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本当の物語は一つだけ  作者: 青嶋幻
77/80

第77話 僕の現実

 目を閉じる。


 真っ暗な世界が広がっている。弘樹たちやネズミの鳴き声も聞こえない。


 ――すべては心の内にある霊性が道を指し示してくれる――


 霊性って一体なんなんだ。


――それは太古から積み重ねてきた生命意識そのもの。DNAを包摂し、環境、文化をも取り込んだ意識――


 広大な宇宙を意識する。ぽつんと一人漂っている自分。しかし孤独ではない。


 宇宙は余りに広い。しかし、じぶんもその宇宙の一つであり、確実に存在している。だからこそ宇宙は自分であり、自分は宇宙でもあるのだ。


 霊性のある世界こそが現実だ。この前ではゆがんだ思いや固定概念、幻などすぐに消えてしまう。


 目の前が明るさを取り戻していく。


 部屋が見えた。


 僕はベッドに眠っている。カーテンを開けた窓から、朝日がこぼれ落ちてくる。まぶしくて目を瞬かせている。


 傍らにはわずかなぬくもりと、覚えのある匂い。


 ベッドから抜けだし、ひんやりした空気を肌に受けながらドアを開ける。


 キッチンがあり、女性が一人で料理を作っている。


「おはよう」


 手に持っていた包丁に向けていた視線を上げた。


 亜美……。


 これが僕の現実。


 目を開けた。


 大勢のうつろな目をした群衆と、背後で蠢く大量のネズミたちがいる。


 悠紀夫は刀を捨てた。


「おい……何すんだよ。お前、頭おかしいんじゃねえのか」


 慌てる弘樹を無視して群衆に近づいていく。


 服を掴まれ、引き寄せられる。群衆の中に引きずり込まれた。


「福井さん」


 亜紀が叫ぶ。


「そのままでいてください。大丈夫ですよ」


――怖いことなんか何一つないんだ――


 ぐいぐいと腕と足を引っ張られ身動きできなくなった。引きちぎられそうなほどの痛み覚える。


 由井が群衆を割って現われた。


 手には炎の刀。


「自ら進んで我が手にかかろうとするとは。どういう風の吹き回しだ」


「大丈夫さ」


 悠紀夫は痛みで顔をゆがませながらも笑いかける。


「何を言うか」


 由井が刀を袈裟懸けで振り下ろす。


 瞬間、刀が消えた。


「馬鹿な……」


 唖然として自らの手と、悠紀夫を交互に見た。


「お前の力は僕の反映でしかない。怒れば怒るほど、排除すれば排除するほどお前の力は強くなる。ならば、僕が怒らなければいいだけの話さ。


 僕には現実が見える。だからこの幻に戦き、怒る必要などないんだ」


「ならばこれならどうだ」


 由井が悠紀夫の首に手をかけ、締め上げようとした。


 一瞬息苦しさを覚えたが、すぐに力は弱くなる。


「ああっ」


 由井が叫び、手を離した。


 手首から先が消え、傷口からは白い煙が立ちのぼっていた。


「さあ、皆さんもいい加減僕の体から離れてください」


 悠紀夫が穏やかに微笑みながら見回すと、手足を掴んでいた人たちが口から煙を吐き、真顔に戻った。


 手を失い、呻いている由井を無視して、悠紀夫は群衆をかき分ける。彼が触れた人たちはみな口から煙を吐き、真顔に戻っていく。


 やがて群衆を抜けてネズミに到達する。


 ネズミは悠紀夫が触れると蒸発して消えていく。


 コンテナの前についた。悠紀夫は大きく息を吐きながら、扉のレバーを動かした。


 扉が開き、段ボールカートンが露わになる。


 たちまち段ボールの表面が膨れあがり、破れてサクラが飛び出してきた。


 さっと一斉に散り始めたネズミたちを、サクラは容赦なく踏みつぶしていく。


 ネズミは一瞬で細かな砂にって飛び散り、蒸発した。


 ネズミに乗っ取られた人には、肩に乗って頬を舐め、ネズミを押し出していく。


 サクラは次々と出てくる。


 たちまち周囲からネズミの姿が消えた。残ったのは解放された人々とサクラの入っていた空のコンテナ、それにネズミに破壊された建物やコンテナの残骸だけだった。


「福井さん、もう一度携帯を貸してください」


 亜紀は携帯を受け取り、サクラエンタープライズに電話をかけた。


「原、サクラのコンテナはどうなった?」


「はい、半分近く開けることができています。すごいことが起こっていまして、各地でコンテナから飛び出したサクラが、ネズミたちを駆除しているんですよ」


「そんなことはわかっている。早く残りのコンテナも開けるよう催促させろ」


「はいっ」


 通話を終えて悠紀夫に携帯を返したが、彼は上の空で受け取る。


「あれ、聞こえますか」


「え?」


 ――うおおおおう……。うおおおおう……――


 遠くから、地鳴りのようなうめき声が聞こえてくる。


「あれは……」


「由井が断末魔の声を発しているのです」悠紀夫はほっと息を吐いた。「すべてが終わりました」

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