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本当の物語は一つだけ  作者: 青嶋幻
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第43話 霊性

 気がついたとき、体にちくちくと痛みを感じていた。亜紀は目を開けた。土の臭いがして、目の前に木の皮が現われた。痛みの原因は皮のささくれだった部分が、皮膚に当たっているかららしい。


どうやら、木と木の間に体が挟まっている。


 一体あたしはどこにいるのだろうか。木の皮に擦らないよう、注意しながら体を起こした。


 木は枝がなく、幹からから濃い緑の大きな葉が茂っている。なんだろうと思ったすぐ後、これがソテツだと気がついた。


 密生したソテツの根元に倒れていたのだ。ともかく外に出なければと思い、立ち上がり、抜けだした。


 空はどんよりと曇っていて、湿った空気が漂っていた。ソテツのは石の台の中に植えられていた。


 周囲には苔むした石灯籠に、青錆が浮き出た古めかしい鳥居そして、朱塗りの社殿が見えた。どうやらここは神社の境内らしい。


「いたたた」


 ソテツの中から男二人出てきた。天海と弘樹だ。


「明治政府の馬鹿どもめ。塔を撤去したからこのような物が植えられてしまったんだ」


「ここはどこなんですか」


「久能山東照宮じゃ」


「あたしたちは東京にいたんじゃないんですか」


「不思議そうな顔をしているな。確かに上野から久能山まで刹那に移動するなど、通常の感覚で言えばあり得ない。


 しかし、先ほどの上野と、ここ久能山の世界が違うとしたらどうだ。我々はこの二つの世界の境界を越えたのだとしたら」


「でも、世界は一つのはずです」


「それはお前がそう思い込んでいるだけじゃ。時間=空間が場により異なるのは、アインシュタインの特殊相対性理論で明確に説明されている。本来はそこから平行空間の理論を構築せねばならなかった。

 

 ところが近代というのは均一空間を前提として成り立っている。時空がいくつもあるとすれば、近代世界の仕組みが破壊されてしまう。そこで量子論が確率波などと苦し紛れの説明をし始めたのじゃ。わかるか」


 亜紀は困惑した表情を見せる。「わかりません」


「本来世界は、お前たちが想像できるすべての可能性が存在している。つまり無限だ。見るがよい」


 天海が無造作に右手を横に振った。カーテンが開けられるように、目の前の風景が縮み、周囲が光に包まれる。


 風景が現われる。亜紀は石畳の上に立っていた。目の前に道路があり、車が列を作っている。振り返って見上げると、巨大な構造物があった。


 凱旋門だ。


 あっけにとられて周囲を見ていると、風景は一瞬で変り、今度は地平線が見える草原に立っていた。


 それも一瞬で変わる。中世の町並み、眼下に雲海が見える山の頂上、明らかに江戸時代の髷を結った男たちが闊歩する町並み。まるでスライドショーのように、次々と風景が変化していく。


 どうなっているの。あまりにめまぐるしく変わる風景に、めまいがしてくる。


 不意に風景が元の神社に戻った。亜紀は上下の感覚がおかしくなってよろめき、しゃがんで手を付いた。


「今お前が見た世界は、すべて可能性として存在している。ただし、可能性から実在の世界になるには条件が一つある。


 それはすべての世界にそれを見る者がいなければならない。見る者がいて初めてその世界は存在する。


 つまり、時空と観察者は一体なのじゃ。


 するともう一つ問題が浮かび上がってくる。見る者が十人いるとして、すべて違う世界を見ているのか。


 答えは否じゃ。人々は個人であると共に、その心へ霊性を宿している。


 その霊性が、各個人に同じ世界を共有させるのじゃ。


 霊性と個人は相互に干渉し合いながら一体として存在している。つまり、時空、個人、霊性の三つが一つとなり、世界を形成しているのじゃ」


「でも、そんな簡単に世界ができるのですか」


「ああ。お前たちが気づかないだけで、現実の世界は数多く存在している。この世には八百万の神が存在しているのは知っているだろ。この神がわしの言う霊性じゃ。


 霊性にも強いもの弱いものがある。例えば子供が地面に輪を描き、陣地を作っただけでごく弱い霊性が発現する。さっき儂が作った結界も、世界の一つじゃ。


 徳川家康公が江戸の風水にこだわり、自らを神の地位に引き上げた理由がわかるであろう。


 公は江戸幕府を永遠に存続させるため、地上に揺るぎない世界観を築き上げ、日本人の霊性となったのだ」


「天海さんのおっしゃる事が本当だとしたら、さっき大量に出てきたネズミとか、由井正雪と名乗る男はなんですか。あれも現実なんですか」


「そこに強固な霊性があるか否かじゃ。ない、あるいはごく弱い霊性をもとに仰々しい世界を作り上げているなら、それは幻に過ぎん」


「幻ならすぐに消えるはずじゃないですか。でも消えません」


「いかにも。由井の中にわずかながらも霊性が宿っているのじゃ。だからあのように現実の如く振る舞えるのであろう」


「そんな……。信じられません。私は今まで夢でも見ていて、目覚めたら、すべてが正常になっているだと思ってきました」


「近代に生きる者ならそう考えるのも無理はない。しかし本当は違う。世界は無限に存在し、数え切れないほどの霊性が世界に魂を宿すのじゃ」


「どうしたら正常な生活へ戻れるんでしょうか」


「こやつ次第じゃ」


 天海はソテツの根元を指差した。足が一本出ている。


「福井さん……」


「弘樹、悠紀夫を外に出してやれ」


「はいっ」


 弘樹がソテツの中に入り、福井の両脇を抱えて出てきた。福井はまだ目をつぶったままだ。


「そこへ寝かせておけ」


 天海は石段の上へ仰向けに寝ている福井から亜紀へ視線を移す。


「さて、ここから先、そなたには覚悟が必要じゃ」


「覚悟……。ですか」

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