第62話 破裂
「でゃぁっっ」
耳が痛くなるほどの大音響で発せられた気合いと共に、黒板前にいる悠紀夫へ殺到する。
横に払われた刃を、転がるようにして辛うじて避ける。
このままだと、悠紀夫がやられちゃう。焦燥に駆られた亜紀は周囲を見回した。
天海が開けた穴から漏れる光がまぶしく、目を瞬かせた。
これだ。
亜紀は天海が開けた穴に駆け寄り、手を差し込んだ。
「未来、手伝って。穴を拡げるのよ」
亜紀の呼びかけに、片隅で怯えていた未来も駆け寄り、穴に手を突っ込んだ。
二人で渾身の力を込めて穴の縁を引っ張った。
「ううっ……」
穴は粘土のように柔らかく広がっていく。両手を使い、更に大きくする。
「悠紀夫、こっちよ」
人が抜けられるほどの大きさになった時点で呼びかける。
悠紀夫が飛び込むようにして、逃げていく。
「待てい」
天海が薙刀で窓を十字に切り裂き、蹴り倒した。窓が破裂するように破れて、巨大な穴が生じた。同時に外へ飛び出していく。
「悠紀夫」
叫びながら破れた窓から外に出た。
狭い校庭とどんよりと曇った空。見たことのある風景が広がっていた。
悠紀夫と天海が対峙している。あれほど激しく暴れたのに、天海は息一つ乱れていない。見た目は老人にしか見えないのだか、やはり、人間ではないのだ。
対して悠紀夫は苦しげな表情で、荒い息をしている。ダメージが大きいのだろう。ようやく立っているという印象で、足下もおぼつかない。
「そろそろとどめを刺してやろうぞ」
天海は薙刀を上段に構え、大きく振りかぶった。
笑い顔。初めてのキス。抱きしめられたときのぬくもりと彼の匂い。一瞬で体の中を駆け抜けていく。
世界で一番愛おしい人。彼が死ぬなんてあり得ない。
「やめてえっっ」
亜紀は力の限り叫んでいた。
その瞬間、世界が揺れた。
地震とは違う。空間全体が震えるように揺れている。まるで、亜紀の叫びに呼応するかのように。
「何っ……」
天海の構えが乱れる。
左に飛びすさった刃が、悠紀夫の肩をかすめた。
これ……どういうこと? あたしが起こしたことなの。
大波に呑まれたように体が揺れる。自あまりの影響の大きさに体が震えた。
――グオォォン――
頭上でひっかくような音が響き渡る。
「見てっ」
未来の叫びを待つまでもなく、全員が空を見て呆然となっていた。
黒い線が一直線に引かれていた。
線が太くなっていく。
空が裂けている。
気づいたときにはすべてが弾け、亜紀たちは真っ黒な空間へ放り出されていた。
体に強烈な荷重がかかっている。
上下の感覚が失われていた。落ちているのか、上昇しているのか。あるいは回転しているのだろうか。
比較するものがないが、ともかく強烈なスピードで飛ばされているのがわかる。
「悠紀夫」
自身もばらばらになりそうな気がして、声を限りに叫ぶ。
悠紀夫さえいれば大丈夫。あたしはあたしでいられる。
「亜美」
声がした方を見る。
遠くに、米粒のような人影が見える。誰かはわからないが、悠紀夫であるのを確信した。
飛び散ちろうする力に抗い、近づいてくる。
「悠紀夫」
抱きしめて欲しいという思いが爆発し、声を上げた。
自分も引き寄せられるように悠紀夫へ近づいていくのがわかった。
小さな姿が、急速に大きくなっていく。
もの凄いスピードだ。
このままではぶつかってしまうだろう。
でも構わない。恐怖感より、悠紀夫と一緒になれる喜びの方が、遙かに大きい。
もの凄い勢いで悠紀夫が目の前に来たとき、亜美は両手を拡げた。
体がばらばらになるような衝撃。
目の前が真っ白になる。
気がついたとき、二人は抱きしめ合っていた。
この匂い。暖かな感触。すべて悠紀夫だ。
周囲は真っ暗な世界。でも幸せ。
「亜美、想像するんだ。二人がいたあの頃を」
「あの頃……」