第76話 最後の戦い
「ひどい……。見えるところ全部ネズミだらけだわ」
未来の言うとおり、海以外は見渡す限り、ネズミの群れで埋め尽くされている。めまいがしそうになる光景だ。軽トラは国道百五十号線を東に向かって進んでいく。
二十分ほど走ったところで右折して埠頭内に入った。
「左側がコンテナヤードになっているんです」
しかし、ここもネズミに覆われていて、コンテナは確認できない。
「この中のどこかにサクラのコンテナ入ったコンテナがあるはずよ。ネズミが食べたらサクラが出てきちゃうからね」
「おい、あそこに人がいるぞ」
弘樹が叫んだ。目をこらすと、ネズミの群れの中に人の顔がぽつりぽつりと浮かんでいる。一様に顔は虚ろだ。さっきの弘樹と同様に、口の中へネズミを仕込まれているのだ。
ネズミが一斉に引いていく。
人々だけが残された。その数は千人を超えているだろうか。
群衆の背後に四十フィートコンテナが置いてあるのがわかる。番号はわからないが、きっとサクラの入っているコンテナに違いない。
悠紀夫はブレーキを踏んだ。
男が一人歩み出てくる。長い髪と切れ長の目。ノーネクタイのスーツ姿。
由井だった。
「家康がなんと言おうが、俺は戦う。そして勝つ」凄みを帯びた笑みを浮かべる。「お前たちはこいつらを超えて、サクラにたどり着けるのか」
群衆が動き出し、軽トラを取り囲んだ。
「弘樹の時のように悠長な事をしていたら、こいつらに潰されるぞ」
群衆の輪が狭まってくる。
「炎の刀で斬り捨ててもいいがな。何の罪もない者を斬るのは、気分がいいものではなかろう」
弾けるように笑い転げる。
「由井……」悠紀夫が軽トラから降りた。「お前は幻だ。消えろ」
「フン、幻も現実もあるものか。幻に幻を積み重ねていけば、現実となる」
「違う。現実はいつでも一つしかない」
怒りがわき起こり、手に熱が集まっていく。
炎の刀が延びていく。
「無駄なことを。さっきと同じ事が繰り返されるだけだ。俺は幻、故に力尽きることはない。肉体を持つお前に勝ち目はない」
由井の手にも炎の刀が発現した。
「いざっ」
由井が上段の構えから悠紀夫に襲いかかる。
横に構えて刀を受ける。
「うおぉっ」
強烈な衝撃と圧力が加えられ、はじき飛ばされる。
「永遠の眠りにつけ」
起き上がろうと中腰になったところを更に上段から畳みかける。
右に倒れ、刃を逃れる。
由井は切っ先を悠紀夫に向ける。
悠紀夫が片手で刀を持ち上げたとき、由井は横に払った。
あっけなく悠紀夫の手から刀が飛ばされる。
「逝け」
にやりと笑った由井が、刀を振り下ろす。
軽トラが動き出した。
運転席には弘樹。
「このバケモンが」
由井に側面から衝突した。
由井が飛ばされ、倒れた。
悠紀夫が立ち上がって刀を取り、倒れた由井に振りかぶる。
斬った。
思った瞬間、ネズミが四散し、群衆の中へ消えていく。
残されたのは切り裂かれたスーツのみ。
――お前に勝ち目はないと言うておろうが――
群衆が輪を狭めていく。サクラが何人かを解放したが、焼け石に水だった。
「どうする。このままだと俺たちやられちゃうぞ」
弘樹が窓から不安げに顔を覗かせていた。
「待ってください」