第47話 玉山の記憶
玉山が階段を上ってくる。後から未来が付いてきた。
冷たい表情をして、福井、そして亜紀を見ている。未来は怯えた顔を向けてきた。
「俺たちに暴力を振るった深川という男がいただろ。あいつは浅畑学園の職員だった。それをお前たち二人が殺したんだ」
深川は殺されたと弘樹が言っていたのを思い出す。
その犯人があたしと福井だというのか。
「福井さん、それ、本当なの」
福井は強ばった表情で亜紀を見た。それは玉山の言っていることが、真実だと物語っているようなものだ。
ばかな……。あたしが人殺しだというの……。
「見ろよ」
玉山が何かを払うように右手を横に振った。突然、周囲が光に包まれる。まぶしさと同時に刺すような頭痛が襲った。亜紀は思わず目をつぶった。
頭痛が和らぎ目を開けてみる。境内は跡形もなく消えていた。古ぼけた建物、グラウンドと言うには小さすぎる広場、片隅あるブランコと鉄棒。浅畑学園だった。
いるのは亜紀と福井、玉山と未来だけで、天海と弘樹の姿はなかった。
小学生くらいの子供たちが三人、笑いながら横を駆け抜けていく。それを一人の男の子が、やはり笑いながら追いかける。鬼ごっこだろうか。誰も亜紀たちを気にする者はいない。
「行こう」
玉山が硬い表情をして建物に向かって歩き出す。一緒に歩き出した未来は、ひどく暗い顔をしていた。福井は思い詰めるような目で亜紀を見て「行きましょう」とつぶやき、歩き出した。
玉山は建物の裏手に回り込んでいった。さび付いた金網のフェンスと建物の間二メートルほどのスペースがあった。
雑草が生い茂り、ひしゃげた段ボールや、さび付いた機械のようなものが放置されている。雑草を踏みつぶし、障害物の間を歩いて行く。
フェンスの中央で破れているところがあった。その向こうは雑木林が生い茂り、急な斜面になっている。
フェンスが破れているところから斜面を覗くと、足で下草が踏み固められ、獣道になっていた。誰かが行き来をしているのだろう。玉山はフェンスをくぐり抜け、獣道に入ろうとした。
「ごめん……。あたし、もう行けない」
未来の暗い顔に怯えた目が現われ、浅い呼吸を繰り返しはじめた。心なしか体が震えているように思える。明らかに様子がおかしかった。
「どうしたの? 体の調子が悪いの」
未来は激しく首を振るだけだった。
「具体的に何か言ってくれなきゃわからないわ」
「あんたは黙っててくれ。未来はここで待っていた方がいい。彼女がどうして怯えているのかすぐにわかるよ」
振り向いた玉山は冷たく言い放ち、再び歩き出す。
斜面に続いている道を見上げた。先は木の陰に遮られ、日光は届いていない。ぽっかりと開いた暗い口が、玉山を吸い込もうとしている気がした。
「僕たちも行きましょう」
福井に促されるが、歩き出すのを躊躇してしまう。振り返り未来を見た。彼女はしゃがみ込み、顔を膝の間に埋めていた。泣いているのだろうか、背中がわずかに震えていた。
この世界で、彼女に何があったの。あたしはどう関わっているというの。
怖いと思う。
「さあ、早く来いよ」
苛立ちを含んだ玉山の声に促され、ようやく斜面を登りはじめた。
木の葉が覆い被さるように生い茂っていた。ハイヒールを履いているので、安定が悪い上に足下は暗い。無秩序に露出した根につまずかないよう、注意しなければならなかった。
むせかえるような緑の匂いが充ちていた。その隙を突くように、時折土のに匂いが漂ってくる。どこからか、けたたましい鳥の鳴き声が聞こえてきた。無理な姿勢で歩いていた足が、痛み始めてきた。
三十メートルほど登ったところで木が倒れ、道を塞いでいた。その背後には土が盛り上がっていた。玉山は木を乗り越え、這うようにして登っていく。福井が後に続いた。亜紀も慎重に足がかりになるところを確認しながら枝を掴み、体を引き上げた。
きっと、小規模な土砂崩れが起きたのを、倒木がせき止めたのだろう、平坦な場所が出来ていた。
闇の中、葉の間からわずかな光が漏れ、うっすらと周囲を見渡せた。
どこからか、しゃくり上げるような泣き声が聞こえてくる。