第65話 玉山の現実
木の間から見える街の明かりが記憶より少なかった。きっと深夜なんだろう。
懐中電灯だろうか。小さな明かりが灯り、震えるように細かく揺れている。近づいていくと、闇の中に人影がうっすらと浮かび上がってきた。三人いる。
土を抉る音と、荒い息が聞こえていた。
「ボケ、早くしろ、まだ全然進んでねえじゃねえか」
深川の声だ。
「土が硬いんだよ。根もいっぱいあるし、すぐに掘れないよ」
悠紀夫だった。目をこらし、もう一人を見る。亜美だった。
「いいか、お前らも共犯なんだからな。見つかったら全員捕まるんだぞ。
自分の命が惜しくて、こいつを見殺しにしたんだ。わかってんだろうが」
どれくらい時間が経過したろうか。「もういいだろ」声がして、土を掘る音が止んだ。
「持ってこい」
悠紀夫と未来が闇の奥に消えた後、何かを引きずって戻ってきて、穴の中へ放り込んだ。
懐中電灯の光を穴へ向ける。人の体が照らし出された。LEDの青白い光に照らされたそれはぴくりとも動かない。白い作り物のような肌。
見覚えのある顔があった。
玉山政伸。自分の顔だった。
馬鹿な……。あり得ないよ。
「お前は深川の横暴を明かそうと理事長に訴えた。でも、理事長は全部承知だったんだ。当時は知らなかったけど、深川は理事長の息子だったからね。
お前が話したことは全部深川に筒抜けだった。怒った深川はお前を呼び出して縛り付けた挙げ句、リンチを加えたんた。途中、お前と親しかった僕と亜美も呼びつけられて、お前を殴るよう命令された」
悠紀夫は闇の中、目から涙を溢れさせていた。
「僕はお前を殴った。怖かったんだよ。拒否すればお前と同じように殴られただろうし、亜美も守りたかった。だから、お前を見殺しにしたんだ」
「俺は……。死んでいるって言うのか」
「……。ああ」
悠紀夫は頷いた。
「馬鹿な」
自分の手をかざして見る。
手のひらの向こうから、夜景がうっすらと見えていた。
「違う、俺は生きている」玉山は叫んだ。「高校を出たと同時にブラジルに渡ってさ。一部のレギュラーにまでのし上がったんだ」
言葉とは裏腹に、意識が消失しそうになっている自分を感じていた。
叫んでいるのは、消えてしまいそうになるのをつなぎ止めようとしているだけなんだ。心のどこかでそう思っていた。
「ねえ悠紀夫、俺は生きているって言ってくれよ」
悠紀夫は泣きながら首を横に振るだけだった。
「ごめん……。本当にごめん」
何もわからなくなっていく。記憶が崩れるように消えていった。
ああ……。すべてが消えていくよ。
*
狭い校庭に戻っていた。悠紀夫がぼんやりとオレンジ色に染まった夕焼けを眺めていた。
「撃たれたところはどうなっているの」
悠紀夫の胸に、血は滲んでいない。
「あれは幻だから何ともないよ。もっとも、打たれたときはそれなりに痛かったけど」
悠紀夫は笑ってみせたのかもしれない。しかし、涙で濡れた顔はゆがんでいるようにしか見えなかった。
「きっと、無念だったんだろう。本当に済まない」
亜美の胸に、どうにもならない感情がわき起こり、涙が溢れてくる。
「みんな思い出したわ。悠紀夫が悪いわけじゃない。深川がずるがしこかったのよ」
「でも、僕が見捨ててしまった事実には変わりないよ」
「いい加減よして」未来が叫んだ。「もう死んでしまった人はどうにもならないの。後悔すれば、由井の思うつぼなのよ。これからを考えましょう」
「……ごめん」
「どうすればこの世界から脱出できるの」
「由井と対決するしかない」悠紀夫は立ち上がった。「隠れてないで出てこいよ。近くにいるんだろ」
周囲を見回しながら、悠紀夫が叫ぶ。
世界が一瞬ゆがんだ気がして、めまいを起こした。夕焼けが白く変り出し、どんよりとした曇が立ちこめていく。
「何……」
亜美と未来が不安げに辺りを見回した。
「由井の世界と融合し始めたんだ」
空気も重く、湿り気を帯び始めた。雲は今にも雨が降りそうなほどに暗く立ちこめ、遠くから地鳴りのような雷鳴が響いてきた。
「自ら呼んでくれるとはな。礼を言うぞ」
薄い笑いを浮かべた男が門に現われた。肩まで伸ばした髪、切れ長の目ノーネクタイのスーツ姿。由井だった。