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本当の物語は一つだけ  作者: 青嶋幻
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第48話 福井の正体

 二つの人影があった。一人は地べたにしゃがみ込んでいる。ふっくらとした頬のラインは彼女がまだ思春期を過ぎたばかりの少女であることを示していた。


 泣いているのは彼女だった。髪の毛は短かったが、メガネとその奥で怯えている目は、間違いなく下で待っている未来と同じだった。


 カチャリと音がして、ライターに火がついた。タバコを咥えた男の顔が炎の光に照らされる。ぎょろりとした大きな目はにやけている。脂の浮いた頬が、てかてかと炎の光に照り返していた。


 男は深川だ。タバコに火がつき、ライターは消される。紅い点となった火だけが浮かび上がる。


「誰に文句を言っても無駄だぜ。校長は俺の言いなりだしな。ま、さすがに俺らがこういう関係になっているってばれたらまずいけどさ。それはお前だって同じだろ。変なまねしたら、ネットに画像をばらまいてやるぜ。一旦拡散したら、もう誰も消せやしない。ずっとお前の恥ずかしい画像が残るって訳だ」


 少女が顔を上げる。怯えた目の中に、ほんのわずか怒りの色が浮かんでいた。


「なんだよ」


 深川のぎょろ目から笑いが消えて細まる。同時に足が動き出し、大股で未来に近づく。そのまま腕を大きく振り、力任せに頬を張った。


「ぎゃっ」


 少女が悲鳴を上げながら、横っ飛びして倒れた。深川は彼女の髪の毛を掴み、引き上げる。にやけた顔が顔いっぱいに広がる。


「いいか、お前は一生俺の女だ。ここから出てもずっと俺に奉仕し続けるんだ。


 だいたいよ、痛いだとか恥ずかしいなんて最初だけなんだ。そのうちどんどん気持ちよくなっていくんだぜ。女なんてそんなもんさ。な、俺のみぃーくぅー」


 深川はけたたましい声で笑った。彼らは亜紀たちの存在に気づいていないようだ。


「これはどういうこと?……」


 亜紀は深川の目の前に手を差し出したが、彼の表情に変化はなかった。にやついたまま、手で見えないはずの未来を見ている。


「この世界は現実じゃない。ちょっと手の込んだ映像みたいなものさ」


 玉山は表情を変えずに答えた。


「ただし、ここで起きていることはすべて現実にあったんだ」


 にやけ顔の深川が未来にキスをしようと顔を近づけてきた。その時、差し出したままの亜紀の手と顔が重なり、すり抜けていた。


「いやっ」


 未来が身をよじって逃げようとした。


「野郎……」


 嫌らしいにやけ顔が、入れ替わるようにして怒りの表情になった。


 左手で髪の毛を掴んだまま、鞭のようにしなった右手で頬を張る。


 返す手の甲が右頬に入る。


 繰り返し頬を張り続ける。


 未来は抵抗も出来ず、深川の振る手の方向に顔を振るしかなかった。叩く度に口からか細い悲鳴が漏れる。


「よせよ」


 おもむろに深川が手を掴まれた。そこで初めて、深川と未来以外、もう一人いたのに気づいた。


 薄闇から浮かび上がってきたのは、不敵に笑う目だった。


 痩せた体つきでやや角張った顎のライン、よれよれの黒いのトレーナーに、色あせたブラックジーンズを穿いている。


「こいつは売り物だ。取り扱いには気をつけろよ」


 ため口で喋る様子はひどく大人びていたが、未来より少し年上ぐらいだろうか。


 その姿は明らかに福井だった。まだ、中学生か高校に入ったばかりの頃だろう。


「なんだよ」深川は振り向き、未来を突き飛ばすようにして離した。「俺に指図する気か」


「お前みたいな馬鹿はよ、俺が止めてやんなきゃいけないのさ」


「てめえ……」


「なんだ、やんのかよ」


 怒りで顔をゆがませた深川に怯むことはない。むしろ余裕の笑みさえも浮かべている。


 深川が一歩踏み出したとき、ポケットから何か取り出した。手の中で、鈍い弱い光が反射する。


 深川が怯むのがわかった。


 福井が持っているのはナイフだった。


「この程度でも、首を狙えば殺す自信あるからな」


「待てよ。本気じゃねえんだから」


「俺はいつでも本気だ。わかってるだろ」


「ああ」


 深川の顔から怒りが消え、目に怯えの色が浮かんだ。踏み込んだ足を戻す。


 福井はポケットにナイフを戻した。


「いいか、俺と組んでいれば、こんな施設いくらでも自由に出来るんだからな」


「わかったよ」


 深川がふて腐れたように、横を向いて答える。


「立ちな」


 女の声が聞こえる。まだ誰かいたのだ。


 シルエットがぼんやり浮かび上がる。

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