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本当の物語は一つだけ  作者: 青嶋幻
49/80

第49話 亜美の正体

 顔つきには幼さの残る柔らかな線が残っていた。


 亜紀はめまいがした。吐き気がこみ上げてくる。


 ピンクのトレーナーと、赤いチェックのスカート。


 そこにいるのは明らかに亜紀自身だった。


 未来が怯えた顔で亜紀を見ながら、立ち上がる。


「もうちょっと服をちゃんとしなよ。変に思われるだろ」


 言われるまま、乱れたブラウスの裾を直す。


「さあ、早く行きな。あんまり遅いと変に思われる」


 未来は力ない足取りで斜面を下りていった。


 目の前が再び光に包まれていく。あまりのまぶしさに目を閉じた。


                *


 再び目を開ける。


 今度は目の前が真っ暗だった。斜面に立っており、バランスを崩しそうになり、手を振り回したところで木に触れて体を支えられた。さっきと同じ山の中だったが、蒸し暑い。目が慣れてくるに従って、木々の間から夜景が見えているのに気づいた。


「おい、本当にここで大丈夫かよ。もっとさあ、山ン中の方がいいんじゃねえのか」


 焦りを帯びた声が聞こえてくる。深川の声だ。


「お前……。ここまで運ぶのにどんだけ苦労しかわかってんのかよ。これ以上奥に運ぶなんてできねえよ」


 苛立つ福井の声が聞こえた。


「だってさあ。雨が降って出てきちゃったらやばいだろ」


「だったら一人でやってみろよ。これ以上奥に運ぶんだったら、俺らは協力しねえ」


 葉擦れもないほどの弱い風が吹く。緑と土の匂いに混じって、わずかに生臭い臭いがした。


 腐臭だ。間違いない。


 目をこらし、声がする方を見た。三人の人影が見える。深川と福井、もう一人は亜紀だった。


 影がわずかに動いた。街からの明かりで、シルエットがぼんやり浮かび上がる。


「悠紀夫、早く穴を掘って」


 亜紀が息切れしたような声を出した。


 ショベルで穴を掘り起こす音が聞こえてくる。


「深川、あんたも手伝いなさいよ。そもそも、あんたが殺したんだからね」


「俺だって好きで殺ったんじゃねえ。こいつが児相に全部ばらすなんていいやがるからよ。ちょっと痛めつけてやろうかと思ったらさ……。だいたい、止めを刺したのは悠紀夫じゃんか」


「お前が半殺しにするからだ。こんな状態で外に出したら隠せるわけねえだろ」


「そうだけどさあ……。俺は殺す気なんてなかったんだよ」


「言い訳はいい。早く穴を掘れって」


 穴を掘る音が重なって聞こえてきた。



「この人たち……。誰か殺したの」


 亜紀が怯えた顔を玉山に向ける。


「覚えていないのか。お前らが殺したんだよ。そこに死体がある。よく見てみろ」


 玉山が三人の背後の斜面を指差す。確かに何かが倒れているように見えた。


 亜紀は恐る恐る三人に近づいていった。さっきと同じように、誰も亜紀を気にする者はいない。怯えた顔で穴を掘る深川と、仏頂面で淡々と土にスコップを立てる福井がいる。彼らの横を通りすぎた。


 屈み、足下を見る。


 暗闇の中、男の顔が浮かび上がる。殴られたせいなのか、ひどくむくんでいて、わかりにくかったが、分厚い唇に見覚えがあった。


 弘樹だ。まだ顔に幼さが残っている。


 首には黒ずんだ線が出ている。


「そんな……。あの人はさっきまで元気だったのよ」


「現実が違っているんだよ。さっきまでの世界では弘樹が生きていた。ここでは死んでいる。それだけの話さ」


「マサ、お前誰からこんな話を聞いたんだ」


 それまでずっと黙っていた福井が口を開いた。


「聞いたんじゃなくて、俺自身の記憶だ」


「違う……。これは本当じゃない」


「だったらその本当の話というのを言ってみろよ」


「それは……」


 突然福井は口ごもった。勝ち誇ったように玉山が笑う。


「ほら、何も言えねえじゃねえか」


 福井は哀しく玉山を見つめるだけだった。


「悠紀夫、俺がお前らからどんな目に遭わされたかわかっているだろ。これからその時の様子を見せてやるぜ」


 目の前が光に包まれ、何も見えなくなる。

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