「練習? 本当かよ」


 男はけたたましく笑った。反射的に顔が強ばるが必死で押さえる。どうにか気づかれなかったようで、男は笑い続けていた。


「だったらよ、お前リフティングはうまいのか」


「まあ……。人よりはうまいつもりだけど」


「ちょっとやってみてくれよ」


「今はプライベートですからお断りします。それに、リフティングをするにも、そもそもボールがないですし」


「なんだよけちくせえ。ボールなんてパルシェに行けば売ってんじゃねえのか」


 さすがに怒りを抑えられなくなってきた。


「はあ? なんであんたのためにボールを買ってこなくちゃならないんだ」


「ボールぐらいいいじゃねえか。契約金なんて何億ももらってんだろ」


 周囲を見回す。この規模の駅なら警察も常駐しているだろう。手を出されそうになったら逃げて助けを求めるしかない。


「うっ、」


 また右足だ。


 前触れもなく痛み出した。


 しかも強烈で、立っていられないほどだ。思わず右足を押さえ、壁にもたれかかり、床へ尻を着いた。


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