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本当の物語は一つだけ  作者: 青嶋幻
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第8話 亜紀が閉じ込められる

「当社のサクラは精巧にできていますから、間違える方も多いんですよ」喋っていると、次第に落ち着いてきた。「サクラはしっぽにLEDライトが付いていて、発光するのです」


「へえ、そうなんですか。知りませんでした」


「世の中にはいろいろな人がいまして、あまりに精巧すぎるから、本物と見分けが付かないというクレームが届いたんです。それで製造段階で、すべてLEDを付けるようにしたんです。もちろん後で取り外しは可能ですけど」


「おい、こんなところまで付き合わせて悪りぃっけな」


 男は猫にほほえみかけながら、ドアを開けて手を離した。ネコが走り去っていくのが見えた。


「申し遅れました。私、辻倉庫で通関を担当しております福井と申します」


 名刺を差し出されたので、自分の名刺を渡す。福井が驚きの目を浮かべたのがわかる。「まず、昨日の状況から教えてください。サクラのスイッチは一切触れていませんでしたか」


「え……ええ。と、言うよりスイッチがどこにあるかもわからない状態だったんです」


「スイッチを入れるには、サクラの腹にあるカバーを開けなければなりませんから、誤って入ってしまうことはあり得ないです」


「じゃあどうして……」


「動き出した物を確認するしかないですね」


「あの……。捕まえ方なんですが、どうすればよろしいでしょうか」


「こんな状態になるのは想定外でしたから、対策はしていないんです」


「そうですか……。とりあえず、税関へ状況を説明しに行きましょうか」


「了解しました」


「すぐ近くにありますので」


 福井と一緒に事務所を出て、それぞれの車に乗る。福井の車は軽トラックで、年季が入っているらしく、あちこちに傷が入っていた。その後ろをレクサスで付いていく。


 福井の言うとおり、走り始めてすぐに〈CUSTOMS〉の文字が入った建物が見えてきた。駐車場に車を止め、中に入った。既にすぐに税関職員が出てきて、根掘り葉掘り細かい事まで質問を受けた。最終的に解放されたのは昼近くだった。


「あの……。もしよろしければ食事をしていきませんか。この辺りはおいしい魚が食べられるんですよ」


「お言葉はありがたいですけど、仕事が立て込んでおりまして、すぐに帰らなければならないんです」


「そうなんですか。失礼しました」


「では、お手数ですが、サクラの捜索をお願いします」


 軽く会釈をしてレクサスに乗り込んだ。エンジンをかけ、カーナビをサクラエンタープライズにセットし、車を出す。東名清水インターから東京方面の道に乗り、アクセルを踏みこんだ。


 おいしい魚を食べていきませんかという福井の誘いには、少々心が動いた。都心に住んで金さえ出せば、あらゆる物が食べられる。ただし海に近いロケーションで新鮮な地魚となると、東京では物理的に不可能だ。落ち着いたらまた来てもいいだろう。


 福井という男の子も素朴な感じで新鮮だったし。


 しかし、まずはこの危機を乗り越えていかなければならない。亜紀は少々緩んだ気持ちを引き締め、ハンドルを握り直した。どこかでパーキングエリアがあったら、うどんでも食べていこう。


 レクサスはトンネルへ進入した。オレンジ色の薄暗い照明が光る中、出口の向こうに白く輝く外の風景が見えていた。


 不意に頭が痛くなり、めまいがしてきた。まずいなと思いながらハンドルを持つ手に力を入れた。こんなところで事故を起こしたら、命を失いかねない。


 出口が近づいてきた。空は曇りだったはずだが、思いの外まぶしくて目を細めた。きっと体調がおかしいせいなんだろう。


 いつのまにか頭痛が消えていたのに気づいた。めまいもなく意識ははっきりしている。どちらにしてもパーキングエリアで昼食を取った後、休んだほうが安全だろう。亜紀は正面を見て、アクセルを踏む力を少し強めた。


「え……。名古屋?」


 前方に分岐路があり、〈名古屋〉と書いてあった。静岡から東京へ行くのに名古屋だなんてあり得ない。清水インターで、下り線へ乗ってしまったのか。


 いや、違う。


 名古屋の表示の奥にもう一枚表示があった。


〈清水 出口一キロ〉


 レクサスは清水へ向かっていた。


 バカな。あたしは清水から東名高速に乗ったんだ。Uターンでもしない限り、戻ってくるなんてあり得ない。


 清水への降り口が見えてきた。訳がわからないまま、とりあえずウインカーを出して降りた。ETCのゲートを抜け、レクサスを路肩に止める。


 大きく深呼吸をしながら記憶を辿った。確かにこのゲートをくぐって東京方面へ向かったはずだ。


 トンネルで起きためまいを思い出す。あのとき、何かが起きたような気がしてきた。


 上り車線と下り車線が繋がっている。


 まさか。あり得ない。


 もう一度行ってみよう。亜紀はレクサスをUターンさせ、再びETCをくぐった。東京方面の車線を選び、東名高速へ乗った。


 しばらくしてトンネルが見えてきた。カーナビで、東京方面へ向かっているのを確認する。


 トンネルに進入した。再びめまいと頭痛が襲ってきた。ハンドルを握りしめ、カーナビを注視した。


 出口が近づいていく。まぶしくて目を細めた。


 一瞬、何も見えなくなり、気がついたとき、トンネルの外へ出ていた。

 カーナビは清水方面になっていた。


 心臓が激しく鼓動していた。一体、何が起きているんだ。


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