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本当の物語は一つだけ  作者: 青嶋幻
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第44話 亜美と悠紀夫と亜紀

「正常な生活が必要であれば、このまま東京へ戻ればよい。きっといつもと変わらない生活が待ち受けているはずじゃ。しかし、悠紀夫が二度と目を開けることはない。もしわしがこの男の目を開けさせたなら、再び由井が現われ、世界を混乱に陥れるだろう」


「つまり、福井さんを犠牲にすれば、元の生活に戻れると言いたいのですね」


「いかにも」


「どうしてなんですか。理由を聞かせてください」


「それは言えぬ。すべてはお前たちの問題だ」


「悠紀夫、一生寝たきりになっちゃうんですか。かわいそうですよ。起こしてやりましょうよ」


「お前には選択権がない。あるのは亜紀、お前だけだ。それに、もしかしたら悠紀夫自身が昏睡を望んでいるかもしれないのだぞ」


「あの……。言っている意味がわかんないんスけど」


「私もわかりません」


「繰り返し言うように、わしの口からは理由は言えぬ。お前は選択が二つしかない。ここを立ち去るか、悠紀夫の目を開けさせ、共に由井と戦うかだ。


 ただし、由井と戦うのは至難の業じゃ。もしもお前たちが由井に負けるようなことがあれば、儂がお前たち共々この世から消し去らねばならぬ」


「亜美……いや亜紀さん。こいつを起こすようにおやっさんに言ってやってよ」


 福井を見る。この人は仕事で知り合っただけの関係だ。どんな理由なのかわからないが、正直彼がどうなっても、あたしは痛くもかゆくもない。


 過去、ひどい事はいくらでもしてきた。例えばサクラの設計図を手に入れたときを思い出す。


 ロボット工学に興味を持っていた亜紀に、本物と見まがうほどの猫型ロボットを作るというコンセプトを披露した男がいた。彼は設計図を見せながら、二人で独立して、ロボットの販売を手がける会社をはじめようと持ちかけた。


 当時、男は大手家電メーカーで働いており、亜紀はインターンシップでその企業の世話になっていた。男は上層部に製品化を働きかけたが、社内風土は保守的で、こんなものおもちゃないかと言われるだけで、議題にも上がらなかったと話した。


 二人が恋愛関係となるのに時間はかからなかった。


 亜紀は彼の話に未来を見たが、程なく口先だけだったと言うことが判明する。男には妻子がいたのだ。男の同僚に問いただしたところ、ロボットの製品化など最初から考えておらず、設計図と独立話は、女を口説くときのツールだというのだ。


 怒りを感じたが、同時に一つの策略が浮かんだ。亜紀は男に対して、不倫の事実を妻や会社に知られたくなければ、設計図を譲渡し、製品化までの筋道をつけろと迫った。男は嫌々ながらも亜紀に従い、会社の基礎を作った。


 その後亜紀はある会社社長の愛人となりながら、その会社の保証で銀行から融資を受けた。製品がヒットし始めて、銀行から亜紀に融資を持ちかけるようになると、すぐに社長とは関係を絶った。


 怒りで歯を食いしばった男、年甲斐もなく泣き崩れるパトロン。期待外れの従業員は容赦なく解雇した。亜紀はそうして会社を大きくしてきた。それに比べたら、福井一人残していくのに、どうしてためらわなければならないのだろうか。


「あたし、このまま帰らせてもらいます」


 眠り続けている福井を冷たい視線で一瞥して、歩き出した。


「ちょっと待ってよ」


 弘樹が叫び、亜紀の前に立ちはだかった。


「どうなってんのかよくわかんないけどさ、あんたがうんって言えば悠紀夫が起きるんだろ。このままスルーってひどすぎやしねえか。


 おやっさんだってそうさ。何を知っているのか知らねえけど、少なくともこいつは自分から悪いことするような奴じゃねえ」


「そこをどいてください。あなたには私を止める権利はないのよ」


「あんた……」弘樹がまじまじと見つめる。「やっぱり亜美だよ」


「繰り返し言います。私は亜美ではありません。早坂亜紀と言う名前です」


「いや、間違いない亜美だよ。怒ったときの顔なんて絶対亜美だもんな」


「仮にあたしが亜美だとしても、なんであたしが福井さんを助けなきゃいけないのよ」


「覚えてないのか。お前ら付き合っていたんだぜ」


「あたしたち……。いえ、亜美と悠紀夫がですか」

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