エピローグ 未来
未来は一歩一歩、踏みしめながら石段を上った。編集者の話によると、ロープウェイがあるという話だが、なんだか味気ない気がして石段からのルートを選んだ。
折り返しで木陰から抜け、強い日差しが降りかかってくる。足を止め、眼前に広がる海を眺めた。
晴れ渡る空の下、穏やかな海が水平線を作り、きらきら輝いていた。
この光景を見るだけでも、石段を登る価値があると思う。
それに……。
この石段、なんだか懐かしい気がする。
初めて来たはずなのに……。
「あの……。もしかして来栖未来さんですか」
不意に声をかけられて振り仰ぐと、階段の上から数人の若い女の子が下りてくるところだった。学校の制服なのだろう、三人とも紺のスカートに、白い半袖ブラウスを着ていた。
「そうですけど……」
「ひゃー、すごーい」
「びっくり」
騒ぎ出す女の子たちに曖昧に微笑みかける。
「今日は取材なんですか」
「今度のマンガ、久能山が舞台になるんですか」
「いえ……、そういうわけじゃないんですけど」
正直、自分でもどうしてこんなところへ来たのかよくわからなかった。二作目の連載も終わり、リフレッシュのためどこか旅行に行こうかとネットを検索していたとき、たまたま久能山東照宮に当たったのだった。
無論海外でも余裕で行けるくらいのお金はあった。けれど、社殿の画像を見ていたら、妙に気になって仕方がなくなる自分がいた。
――日帰りでも行けるんですから、わざわざまとまった休みに行くまでもないでしょう――
あきれ顔の編集者を振り切って静岡へ来たのが昨日のことだった。
「おおい、お前ら何やってんだ」
女子生徒たちに続いて、石段を下ってくる男がいた。強い日差しの中なのに、上下黒いスーツを着ている。ノーネクタイ。切れ長の目に肩まで伸ばした髪。
がつんと頭を殴られたような感覚と目眩がした。
「大丈夫ですか」
バランスを崩しそうになった未来に男が駆け寄った。
「ごめんなさい、ちょっと日差しが強くて」
「久米先生、この人来栖未来先生なんですよ。この間まで、〈週刊コスモス〉でずっと連載していたんです」
「へえ……。と言いますか、私マンガには疎くて……。申し訳ありません」
「いえいえ、とんでもありません」
ぺこりと頭を下げる男を慌てて止めに入った。
「あたしたち歴史部で、久能山の歴史を調べているんですよ。もしマンガで資料がいりましたら提供しますよ」
「バカ、調べるんだったらこの方の方がよっぽどプロなんだ。おこがましいにも程がある」
「みなさん、高校生なんですか」
「ええ。まだ世間知らずだもんですからお許しください」
もう一度お辞儀をした。
「ほら、他の人の邪魔をするんじゃない、行くぞ」
男と生徒たちは階段を下って行った。未来は微笑みながら彼らの後ろ姿が階段の影に隠れるまで見ていた。
さあ、いつになったら社殿にたどり着くんだろうか。
未来は石段を見上げ、再び登り始めた。