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本当の物語は一つだけ  作者: 青嶋幻
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第63話 あの頃

 浅畑学園へ始めて来た日。


 空は晴れ、頭か痛くなるくらい蝉が鳴いていた。まだ朝早くだったのに、日差しは強く、車から降りるとすぐに汗が噴き出した。戸惑いと不安。体に押しかかってくる絶望。


 部屋で見た光景が蘇る。


 殴られたような衝撃。


 めまいがして、倒れそうになる。


               *


 眠れない日々。ひどく疲れていた。値踏みするように、周囲から集まる視線。でも誰も話しかけようとしない。自分からも話しかけることはない。


 それはそれで心地よかった。誰にも干渉されたくなんかなかった。


――どうしてこんなところへ来たんだよ――


 こんな質問をされるなんてまっぴらだ。


 部屋で見た光景。


 意識が飛ぶ。


 遠くで誰かが叫んでいる気がした。


              *


「これ、お前のだろ」


 目の前に差し出されたシャープペンシル。昔、絵のコンテストで入賞したときの記念品だった。シルバーの外観が高級感を醸し出しており、お気に入りだった。それが、昨日からなくなっていた。


「うん、探していたの。なんで持っているの……」


「山井だ。あいつ、人の物をパクるのが好きなんだ。気をつけた方がいい」


 伏し目がちに言い、去っていった。


 唖然として悠紀夫の後ろ姿を見ていた。どうしてこれがあたしの物だなんてしていたんだろうかと思った。


 悠紀夫が話しかけてきた最初の出来事。


               *


 未来は最初に出来た友達。好きなマンガが一緒で話が合った。


               *


 悠紀夫から付き合ってと告白されたの。正直ちょっと気になっていたんだ。だからオッケーしたの。


 一番幸せだった日々。


                *


 気がついたとき、視界にオレンジ色の空が見えていた。近くで土の匂いがする。亜美は仰向けに倒れていた。覆い被さるようにして、自分を抱きしめている悠紀夫。


 悠紀夫が起き上がった。亜美も体を起こす。


 太陽が沈みかけていた。微風が吹いて乾いた土が巻き上がり、目に砂粒が入って思わず目を瞬かせる。


 周囲は広場になっており、二階建ての建物、鉄棒が見える。間違いなく浅畑学園だ。けれど、天海の姿はない。


「ありがとう。僕は天海に殺されるところだった」


「いったい、どうなっちゃったの。ここはどこなの」


「君は由井が作り上げた世界を破壊したんだ」


「あたしが……」


「そう。君の思いが由井の力を上回ったんだ」


「でも、あたしには世界を動かす力なんてないはずよ」


「君に宿る霊性がそうさせたんだ。世界は霊性によって形作られている。


 そして、すべての存在に霊性が宿っている。もちろん通常の世界ならどんなに思っても世界を変えられるはずがないよ。


 でも、由井の作り出した世界は霊性が伴っていないから、破壊することが出来たんだ」


「じゃあここはどこ?」


「僕たち二人のイメージで作り上げた世界だ。でも、強力な霊性とは繋がっていないから、そのうち壊れてしまうだろう」


「未来は……。未来はどうしたの」


「引き寄せよう。彼女をイメージするんだ」


 悠紀夫が両手出て手を握ってきた。亜美も握り返す。


 目を閉じ、未来をイメージする。


 無事で戻ってきて。


               *


「ううっ……」


 由井が突然崩れ落ちるように膝をつき、呻き始めた。


「由井様、どうしましたか」


「福井め。我が牢獄を打ち破りおった。


 お前には頼みがある。現在、天海は世界の外へはじき飛ばされておる。その隙に福井どもを捕まえて、意識の牢獄へ閉じ込めるのだ」


「仰せの通りに」


「お前にはこれを授けよう」


 由井の両手にはいつの間にかライフルが握られていた。


「討ち取って奴らを意識の底に沈めるのだ。そうすれば、私が天海も気づかぬ場所へ埋葬しよう」


               *

 未来をイメージするんだ。


 度のきついめがね。その奥に光る優しげな瞳。暇があればマンガを読んでいる姿。蹴上がりが出来ず、一人べそをかきながら練習をしていた姿。


 イメージがはっきりと形作られていく。


 想像する。未来はそこにいる。


 やがて、想像が実感に変り始める。


 あと少し。そんな気がした。


「亜美……。悠紀夫……」


 不意に声が聞こえて目を開けた。


 門に女性が一人立っていた。


「未来」


「生きていたのね。よかった」


 未来と亜美は駆け寄り、抱きしめ合った。


「ここはどこなの」


「仮の空間だ。僕たちは多くの霊性が宿っている本当の世界に戻らなくてはならないんだ」


「どうすれば戻れるの」


「それは――」


「戻る必要なんかないよ」


 門の向こうから声が聞こえた。


 玉山が、うつろな目をして姿を現した。手にはライフルを持っている。

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