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本当の物語は一つだけ  作者: 青嶋幻
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第54話 悠紀夫の物語

「僕は君たちの現実を守りたかった。でも、もう限界だ」


 暗闇の中、福井は静かに話し始めた。


「亜美は覚えていないだろうけど、僕たちは児童養護施設で育ったんだよ」


「それが浅畑学園だというの……」


「うん。未来の両親は交通事故で二人とも亡くなったんだ。亜美の両親は離婚して、君を引き取った母親が、育てきれなくなってここに預けたんだ。僕も同じさ」


 世界が光に包まれ、何も見えなくなる。


 気がついたとき、目の前に少年が立っていた。あどけない顔だが、間違いなく福井だった。


 燃えるような熱い感情が、突き上げるようにしてわき起こっていく。


「悠紀夫……」


 違和感なく、下の名前が口から吐息と一緒に吐き出された。


「ねえ、早く来て。未来が大変なのよ」


 言いながら、恐怖が奔流となって渦巻いていく。半ばパニックになりながら、悠紀夫の腕を掴み、部屋に引っ張っていく。


 ノブを掴んで回す。ドアが半開きになったが、すべて開けなかった。


 怖かった。この向こうに何かあるのがわかっている。でも、これを開けたら何もかも変わってしまうと無意識が訴えていた。


 不安になって、思わず悠紀夫を見た。


「どうする」


 優しさと悲しみが入り交じった顔をした悠紀夫が、落ち着いた声で呟く。


 ドアを戻そうかと思う。でも、このままでは何も変わらない。状況を変えて行くにはドアを開くしかないと心の奥が訴えていた。


 ドアを開けると、よく整頓された部屋が目に入ってきた。壁には少女マンガのポスターが貼ってある。


 ベッドから、湿った息遣いが聞こえてくる。喉の奥から出てくるような音だ。部屋の中へ入り、ベッドの上を覗き込む。


 腫れ上がり、ひどく変形した顔があった。口と鼻からは血が流れ、シーツを赤黒く染めていた。裸で、胎児の姿勢になって横たわっていた。


「未来……」


 始まったのは二時間ぐらい前。くぐもった悲鳴や、何かがぶつかる音が、未来の部屋から響いてきた。怖くて様子を見るなんて出来なかったけど、気になって仕方がない。


 今度こそ、あの子が殺されてしまうような気がした。


 だから深川が部屋を出て行ったのを見計らって、すぐに部屋へ行った。


 そしたら血まみれになった未来が横たわっていた。


 一見、誰かわからないほどに変形した顔。


 自分一人ではどうにもならなくなって、悠紀夫を連れてきた。


「早く救急車を呼ぼう」


「でも……。みんなばれてしまうわ」


「それでいいじゃないか。もう限界だよ。このままだとみんなあいつに殺されちまうぞ」


 不意にドアが開いた。ぎょろりとした大きな目、脂ぎっててかてかと光沢を放つ髪の毛。深川だった。


「なんだお前ら、見ちまったのか」


 いつもは人を馬鹿にしたような嫌らしい笑みを浮かべているのに、今日は泥のように濁った目をしていた。


 深川。亜美たちにとっては悪魔だった。


「浅畑学園」理事長の息子で、人を支配するの生きがいを見いだす最悪な男。


――他にもっと言いポジションがあったのに、あえてここの所長を選んだのはどうしてなのかわかるか。支配しやすいからさ。正直、お前らから巻き上げる金なんて、たいしたもんじゃない。


 だけどな、お前らが差し出す金は、俺にとって、服従の徴なんだ。お前らが苦めば苦しむほど俺は喜びを感じるのさ――


 亜美が万引きしてきた本を受け取りながら、あざけるように呟いた言葉を思い出す。


「今からこの女を山に埋める。ちょうどいいい、お前らも手伝え」


 深川は抱えていたブルーシートとひもを床に放り投げた。


「やめて、未来はまだ生きているのよ」


「なんだ、てっきり俺は死んでいると思っていたぜ」深川はベッドにいる未来を覗き込んだ。「だからといって、病院には連れて行けない。死んでもらわないとな」


 深川は躊躇なく、未来の上にまたがり、首に手をかけた。


「やめて」


「俺に指図する気か」


 そういって、振り向いたとき、深川は目をわずかに細めた。


 いつの間にか、亜美は包丁を握っていた。


ホームセンターで万引きしたものだが、深川には渡していなかった。明確に目的があって持っていたわけではない。何かあったとき、使う日が来るのではと思っていた。


 しかし、今になってわかった。あたしはこいつを殺すために持っていたのだと。


「そんなもん持って、何する気だ」


 深川がベッドから下りて向き直ったが、ひるむ様子はない。むしろ自分から近づいてくる。その姿はいつも以上に大きな存在に感じられた、思わず後ずさりしそうな気持ちになるのを必死で押さえる。


「料理でもする気か? 俺によこせ」


 深川が手を差し出す。


「嫌よ。これ以上近づいたら刺してやる」


「亜美、やめてくれ」


 視線が悠紀夫へ向く。


 刹那、深川が動いた。


 気がついたとき、深川が間近に迫っていた。包丁を持つ手を掴もうとする。


「うわぁぁぁ」


 考える間もなく、叫びながら突進した。

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