第75話 反攻
先頭のサクラが弘樹の肩に乗り、顔をぺろぺろなめ始めた。
弘樹は痙攣を起こし始めた。
口から伸びている尾っぽが、激しく左右に揺れ始める。
弘樹の口が広がり始める。
にょろりとネズミの尻が出たかと思うと、すぽっと抜けた。
「あれ、おまえら何してんだよ」
表情を取り戻した弘樹がまじまじと見つめる。
「弘樹さんこそどうしちゃったんですか。いままでネズミに操られていたんですよ」
「俺がか? 全然記憶にないけどよ……。ぎゃっ」
突然怯えた顔になり、肩に乗っていたサクラを振り落とした。サクラは一回転しながら、ふわりと着地する。
「あんた、何やってんのよ。命の恩人を邪険に扱わないで」
「だってさ……。俺、猫がすげー苦手なんだよ。夜中にあの目で見つめられるとよ、全身に鳥肌が立っちまうんだ……」
「そういえば弘樹さん猫嫌いだったねえ」
「ニャア」
「悪かった。だから近づかないで、お願いだよ」
弘樹が逃げるようにして石段を駆け上った。
「ふん、命拾いしたな」
天海が苦々しげな顔をしていた。
「あれ、おやっさんじゃないっスか。なんでこんな坊さんみたいな格好してんですか? コスプレみたいっスよね」
「黙れ、これが儂の本来の姿じゃ」
「何言ってんスか。早く穴掘んないと、また若造の監督にしかられますよ」
「全く……。まだお前に術を解く暇はないのじゃ。その減らず口を閉じておかねば斬るぞ」
薙刀をぐいと弘樹に向ける。
「あれ、なにこの刀、すげー本物っぽいじゃないっスか」
「本物じゃっ」
天海が顔を真っ赤にして怒っているが、弘樹はまるで取り合わず、ヘラヘラ笑っている。
「福井さん、申し訳ないけど携帯電話を貸していただけますか」
「あ、はい」
亜紀は携帯を受け取り、サクラエンタープライズの番号を押した。
「早坂だが、原はいるか」
「はいっ、少々お待ちを」
呼び出し音の後、原が電話に出た。
「社長、ご無事でしたか。東京は大変なことになっていまして、ネズミの群れが大量発生しております。既に上野は壊滅して、スカイツリーが倒されました。
全世界で同時発生しているようで、ニューヨークと北京は連絡が取れないそうです。静岡もひどい状態と言うことですが」
「わかってる。それより、サクラの船便は到着しているのか。」
「あ、あの誤出荷した奴ですか」
「そうだ」
「ほとんどのコンテナは到着して、各国のコンテナヤードに蔵置しております」
「全部開けろ」
「は? コンテナをですか」
「何度も言わせるな。今陸に上がっているサクラのコンテナを全部開けるんだ」
「でも……。今はそれどころじゃないような気がするんですけど」
「うるさい、役人がごねるなら、賄賂でもなんでも使って出させろ」
怒鳴りつけ、電話を切った。
「さあ、あたしたちも清水港に行きましょう。サクラのコンテナを開けて、ネズミを退治してもらうのよ」
既に石段の袂には十体のサクラが待ち構えていた。税関検査の時に逃げ出した物だろう。亜紀が下りていくと、サクラはネズミを威嚇しながら道を開けた。
「ここまでどうやって来たの?」
「軽トラに乗ってきました。下に置いたままです」
亜紀たちは石段を下り切ったが、そこもネズミが密集していて、軽トラの姿などどこにもなかった。
「きっとここだ」
ネズミが盛り上がっている場所へ行くと、一斉にネズミが引いていく。後に残ったのはぼろぼろに塗装が剥げた軽トラだった。タイヤも食い尽くされているので、エンジンがかかったとしても、スリップするだけだろう。
「みなさん、軽トラに触ってください」
悠紀夫に言われて亜紀と未来が軽トラに手を添えた。弘樹も見よう見まねで手を添えた。
「霊性に聞くんです。僕らのやろうとしていることが正しければ、きっと軽トラは元に戻るでしょう」
目を閉じ、静かに祈った。
お願い、あたしたちを助けてちょうだい。
軽トラに触れている手が、熱を帯びていくのがわかった。
力が湧いてくるような気がする。
「やったぞ」
悠紀夫の声で目を開けると、新品の軽トラがあった。
「僕が運転します。みんな乗り込んでください」
亜紀が助手席に乗り込み、未来と弘樹とサクラが荷台に乗った。
「頼むからこっちに来ないでくれよ」
弘樹がサクラたちを見ながら、運転席の背後にしがみついていた。
「さあ行きます」
軽トラがゆっくり動き出す。前方を固めていたネズミたちが道を開けていく。