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本当の物語は一つだけ  作者: 青嶋幻
60/80

第60話 亜美と亜紀

 二つの意識が同時に存在していると思った。一つは混濁し、夢とも現実とも付かない世界に漂っている自分。


 もう一つはそれを冷静に上から見下ろしている自分。妙な感覚だったが、間違いなく二人の自分は、同時に同じ〈あたし〉だった。


 混濁した〈あたし〉は亜美で、冷静に見ている〈あたし〉は亜紀。


 めまぐるしく展開していく情景。三歳のあたし、十歳のあたし、学校へ復帰した時のあたし。ランダムに現われては消えていく。


 お父さんやめて。


 しがみつくあたしを、軽々と壁にたたきつける。


 血走った目。


 ごめんなさい。あたしが悪いのよ。


 母親の顔はすっかり腫れ上がっていた。


 それでも狂ったように母親を殴りつけている。


 夜中、パジャマのまま、母親に連れ出されるあたし。


 いつも何かに怯えている母親。


 惨めで、最低な気分のあたし。


 これは一体なんなの。


 惚けたように、うつろな目で首に手をかけてくる。


 お母さん……。やめて。


 嫌よ。死にたくなんかない。


 亜紀の中に叫びが侵入してくる。


 部屋から逃げ出した。いつの間にか周囲は暗くなっていた。虫が光におびき寄せられるように、繁華街を歩く。


 嫌らしい目をして声をかけてくる男たち。


――俺のところに泊めてやるぜ――


 振り切るようにして逃げる。捕まりそうになったとき、おまわりさんに呼び止められた。


 事情を聞かれ、付き添われて部屋に戻った。


 そこで見た光景。


 すべてがガラガラと崩れはじめていく。


 声にならない悲鳴が響き渡る。


 亜紀もいない。亜美もいない。


 胸を掴まれそうになり、必死で抵抗するあたしを見て、あざけるような笑い声を上げる深川。


 偉そうな顔をしている男なんて、全員殺してやりたい。


 母さんはぼろぼろになってしまった。


 戦わないと、あたしも同じ目に遭ってしまう。


 恐怖と怒り。その中から一つの意識が生まれようとしている。


 あたしが社長になって、偉そうな男たちを手玉に取り、こき使っている姿。


 あいつらには負けたくなんかない。


 強い思いが膨れあがっていく。


 新しい自分が生まれてきたんだ。


 亜紀。


 世界は光に包まれていく。


                 *


 気がついたとき、亜紀は暗闇の中に立ち尽くしていた。非常灯のわずかな光で、悠紀夫の顔が緑色に照らされている。


「あたしたち……。どうなっちゃったの」


 混乱した思考が徐々に落ち着きを取り戻していったが、それでもすべてを理解し切れているわけではなかった。


「僕には霊性が見えるし、霊性によって世界が形作られているのもわかる。だから世界同士が対立し、バランスを取る特異点も認識できるんだ」


「特異点というのは、溶岩みたいな物が煮えたぎっている場所のこと?」


「本当は視覚で捉えられないんだけど、無意識が無理矢理変換したら、あんな風になっちゃったんだ。でも、そこで起こった感情は同じさ」


「あたしたちはそこを通って今の現実にたどりついたというの?」


「そうなんだ」


「あなた、どうして今まで黙っていたのよ」


 怒り顔の亜紀にも動じず、悠紀夫は静かに呟いた。


「現実は常に一つしかない。過去にもう一つの現実があるのを知ってしまった以上、今までの現実は維持出来なくなるんだ」


「だったら今のあたしたちはどうなるの」


「僕だって経験がないんだ。一つだけわかっているのは、今までの現実がもう失われてしまったことだけさ」


「どれが本当の話なの」未来が嫌々をするように首を振りながら呟く。「あたしはあなたたちが悪だと思ってたわ」


「君が見ていたのは幻なんだ。真実は今まで見てきた事だ」


「何か幻で、何が現実だというの」


「すべては霊性宿っているか否かじゃ」


 嗄れた老人の声だった。どこからか聞こえてくる。


 闇が動き、人を形作っていく。


 大柄で、緋色の法衣に黄金の袈裟を着けている。白い頭巾の下は、刻み込まれた深い皺と鋭い目が光っていた。


 南光坊天海だった。

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