第64話 玉山の夢
玉山は無言でライフルを構え、悠紀夫に銃口を向けた。躊躇せず引き金を引く。
パンと乾いた音が響くと同時に、悠紀夫がよろめいて肩を押さえた。手の間から、みるみる鮮血が溢れていく。
悠紀夫が歯を食いしばり、体を強ばらせる。亜美は悠紀夫にしがみつき、未来は悲鳴を上げながらよろけた。
「玉山っ、どうして僕たちを襲うんだ」
「この混乱は全部お前のせいだ。死んでくれれば、俺はまたサッカー選手として活躍できる」
「バカなことを言うな」
歩いて間合いを詰めながら、再び発砲する。反動で照準がずれて、弾は亜美の髪の毛をかすめた。
「早く逃げて」
亜美が叫んだが、悠紀夫は反応しなかった。彼は哀しげな目をして玉山を見ていた。
「逃げないのか。まあいい。その方がやりやすい」
玉山は銃を構え、更に一歩踏み出す。
引き金を引く。
「うぉっ」
悠紀夫がのけぞると同時に胸から血が飛び散り、仰向けに倒れた。
やった。俺はスタープレーヤーだ。
「悠紀夫っ」
亜美が叫び、かばうようにして前へ立ちはだかる。
「亜美、お前もお終いさ。悪いことをしたつけが回ってきたんだよ」
銃口を亜美の顔に向けた。ここまで近ければ、外すことはない。
「玉山、待てよ」
背後で悠紀夫が起き上がっていた。胸からは大量の鮮血が噴き出し、既に玉砂利に広がっている。苦しげに顔をゆがませているが、目は怯えもなく、しっかりと玉山を見つめている。
「まだ死なないか」
今度は悠紀夫の額に銃口を押しつけ、引き金を引いた。
乾いた音と共に、悠紀夫が背後に飛ばされるようにして倒れた。
「悠紀夫」
亜美が仰向けになった悠紀夫に取りすがろうとした。
「僕は大丈夫だ」
悠紀夫の落ち着いた声が聞こえる。
「バカな……。お前の額を打ち抜いたはずだ」
銃を構えながら悠紀夫を覗き込んだ。
そこに目を開け、哀しげに自分を見ている悠紀夫がいた。
額には赤い穴がある。縦断は間違いなく悠紀夫の脳を破壊しているはずだ。
悠紀夫は起き上がった。左肩が鮮血で真っ赤に染まっている。苦しげに顔をゆがませているが、目には怯えはなかった。哀しげに、こちらを見ている。
「マサ、どうしてお前が由井に遣わされてきたのかわかるか?」悠紀夫が玉山を見上げながら喋り始めた。「僕とお前は親友だった。だから深川や由井と違って危害を加えるのに抵抗があると思ったんだろう。実際、お前が現われても僕は何にも言えなかった」
「親友だって。そんなわけねえ。お前は深川と結託していたんじゃねえか」
「マサ、お前は由井に利用されているだけなんだ」
――奴の話に耳を傾けるな。打ち続ければ奴は弱まっていく。最後は俺が引き受ける――
由井の声が頭の中に響いてくる。
悠紀夫から出た鮮血が広がっていく。顔面は蒼白だ。それでも訴えるような目で玉山を見ている。
「マサ……ごめんよ。お前はもうどうやってもサッカー選手にはなれないんだ。お前の記憶はすべて幻なんだ」
「嘘をつけ、俺はジャカレFCで中心メンバーだったんだ。スペインからも声がかかって二千万ユーロの契約金をもらえる寸前だったんだぜ」
「僕はお前を助けられなかった」
悠紀夫の目から、涙が溢れだした。
「言ってる意味がわかんねえよ」
叫ぶが、悠紀夫の涙で受けた動揺は抑えられなかった。
瞬間、目の前が真っ白に光った。
「何……」
光が晴れたとき、周囲は闇に包まれていた。目が慣れてくるに従って、山の斜面にいるのに気づいた。見覚えがある。
浅畑学園の裏山だ。