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本当の物語は一つだけ  作者: 青嶋幻
73/80

第73話 もう一つの現実

 真っ暗な闇の中。


 動くことも見ることも、感じることも出来ない。


 あたしは誰なんだろうか、思い出せないる。


 そんな意識さえ飛んでいきそうになる。ぼんやりとしているが確実に締め付けてくる不快感によって、ようやく意識が保っていた。


 こんな嫌な気持ち、消えてしまえばいい。そうすれば、あたしも消えてしまうのに。


――ねえ亜美――


 誰?


――君が閉じ込められている場所は現実なんかじゃない。――


 現実? 何それ。どこからか降ってきたような言葉。


――君が思っている現実。日常を意識するんだ――


 閉じ込められている。現実。日常。反芻しながら噛みしめてみる。


               *


――漫画家になるなんてよお、お前馬鹿じゃねえのか――


 深川の見下すようににやつき、脂ぎった顔が、目の前に迫る。嫌悪感で全身に鳥肌か立ってくる。


 嫌だ嫌だ。やめて。


 暗転。


 道路に、びっしりと数え切れないほどのネズミが溢れていた。ビルを倒壊させ、木を囓り尽す。逃げ惑う人々にも容赦なく襲いかかっていく。


 地獄のような光景。


 キイキイ、キイキイ。脳をかき回すような鳴き声。


 嫌だっ。


 力の限り叫ぶ。まるで声にあおられたかのように風景がゆがむ。


 再び暗転。


 静かな部屋。窓のブラインドの隙間から、穏やかな光が差し込んでいる。壁はすべて本棚が据え付けられ、マンガや資料がびっしりと並んでいた。


 部屋の真ん中には机が置いてあり、未来が座っていた。


 スタンドライトに照らされた紙をじっと見つめている。


 紙は白紙。


 描きたい。でも、何も思い浮かばない。


 締め切り日は今日だった。恐怖が突き上げてくる。


 あたしは本当に漫画家なの?


 室内の光景がゆがんで見えてきて、頭が混乱してくる。


 このままじゃおかしくなっちゃう。逃げなけりゃ。立ち上がり、ドアに向かうが、バランスを崩し、床に倒れた。


 浅い呼吸が聞こえてきた。それは自分が立てている音だと気づく。


 上下左右の感覚が失われていた。這いながらゆがんで見えるドアに向かう。


 これは現実なの?


 ニャア。


 突然目の前に猫が現れた。


 何?


――すべては心の内にある霊性が道を指し示してくれる――


 どこからか声が聞こえてきた。聞き覚えがある声だった。


 霊性……。


 目を閉じてみる。


 ねずみの群れ、真白な原稿、深川のいやらしい笑い。次々と現れは消えていく。みんな目を背けたくなるものばかりだ。


 これが霊性なんだろうか。


 違う。こんなもの霊性ではるはずがない。


 めまぐるしく展開していく世界の中、何かが浮かび上がってくる。


 暗転。


 夕陽が差す部屋。狭くて殺風景だ。窓からは狭いグラウンドが見えるので、浅畑学園なのだろう。未来は原稿に向かってペンを走らせていた。


 主人公は内気な女の子。ねこになった男の子との恋を描いたラブコメだ。


 描ける。アイデアが次々と湧いてくるじゃないの。


 勢いがとまらず、夕食をはさんでもまだ書き続けている。


 暗転。


 雑誌に自分の漫画が掲載されていた。次々と送られてくるファンレター。単行本の出版がとんとん拍子に決まっていく。一年後、あたしの描いた漫画はベストセラーになっていた。


 これがあたしのほんとうの姿。


                   *


 工場の中。


 できあがったラインの脇に人が配置されている。サイレンが鳴り、ベルトコンベアが動き出す。


 金属の部品が供給され、人々が組み立てを始める。金属片でしかなかったものが、形作られていく。


 四つ足で立つ小型のロボットが出来ていく。毛皮を被せられ、ふわふわした猫になる。


 サクラだ。


 周囲から拍手がわき起こっていく。サクラの量産第一号が完成されたのだ。


 幸福な時間。


 これがあたしの本当の姿。

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