第49話 亜美の正体
顔つきには幼さの残る柔らかな線が残っていた。
亜紀はめまいがした。吐き気がこみ上げてくる。
ピンクのトレーナーと、赤いチェックのスカート。
そこにいるのは明らかに亜紀自身だった。
未来が怯えた顔で亜紀を見ながら、立ち上がる。
「もうちょっと服をちゃんとしなよ。変に思われるだろ」
言われるまま、乱れたブラウスの裾を直す。
「さあ、早く行きな。あんまり遅いと変に思われる」
未来は力ない足取りで斜面を下りていった。
目の前が再び光に包まれていく。あまりのまぶしさに目を閉じた。
*
再び目を開ける。
今度は目の前が真っ暗だった。斜面に立っており、バランスを崩しそうになり、手を振り回したところで木に触れて体を支えられた。さっきと同じ山の中だったが、蒸し暑い。目が慣れてくるに従って、木々の間から夜景が見えているのに気づいた。
「おい、本当にここで大丈夫かよ。もっとさあ、山ン中の方がいいんじゃねえのか」
焦りを帯びた声が聞こえてくる。深川の声だ。
「お前……。ここまで運ぶのにどんだけ苦労しかわかってんのかよ。これ以上奥に運ぶなんてできねえよ」
苛立つ福井の声が聞こえた。
「だってさあ。雨が降って出てきちゃったらやばいだろ」
「だったら一人でやってみろよ。これ以上奥に運ぶんだったら、俺らは協力しねえ」
葉擦れもないほどの弱い風が吹く。緑と土の匂いに混じって、わずかに生臭い臭いがした。
腐臭だ。間違いない。
目をこらし、声がする方を見た。三人の人影が見える。深川と福井、もう一人は亜紀だった。
影がわずかに動いた。街からの明かりで、シルエットがぼんやり浮かび上がる。
「悠紀夫、早く穴を掘って」
亜紀が息切れしたような声を出した。
ショベルで穴を掘り起こす音が聞こえてくる。
「深川、あんたも手伝いなさいよ。そもそも、あんたが殺したんだからね」
「俺だって好きで殺ったんじゃねえ。こいつが児相に全部ばらすなんていいやがるからよ。ちょっと痛めつけてやろうかと思ったらさ……。だいたい、止めを刺したのは悠紀夫じゃんか」
「お前が半殺しにするからだ。こんな状態で外に出したら隠せるわけねえだろ」
「そうだけどさあ……。俺は殺す気なんてなかったんだよ」
「言い訳はいい。早く穴を掘れって」
穴を掘る音が重なって聞こえてきた。
「この人たち……。誰か殺したの」
亜紀が怯えた顔を玉山に向ける。
「覚えていないのか。お前らが殺したんだよ。そこに死体がある。よく見てみろ」
玉山が三人の背後の斜面を指差す。確かに何かが倒れているように見えた。
亜紀は恐る恐る三人に近づいていった。さっきと同じように、誰も亜紀を気にする者はいない。怯えた顔で穴を掘る深川と、仏頂面で淡々と土にスコップを立てる福井がいる。彼らの横を通りすぎた。
屈み、足下を見る。
暗闇の中、男の顔が浮かび上がる。殴られたせいなのか、ひどくむくんでいて、わかりにくかったが、分厚い唇に見覚えがあった。
弘樹だ。まだ顔に幼さが残っている。
首には黒ずんだ線が出ている。
「そんな……。あの人はさっきまで元気だったのよ」
「現実が違っているんだよ。さっきまでの世界では弘樹が生きていた。ここでは死んでいる。それだけの話さ」
「マサ、お前誰からこんな話を聞いたんだ」
それまでずっと黙っていた福井が口を開いた。
「聞いたんじゃなくて、俺自身の記憶だ」
「違う……。これは本当じゃない」
「だったらその本当の話というのを言ってみろよ」
「それは……」
突然福井は口ごもった。勝ち誇ったように玉山が笑う。
「ほら、何も言えねえじゃねえか」
福井は哀しく玉山を見つめるだけだった。
「悠紀夫、俺がお前らからどんな目に遭わされたかわかっているだろ。これからその時の様子を見せてやるぜ」
目の前が光に包まれ、何も見えなくなる。