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本当の物語は一つだけ  作者: 青嶋幻
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第56話 新しい現実

 街灯が届かない場所まで来ると、坂道は急な石段になっていった。


 空は曇っていて、星一つ見えない。真の闇が亜美を包んでいた。風にあおられて、木々が激しく揺れている。闇が闇の中で揺れているように思えてくる。


 じりじりと進んでいく。風は上って行くに従って激しさを増していた。頭上で、狂ったように葉擦れの音が騒ぎ立ててていた。


「みんな、大丈夫か」


 時折かけてくる悠紀夫の声だけが、唯一のリアルに思えてくる。


「待って」


 未来が遅れ気味になっていたので、何度か止って彼女が追いつくのを待った。


 闇を見つめていると、驚愕に顔を歪めた深川の顔が再び現われるような気がしてくる。


 叫びだしそうになになるのを必死で抑えた。


「悠紀夫……」


「ここにいる」


 手探りした悠紀夫の手が髪の毛に触れた。逃げないように、ぎゅっと掴んだ。


 少し角張っていて、温かい手。不安が薄れていく。


 未来の荒い息遣いが聞こえてきたので、再び進み出す。


 ただでさえ不規則な石段を、闇の中で歩くので、時折、足を踏み外しそうになる。必要以上に疲労が疲労が溜まっていく。


 どれくらい上っただろうか。感覚がわからなくなるほどの中で、いつの間にか平坦な場所にいるのに気づいた。


「もう大丈夫だ」


 風は相変わらず強く吹いていた。暗闇の中、周囲の木々全体が揺れ動いていた。まるで化け物の懐に入り込んでしまったかのような錯覚を覚える。


 思わず悠紀夫の手を握って寄り添う。体温が伝わってくる。二の腕に鼻面を押しつけると、汗を含んだ匂いが鼻孔に広がり、心が安らいでいく。


「もう少し歩く。ついてきてくれ」


 社殿の横を回り込んだときだ。石段があり、上りきった場所から弱い光が漏れてくるのが見えた。悠紀夫は階段を上りはじめる。


 階上に行くと、いくつもの石灯籠の火袋から光が放たれていた。炎ではなかったが、かといって電気にもみえない。柔らかな光で、息をしているかのように、規則正しく強まったり弱まったりしている。


 激しく吹いていた風が、いつの間にか止んでいた。辺りは静まりかえり、光が届かない場所は何も見えない。闇の中で、ぽっかりとこの場だけが浮かび上がっているかのようだった。


 奥で石組みの台座に載った石塔が浮かび上がっている。これは確か、徳川家康のお墓だったんじゃないだろうか。


 石塔へ引き寄せられるように近づいたとき、台座の前へ男が座っているのに気づいた。


 僧侶だった。白い頭巾を被り、緋色の法衣を着ていた。金の糸で織った袈裟が灯籠の光を反射し、きらきらと輝いている。背を向けているので顔はわからないが、大きな背中だ。


「どうじゃ、引き継ぐ意志は固まったかの」


 僧侶が振り向いた。見覚えがあった。さっきまで、黒い作業服を着ていた老人だ。つまり、この人は天海と言うことか。


 悠紀夫は石畳の上に正座して、天海と相対した。亜美もそのまま立っているのが罰当たりな気がしたので、未来を促し、一緒に悠紀夫の後ろに正座した。


「いいえ。申し訳ありませんが、権現様の意向に従うつもりはございません」


「ならば、何故にここへ来たのだ」


 天海に刻まれた顔の深い皺が更に深みを増した。


「助けてください。僕たちをこの世界から抜け出させていただきたいのです」


「なんと、欲のない奴じゃ。そなたが権現様の地位を継承すれば、この世など、いかようにでも変えることが出来るであろうに」


「重ね重ね申し上げますが、私には荷が重すぎて出来ません」


「確かに権現様が神となられるのに、幾多の苦難を経験した。そなたが神へ道を目指すとしても、確約されたわけではない。だが、他の者は権現様になる能力すらないのじゃ。それをみすみす逃すというのも惜しい話とは思わないか」


「確かにそうですが、既に決めたことですから……」


「ならば我らはお前に用はない。即刻この場から去ね」


 突然強烈な風が、ぶつかるように浴びせられた。


「きゃあ」


 あおられ、石畳を転げていく。そのまま階段に転げ落ちそうになるところをどうにか踏ん張った。


「天海様、待ってください」


 悠紀夫が叫んだ瞬間、風が逆流し、石灯籠を押し倒した。天海も風をまともに受け、飛び上がって石台に背中を打ち付けた。


「貴様……。儂に逆らうとは、権現様に逆らうのと同様であるぞ」


 天海は憤怒で顔を歪め、射るような視線で見つめた。


「わかっております。しかし、今戦わねば、僕たちは殺人者となってしまう。もう引けないのです。僕たちは新しい世界を作らなければならない」


「権現様を倒すというのか」


「必要ならば」


「青二才のお前に倒せるわけがなかろう」


「やってみなければわからないでしょう。事実、薩摩、長州藩は権現様が打ち立てた世界を破壊し、明治政府を樹立したではないですか」


「あれは薩長の意志が強固であったからだ」


「僕の意志も固いですよ」


「集団と個人の力を比べるなど、笑止千万であろう」


「けれど江戸幕府を打ち立てたのは、徳川家康公個人の意志がきっかけとなっているはずです。個人が打ち立てた者を個人が打ち破ることは可能であると思います」


「そこまで言うのであれば仕方あるまい。手合わせしようではないか。ただし、そなたが負けた場合、そなたの連れも含めて命はないと思うがいい」


 言い放った瞬間、倒れていた石灯籠が起き上がり、炎が噴き出した。


 強い。炎は頭上よりも遙か上に達していた。焼けるような熱さを感じた。


 更に石灯籠は動き、亜美たちへ近づきはじめた。


「二人とも、僕に近づくんだ」


 石灯籠は三人を取り囲むような陣営を組み、間合いを詰める。急激に熱さが高まっていく。


「これ、どうなっているのよ」


「詳しいことを話している時間はない。ただ、天海を倒せられれば、新しい現実を作ることが出来るんだ」


「新しい現実……。すべてを変えられるの」


「ああ」

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